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2017年3月31日 (金)

人生意気に感ず「雪崩事故は天災か人災か。稀勢の里の奇跡。森友問題。高山で記者会見」

 

 ◇那須雪崩事故の報に接した時、直ぐ頭に浮かんだのは、昔青森県の八甲田山で起きた死の行軍訓練。2隊に別れ雪の道を進み、一方では犠牲者がほとんどないのに対し、他方はほぼ全滅。新田次郎が小説に描き映画にもなった。結果を分けたものは現場の指揮官の状況判断であった。 

 

◇今回の高校生らの事故は、典型的な雪崩発生区と言われ、警報が出ていた。報じられるところによれば、通報の遅れ、その他現場関係者の不適切さが指摘されている。慣れが危機感を鈍らせたのではないか。「想定外」という言葉が聞こえて来る。最近の異常気象も計算に入れるなら、想定外はないのではないか。

 

◇上海で耳にした日本のニュースで耳を疑ったのは稀勢の里の優勝である。横綱戦で日馬富士に突き飛ばされ怪我をしたところまで見た。解説者は「明日は無理でしょう」と休場を示唆していた。妻に電話したら「凄かったのよ」と話していた。執念で新横綱の意地を示したのであろう。国技でありながら、横綱の座はモンゴルに独占されてきた。待望の日本人横綱への期待は日本中の熱い声援となって稀勢の里の心を奮い立たせたに違いない。「死んでも」という、今日死後になりかかっている日本人の懐かしいサムライの意地を示してくれた。その影響と効果は計り知れない。日本人横綱の時代の新しい幕開けであろう。

 

◇森友問題は終息しそうにない。籠池発言には、籠池という人物と共にいかがわしい点がありそうだが、全てを否定することは出来ないようだ。少なくとも観客席の国民の多数はそう見ている。そして、より重要なことは、籠池発言が本質的な問題点を抉(えぐ)り出すきっかけになったことだ。安倍首相の政治理念が底流で妙なところと通じているのではないかと不信感を抱き始めた国民は多い。昭恵夫人の軽さは首相の足を大きく引っ張っている。

「一強」という政治状況の中で、今までうまくいき過ぎた感がある。順風満帆が続く筈がない。安倍首相は最大の試練に立たされている。その失脚を秘かに期待する向きは大いに違いないが、私は日本のために乗り切って欲しいと思う。

 

◇昨日、高山村で「おもてなし専門学校」開学の記者発表を行った。私は前橋校も含めた名誉学院長。後ろの山には天文台が。アジアの留学生に宇宙を語りたい。今日のふるさと未来塾は宇宙がテーマ。(読者に感謝)

 

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2017年3月30日 (木)

人生意気に感ず「外から見た日本。書道文化。雪の遭難。てるみくらぶ」

 

 ◇上海から帰って、外から見た日本、そして中国を考える。JTBのガイドが日本の良さを語ったので、私は「中国人が一番信頼する製品はどこのものですか」と訊ねたら「ドイツと日本」という答えだった。日本製品の質を支えるものは日本人の勤勉性と日本の文化、そして中小企業の存在だと思う。小回りのきく中小企業が常に生き残りを賭け変化に対応して頑張っている。文化とは、企業は社会のためにという企業倫理である。金を儲けるだけの存在は長く続かないことを百年の中小企業の歴史が教えているのだ。社会主義経済から急激に変化した中国では、まだ健全な中小企業が育っていないことを感じた。変化に対応するものだけが進化するというダーウィンの言葉はここにも当てはまるのだ。 

 

◇日本では「書道」というが、中国では「書法」である。書の源流は中国に発する。それは中国の文化を支え、日本の文化を支えてきた。近代社会は便利さとスピードを求める。そのために、漢字は不便でスピードに対応し難い。それゆえに韓国は漢字を捨て、本家の中国は略字を使うようになった。日本では漢字の基本を残しつつ、ひらがなが補っている。これこそ日本の文化の素晴らしさである。

