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2017年4月 8日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第23回

 

 

 ヘッドライトの光の中に時々教会の建物が現れる・一時間ほどの走行中に、またあったと感じられるほどに尖った白い建物が現れては消えた。それは現地人の余りに粗末な建物と比べアンバランスな感じを与える光景であった。また、このことはこの未開の地にも西欧文明の中核たるキリスト教が広く根付いていることを示すものである。事実、この国の国民の大半はキリスト教徒である。もっとも、奥地の山村では伝統的な祖先崇拝や原始宗教がまだ残っているという。

 

 六時、PX125便でウエワクを離陸、途中乗り継ぎのため小さなローカル空港マダンに降りる。ここからPX308便に乗りかえて午前八時、ラエに着いた。

 

 空港について、おやと驚くことがあった。現地の男が「ようこそラエへ」と書かれた大きな幕を持ち、その前に二人の若い女性が立っている。日本語で書かれた歓迎の言葉と共に彼女たちの姿が私の注目をひいた。腰にまとった赤い民族衣装、健康そうな上半身の黒い肌、そして下は裸足である。白い歯を見せて笑った顔は知的で美しい。間もなく、これらの人々が私達を案内するガイド役であることを知って驚き感激に変わった。

 

 彼女たちは、それぞれマルガレータ、ジャクリーンといい、ラエ・テクニカルカレッジの学生であった。他の数名の学生たちと共に、私達を案内することになっていたのである。

 

 ラエはかつて、ウエワク、サラモアと共にニューギニア島北岸における日本軍の重要拠点であり、激戦地であった。

 

 

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

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