« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第23回 | トップページ | 人生意気に感ず「米中会談とシリア攻撃。北の対応次第で戦争に。安倍さんの発言」 »

2017年4月 9日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第24回

 

 ポートモレスビーの日本大使館で、田中特命全権大使が「日本が、こんな遠くまで兵を出したのは、アメリカとオーストラリアが手を結んで作戦するのを分断させるためであった」と語ったことは前述したが、アメリカとオーストラリアの目的は、この地に対日反抗の大拠点をつくることであり、日本のニューギニア作戦の目的は、これを阻止しようとするものであった。そしてこの目的のための日本軍の最初の行動は昭和17年3月、このラエの占領から始まったのである。ついでながら、マッカーサー将軍は、対日反抗の拠点づくりのため、連合軍の総司部をオーストラリアのビルスベン(慰霊巡拝の最後の日に訪問)からニューギニアのポートモレスビーに移しニューギニア戦に全力を注いだ。結果は、日本軍がニューギニアで大敗したため、連合軍はその目的の通り、ここから島づたいに、フィリピンを陥れ、日本を攻撃するに至る。(マッカーサー将軍はこれをカエル飛び作戦と称した)

 

 私達慰霊巡拝の目的は、市内のいくつかの戦跡の巡拝、豪・米・インド軍兵士の墓の参拝、そしてダンピール海峡に向けての追悼式などであった。

 

 

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

|

« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第23回 | トップページ | 人生意気に感ず「米中会談とシリア攻撃。北の対応次第で戦争に。安倍さんの発言」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第24回:

« 今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第23回 | トップページ | 人生意気に感ず「米中会談とシリア攻撃。北の対応次第で戦争に。安倍さんの発言」 »