 

◇今回の上海における書道展の意義の大きさを改めて振り返っている。27日の最後の夕食会で、一人一人の子どもたちに感想を述べてもらった。彼らは書をやっていて良かったと語り、一人一人に書を通して身に着けたしっかりとした心が感じられた。

 

 国際理解教育が叫ばれ英語の重要性が強調される。それは間違いないが、外国で自国のこと、及び自分を語れない若者が多い。自国の文化に誇りを持ち、それを自分の言葉で話せることこそ国際化時代の要であることを今回痛切に感じた。

 

◇栃木県の高校生の遭難を中国で知った。帰国したらNHKが「雪崩の事故を教員が一時間も歩いて通報した」と報じていた。時間が勝負なのになぜと思う。表層雪崩が起きやすい状況だった。雪崩注意報が出ていた。8人も死亡したのだから刑事責任が問題となる。その場合、予見の可能性が焦点となる。

 

◇「てるみくらぶ」が破産し、海外旅行の世界に衝撃が走っている。海外に出ると旅行者の大群に驚く。空の旅は命が掛かっているのに利益を求める企業のターゲットになっている。(読者に感謝)

 

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2017年3月29日 (水)

人生意気に感ず「上海市を走る。日本の作品。上海博物館で。中国の未来」

 

 ◇26日、27日、28日と早朝の上海市街を走った。外国旅行では運動靴を持参して毎回走ることにしているが、走ることには運動のためだけでなく、その地の素顔を肌で感じられる魅力がある。上海には古い歴史と時代の先端を走る姿が混在している。プラタナスの並木が続き、未だ夜が明けきらぬ中バイクが走る。間口の狭い店の中で饅頭作りであろうか、せっせと働く夫婦らしい姿。随所に狭い路地が伸び生活の音が流れてくる。所々に日本のコンビニがある。ほぼローソンである。中に入って「ツァオ・シヤン・ハオ」と言ったら、店の主人は嬉しそうな笑顔で同じ言葉を返してきた。「おはようございます」が通じたのだ。 

 

◇26日の交流展で、両国少年少女の作品の展示は屋内である。一堂に展示された作品を見ると、日本の子ども達の書は力強く堂々として、本場中国の子どもたちのものと比べ決して引けを取らないものと感じた。子ども達も自信と誇りを持ったに違いない。

 

 中国側の配慮には並々ならぬものがあった。その一つが立派な作品集である。右の頁からは日本の作品が、左からは中国の作品が並ぶ。

 

 初めの作品、「青雲大志」は小6の中嶋美空さんのもの、そして二番目の作品は驚くべきもので、細かい字がびっしり。「ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず・・・」と鴨長明の方丈記が綴られている。中学一年の荒川美咲さんのものである。

 

 私はスマホ時代の子どもたちの姿を想像しながら書を見詰めた。書は心を現すというが、機械では不可能な心が伝わってくるのだ。書の源流は中国にあるが、書を通して中国文化の奥深さを感じることが出来た。

 

◇27日、上海博物館で書のフロアを見た。一つの作品の前に立ってじっと動かない群馬県書道協会の会長の姿があった。私が尋ねると、一本の線から窺える筆の動きを考えているのだという。

 

◇私は今回の訪中で、中国は今後10年で素晴らしい国になるに違いないという感想を得た。悠久の農耕社会から急激に目も眩む物質万能、金銭万能の世界に飛び出して動揺しているのが現在の中国の姿である。やがて落ち着きを取り戻し、自信を得た時、本来の中国がスタートするに違いない。日本として重要なことは今後大きく発展する中国に、しっかりと対峙できる国をつくることである。(読者に感謝)

 

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2017年3月28日 (火)

人生意気に感ず「書を書いて交換する姿。交流展の私の挨拶。迎賓館」

 

