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2017年6月18日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第46回

 

 間もなくあたりの景色は変化した。海である。灰に埋もれた死の光景の向こうに広がる光る海は命が躍動するように新鮮に見える。水平線のあたりは、海と雲が溶け合って一つになっている。その手前に上部を削ぎ取られたような山があり一条の白い煙が青い空に吸い取られるようにゆっくりと昇っている。あれがタブルブルだ。その下にラバウルがある。バスの中は一段と賑やかになった。ラバウルのまちは、期待したような賑やかな所ではなかった。観光地というイメージはない。それでもかなりの人家と行き交う人々の姿があった。大噴火によってまちの半分は失われたままだが復旧活動はせず、近くのココポという町に都市機能、州都機能を移しつつあるという。

 

 ラバウルは左右の岬に抱かれた静かな湾の奥にある。外海から湾を眺めたとき、右の岬の上に立って噴煙を上げているのがタブルブルであり、左の岬の上に立つのがブルカンだ。湾の奥に緑の山を背に、そして海岸線には背の高い椰子の木を並べて静かに広がるまち並がラバウルである。大噴火の前は、赤や黄色の屋根が緑の中に溶け込んで美しい光景だったらしい。

 

 私たちの宿舎、ホテル・ハママスは、タブルブル寄りにあって、1メートル以上もある火山灰の山がホテルの近くまで迫っていた。そして、このホテルの近くには山本元師が死の直前に立ち寄った司令部や旧日本軍の飛行場があるが、灰に埋もれた姿は、かえって激烈な戦争が最近の出来事であるかのような印象を与えていた。

 

 ホテルに着いて、すぐに礼服に着替えて、追悼式の会場に向かう。南太平洋戦没者の碑は、ホテルからさほど遠くない裏山の中腹にあった。この山のなだらかな稜線の向こうに白煙を上げたタブルブルが姿をのぞかせている。

 

 山の中の道はひどかった。火山灰で埋まった道を迂回したり、崩れて半分になった道幅のところを恐る恐る越えたりしながら進む。復旧の手がつけられない山の中は、7年前の爆発の惨状がそのまま残っているのだ。

 

 戦没者の碑は、ラバウルの市街とその前方に広がる静かな湾、そして対岸のブルカン火山を一望できる山の中腹にあった。あの湾口から日本の船団が攻め込んだのだな。私は目の下の静かな海面から水平線の方に視線を移しながら思った。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

 

 

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