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2017年4月29日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第28回

 

 

 追悼式や戦跡の巡拝では必ず英霊に報いることを口にするが、英霊に報いるとはどういうことなのか。線香をたいて米や酒を捧げるだけでは英霊は満足しないだろう。英霊は満足しないだろう。21世紀の視点でこの悲劇を見詰め直し、多くの人がこれからの平和のためにこれを生かすことが最も重要なことである。だから日本に帰ったら、報告書を書いてニューギニア戦のことを知らない人たちの読んでもらおう。私の中で求めていたものが、霧の中から姿を現すようにはっきりと意識の表面に現われてきたのは、この時であった。そして、ダンピール海峡の悲劇も紹介しなければと心に決めたのである。 

 1941年(昭和16年)、真珠湾攻撃にはじまる太平洋戦争は、緒戦において勝利をおさめ、日本軍は南太平洋一帯にわたる広大な地域を占領したが、ミッドウェー海戦及びガダルカナル島の戦いに破れてからは、深刻な状況に追い込まれてゆく。そういう中でも日本はニューギニアを非常に重視した。なぜなら、ニューギニアは日本の防衛線の戦略的要衝で、ここを失えば日本は太平洋における全般的な防衛網の基礎を大きく脅かされることになると考えたからである。そして、このことは、連合軍にとっては逆にニューギニアが日本陣営を攻撃するための要衝であることを意味した。

 

 

 

 ※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

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