◇上海二日目。この日の午後に、私たちにとっての最大の行事がある。しかし、午前中の文化センターの出来事は図らずも大きな成果を生んだ。ここでは多くの部門に分かれて、生き生きと学ぶ子どもたちの姿があった。その一つが書道である。予定外の計画が持ち上がって、日中それぞれの子どもたちがその場で書いて交換し合おうということになった。

 

 国際的場面での自己主張に慣れないと思われる控え目な感じの子どもたちが、意外な姿を示した。多くの中国人の視線の中で、臆する風もなく堂々と筆を振ったのである。私の目の前で、中一の少女は墨痕あざやかに「美しい国日本」と書いた。自分の書を交換する子どもたちの姿を見て、この上なき国際交流の実践となったと思った。

 

◇午後の書道交流展は上海昌碩文化センターで行われた。野外の会場は書法展を表示する幕を背景に舞台が設置されていた。背景の文字は度胆を抜くもので、中日国交正常化45周年、上海市・群馬県青少年書法交流展と大書されている。

 

 福田康夫元総理が到着。会場の各作品の前で作者と福田さんと私が並んで写真をとった。福田さん、上海総領事の片山和之氏等が挨拶し、群馬県日中友好協会会長の私の番となった。私は初めの部分を中国語で話すことになっていた。私の中国語に対し会場から拍手と共に笑い声があがった。それは一つの方言が理由だった。「上海語」という言葉がある程上海は方言の地域なのである。「皆さんこんにちは」の標準語は「大家好(ダージャハオ)」であるが、これは方言では「ダーガーホー」となる。会場が笑で包まれたのは、この一語を放った時であった。私はオバマが一つの方言で受けたことを耳にしていたのである。

 

◇本体の挨拶では、この書道展には、特別の意味があることを語った。書は中国にとっても日本にとっても長い歴史をもつ伝統文化であり精神文化である。ところが今日、機械文明の発展は著しく、そのために人間の心は貧しくなっている。それだけに日中の未来を担う青少年が書を通して心の交流を図ることは両国の未来にとって測り知れない意義がある。私はこのように語り、嵐の中で船出した群馬県日中友好協会は、皆さんのお陰でここまで来ることが出来たと感謝した。夜の迎賓館は子どもたちにとり生涯の思い出となるだろう。(読者に感謝)

 

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2017年3月27日 (月)

人生意気に感ず「上海の第一日。屈辱の歴史。安全神話に胡坐をかく子どもたち」

 

◇25日午前8時。訪中団はバスで県庁を出発した。総勢32人。先発した人を含めると総勢38名程になる。高速を走るバスの中で自己紹介。今回の書の出展者の子ども達は10名。それぞれの父母等も参加。中国は初めてという人も多い、中国への思いを乗せてバスは一路成田に向かった。

 

 中国時間午後4時、上海に着く。日本は午後5時、一時間の時差である。手続きを済ませて進むと「中村先生」と手を振る姿。日中友好協会の理事で友人でもある郭同慶氏である。上原事務局長も一緒だった。二人は準備のために一日早く上海に来ていたのだ。

 

◇上海は何度も訪れているが来る度に姿を変えている。上海の変化は中国の変化を示すもの。ガイドが上海を紹介する。それによれば、中国最大の年・上海の人口は約2,500万人、上海に常駐する日本人は約48,000人と言われる。鹿児島県とほぼ同経度であるが気温はやや低い。

 

 チェックインした後、バスで食事に向かう。巨大な竜が吼える形の水上レストランで子どもたちは高揚しているように見えた。その後に起きたハプニングは、この心の高揚と関係するものと思われる。

 

◇夕食後、黄浦江の夜景を見に行くことになった。濃い闇の中に浮き出た高層ビルの壁面をネオンが彩り、それが江に映る。このあたりの一角には昔「犬と漢人は入るべからず」と書かれた立札があったといわれる。イギリスの租界区があった地域であり、立札は屈辱の歴史の象徴として語り継がれている。

 

