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2017年6月 7日 (水)

人生意気に感ず「シベリア強制抑留と私の『望郷の叫び』。JRに防犯カメラ」

 

◇「ロシアにシベリア抑留生存者」の記事を読んだ。私がこの記事に強い関心を持ったのは、かつてシベリアの抑留地跡を訪ねて「望郷の叫び」を書いたからだ。夏草の中に立つ「日本人よ、安らかに眠れ」の墓標、その前で同行の元抑留者は「俺だけ帰って悪かった」と声を上げて泣いた。北方領土と共に第二次世界大戦は未だ終わっていない。しかし、関係者は世を去りつつある。毎日新聞が報じた抑留生存者は北海道出身の89歳。「死ぬまでにもう一度この目で日本を見たい」と話している。狂おしい程の望郷の思いが凍土に消えようとしている。この思い、これ位のことを実現させることが国家として出来ない筈はない。

 

◇終戦後強制抑留された日本人は約60万人。言語に絶する飢え、寒さ、過酷な強制労働によって約6万人が死んだ。多くは初めての冬を越すことができなかった。孤独に弱い日本人は祖国に帰りたい一心でひたすら耐えた。多くの抑留者は昭和25年の前半までに帰国したが、元憲兵とか特務機関員だった人などは、特別に戦犯としてその後も抑留された。この人たちが帰されたのは鳩山一郎元首相が自らモスクワに乗り込んで昭和31年に旧ソ交渉を結んだ結果である。シベリアのサムライ達が祖国の土を踏んだのはこの年12月26日であった。

 

 私は「望郷の叫び」の中で、ハバロフスクの国立古文書館で入手した「スターリン大元師への感謝状」及び、日本人が最後に意地を見せた「ハバロフスク事件の真実」について書いた。「感謝状」には帰りたい一心で奴隷の心になった日本人のスターリンを讃える歯の浮くような文言が連ねられている。これと対比して溜飲が下がる思いで手に汗握るのがハバロフスク事件である。元陸軍少佐石田三郎を中心にしたサムライ達の抵抗運動である。背後には元参謀瀬島龍三の指導もあった。ほとんどが高学歴の人たちの知恵を集めた「無抵抗の抵抗」は旧日本軍が半端でなかったことを想像させた。この中にいた一人の人物は、私の文章を読んだ後、客観的によく描かれていると言って連絡をくれ、お会いした。(私の「望郷の叫び」は差し上げることが可能である。ご希望の方はご連絡下さい)

 

◇JR山手線は全車両に痴漢及びテロ対策として防犯カメラを設置する計画だという。特に対テロで意味。首都の治安を守るために必要である。この動きは他の交通機関にも及ぶに違いない。五輪に向けて万全を期さねば。(読者に感謝)

 

 

 

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