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2017年7月16日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第54回

 

 ニューギニア戦の目的は、前述したように、アメリカとオーストラリアが手を結んで日本反抗の一大拠点をつくる作戦を阻止することであった。

 

 そのためにラバウルを占領して日本の軍事拠点をつくることの重要性が叫ばれていた。また、ラバウルの重要性は別の点にもあった。それは、ラバウルが敵の手にある場合、南太平洋における我が連合艦隊最大の根拠地であるトラック島の海軍基地が脅かされるということであった。トラック島は、アメリカが誇る「空の要塞」長距離爆弾機B-17の攻撃可能圏内であったからである。そしてトラック島が奪われれば、日本が生命線とするラインが崩され日本本土が危険に曝されることになる。だから、どうしてもラバウルは日本軍が確保しなければならないとされていた。

 

 マッカーサーは、日本軍に追われてフィリピンからオーストラリアに脱出したが、必ずフィリピンに戻ると決意していた。彼の考えは、ニューギニアからダンピール海峡を突破してフィリピンを奪還し日本を攻めるというものである。マッカーサーは、そのために総司令部をオーストラリアのブリスベン(私達は最終日に訪れた)からニューギニアのポートモレスビーに移して着々と日本反抗の準備を進めていた。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。   

 

   

 

 

 

 

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