 天を突くビルと華やかな夜景は、屈辱から立ち上がった中国の心意気を世界に示しているように思えた。江に面した広場は人々でごった返していた。

 

 そろそろ引き上げる時間になった時、二名程の子どもがいないのに気付いた。母親によれば運動のためといって走って行ったというのだ。単独行動はとらないようにとあれ程厳しく言っていたのに、祭りのような雰囲気が子どもたちの心を駆り立てたのであろう。

 

 探し出すことが出来てほっとしたのであるが、世界一安全な日本で暮らす子ども達の偽らざる姿であった。「安全神話に胡坐をかく」とは日頃よく言われることである。あの人ごみの中で子ども達が行方不明にでもなったら、また、テロが起きたらと想像して肝を冷やした。子ども達は良い勉強をしたのだ。翌朝、私は反省材料として活かすべきだと話した。

 

続く

 

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2017年3月26日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第 20 回

 

 私は、ヤシの実のご馳走にあずかりながら、先に紹介した村田宗三郎さんの体験談を思い出していた。

 

 目の前の現地人は、するすると苦もなくヤシの木に登ったが、これはヤシの木が低いことと、この人に体力があるためだろう。高いヤシの木に登るのは大変なことだったらしい。村田さんはヤシの木に登るのがうまく、上官に命令されてよく登ったという。

 

 そして、時にはその報酬としてきつい作業を免除されたこともあったとか。また、村田さんは、ヤシの実に助けらたこんな話も聞かせてくれた。農業と柔道で鍛えた頑健な村田さんも遂にマラリアに罹ってしまった。40度を越す熱が出て危ない状態に陥った時、現地の若者が走って行ってヤシの実を取ってきた。軍医がヤシの実を割ってその果汁をブドウ糖の代用として注射した為村田さんは体力を回復して危機を脱したという。私は本当にヤシの実に助けられたのですと、村田さんは白い歯を見せて懐かしそうに笑った。

 

 この丘から見渡す視界の中にもヤシの木は多い。当時の日本兵でこのヤシの実に助けられた人は多かったであろう。

 

 もっとも、ジャングルの中を飢えてさまよう兵士は、飢えだけでなく、多くはマラリアによってすっかり体力をなくしていて、とてもヤシの木に登れる状態ではなく、頭上のごちそうをただ恨めしそうにため息をついて眺めるだけだったらしい。 

 

 この後、この丘のすぐ下にある日本軍の高射砲陣地を訪ねた。ジャングルの中に赤く錆びた五つの高射砲が並んでいる。なかば朽ちた砲身は、それでも遺志のあるが如く天の一角をするどく指している。必死でこの砲に取りすがって、頭上の敵機と闘った兵士の姿が浮かぶようである。 

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

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2017年3月25日 (土)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第 19 回

 

 バスが出発すると多くの子ども達は後を追うように走り出し、振り向くといつまでも手を振っている。

 

 戦跡をめぐって慰霊することも重要であるが、この学校訪問のように未来に向けての平和の礎を築き、この国の発展につながる行為をすることも又重要なことだと思う。天国の英霊たちもそれを望んでいるだろう。私は小さくなる子ども達の姿を見詰めながら思った。

 

 

 

(3)ミッションヒル

 

 

 

 この日はいくつかの戦跡を訪ねたが、その中でも印象的なのはミッションヒルである。ミッションとはキリスト教の伝道団体などをさす言葉で、ヒルは丘である。巨木が生い茂る中の細い道を進む。急な坂道に近づいたとき、この近くに日本軍の高射砲陣地の跡があります、帰りに見ることにします。と、ガイドが密林の一角を指した。急な斜面を巻くように道は伸び、間もなくまぶしい陽光を浴びた頂上に出た。そこは、芝生の広場になっていて、眼下にはウエワク市の白い建物が緑の中に点在し、その先には海岸線に並ぶヤシの木を抱き込むように青い海が広がっている。そしてこの眺望を見守るように日本軍の英霊碑が静かに立っていた。

 

 石碑には歌が刻まれている。

 

 つわものが うえしかぼちゃの いきてさく

 

 物音一つ無い静けさとのどかな光景の中に立つと、かつてこの地で行われた凄絶な死闘が幻であったかのように思われる。皆で線香をたき合掌した。

 

 広場の隅にヤシの木があって、大きな実がたくさんついている。現地の人が、するすると登り、実を落とした。片手にヤシの実を乗せ、それにもう一方の手の山刀を振り下ろす。ヤシの実の頂上に三角の穴が開けられた。中には半透明の液体がたっぷり入っている。皆はそれを回して飲んだ。ポカリスエットに似た味がしてなかなかうまい。空になったヤシの実に刀の一撃が加えられ、二つに割れる。内側には、白く厚い果肉状のものがあって、えぐって取るとイカの刺身のようである。これも薦められて食べてみると美味しい。この白い部分はコプラといって、これからヤシ油がとれるそうである。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

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2017年3月24日 (金)

人生意気に感ず「籠池証言の衝撃と日本の危機。ロンドンのテロとテロ準備罪」

 

 ◇予算委員会は近年に例がない程緊迫していた。籠池証人喚問の場面である。敢えて応じた動機は「九分九厘」までいったのに、はしごを外された怨みである。「100万円は園長室で人払いをして2人だけの所で受け取った」、「払い下げた価格が低いので驚いた」、「10日間姿を消して欲しいと言われた」、「財務省への働きかけがあったと思う」、「昭恵夫人と妻との間にメールのやりとりが20回以上」等々。テレビの視聴率に興味を抱く。異常に高かったに違いない。テレビ3面記事を見る感覚の国民が多い筈。構図的には籠池という一介の民間人が国家権力を相手にしている。菅官房長官が否定しても証言を支える証拠がなくても、多くの国民は籠池発言を信じたのではないか。 

 

 国権の最高機関である国会と内閣がえせ国士に振り回されている。権力の側に問題があるのだからやむを得ない。「教育勅語と園児」の問題に現われた森友学園の軽薄な教育理念。そして天下に正体を晒した理事長の姿。これらに一時的とはいえ心酔いしたに違いない安倍首相夫妻の軽さが明らかになった。

 

◇国会の三文劇の衝撃に振り回され、北朝鮮の問題、都議会百条委員の行方、テロ等共謀罪(案)の閣議決定等が霞んでしまった感がある。これらは日本が内憂外患の中にあることを示す重大事である。安倍内閣の役割と使命は限りなく大きいのだから早く立ち直って欲しい。

 

 窮地に落ちた政権の打開策の一つは衆院を解散して国民に信を問うことだ。安倍内閣の支持率は更に下がるに違いないが、民進党の支持率も上がらない。選挙をやれば議席を多少減らしても自民党は必ず勝利する。今度のごたごたを突破するためには、顔を洗って反省した姿を国民に示してその信を問うことが正解かもしれない。いずれにしても、昭恵夫人の証人喚問の声も上がり幕引きは困難になった。

 

◇ロンドンの国会議事堂近くで車を使ったテロが発生し多くの死傷者が出た。「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。群集の中へ車を突っ込むというテロの手段は防ぐのが難しい。日本の大都市で行われたらと想像すると恐ろしい。東京五輪が近づいている。新たなテロを防ぐには特別の対策が不可欠。テロ準備罪は今日の国際情勢の中でやむを得ないのでは。(読者に感謝)

 

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2017年3月23日 (木)

人生意気に感ず「国会が怪しげな舞台に。県立女子大の卒業式。ふるさと未来塾で宇宙を」

 

 ◇テレビに映る安倍首相がいつもの精彩をやや欠いて見えたのは私の気のせいかも知れない。世界を飛び回る首相の胸にも籠池証人喚問は重くのしかかっているのではないか。政治は渦巻く濁世の中にあるから、その中心に居る首相には魑魅魍魎(ちみもうりょう)も近づく。園児に教育勅語を唱えさせる人物は現代の幻怪ともいえる。それとの接触を疑われることは首相の軽さを示すもの。「李下の冠」の諺を噛み締めて欲しい。 

 

◇籠池氏の証人喚問は今日衆参両院の予算委員会で行われる。国権の最高機関が世界の劇場と化す。登場するのは大根役者か千両役者か。

 

 8億円も値引きして国有地が払い下げられたこと、時代錯誤の教育理念を掲げる学校の新設が認可されたこと、これは背後に安倍の力が働いているからだと多くの国民が思っている。

 

 そして、不当な値引きを氷山の一角ではないかと見る国民は少なくない。適法のカモフラージュの下で行われる不公平。これは今日の日本の政治不信の正体に他ならない。

 

◇昨日、県立女子大の卒業式に来賓として出席した。学長の式辞及び卒業生代表の答辞はしっかりしたもので飽きずに一語一語に耳を傾けることが出来た。

 

 高名な漢学者である濱口学長の式辞は現代文明に対する批判を含むものだった。巷では享楽に流される娘たちがあふれている。壇上から袴姿の卒業生を見て、学長の言葉が警鐘として受け止められていることを感じた。

 

 濱口氏の文明批判は、近い将来人間の仕事のほとんどはロボットなどの機械に奪われるというもの。スマホに没頭する人々の姿は正に人類の危機。人類は自ら生み出した機械文明の虜になり下がろうとしている。これを食い止め、人間の復権を図ることこそ教育の使命ではないか。

 

◇今月のふるさと未来塾は、31日(金)。私は28日の午後6時頃、中国・上海から県庁に着く。いつものことだが機上で地球の小ささと時代の流れを感じるだろう。昔、地球は無限に大きく、中国に行くのも大変だった。

 

 今回の塾のテーマ「宇宙」を取り上げるきっかけは、地球に似た7個の惑星が39光年の彼方に発見されたというニュース。人類はどうして生まれたか。ホーキングは神の存在を否定し、ハッブルは宇宙の膨脹を発見した。大学の時「生命の起源」を読んで胸を躍らせた。人類は進化しているのか。(読者に感謝)

 

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2017年3月22日 (水)

人生意気に感ず「都議会の真価は。百条委の成果。籠池証人喚問は。訪中近づく」

 

 ◇伝家の宝刀ともいうべき百条委員会も空振りの感がある。石原元都知事は「記憶にない」を繰り返した。ピラミッドのトップにいた人の責任は、記憶にないで済むのか。百条委は強大な調査権限を持つのに、期待した効果が引き出せないのは準備不足のために違いない。地方議会のチェック機能が問われている。 

 

 かつて、群馬県議会でいわゆる高木疑惑が問われたことを思い出す。県有地の売却に関する件で特別委員会が設置され、私も委員だった。あの時も十分な成果が得られなかったが、それは権限が弱いことに一因があった。あの時、百条委が開かれればという思いもあった。地方議会の重要な権能の一つに知事等執行部に対するチェック機能がある。それを発揮できないが故に地方議会の形骸が叫ばれている。地方議会の代表格たる都議会ですらこの程度かということになりそうだ。

 

◇籠池証人喚問はどうなるのだろう。同じ日に衆参両院で実行する。準備はきちんと進んでいるのか。証人の口から何が飛び出すのか。先日、山本一太予算委員長に立ち話で「大丈夫ですか」ときいたら「多分」という返事だった。

 

 百万円の寄付の真偽が大騒ぎされている。国有地が余りに安く払い下げられた経緯はどうなっているのか。怪しげな人物との間に、安倍さんは接触があったのかなかったのか。国民は素朴な疑問を抱いている。森友学園事件のように首相が巧みに利用されたかも知れない問題は数多く存在する可能性がある。証人喚問から目が離せない。

 

◇中国訪問が間近に迫った。25日から4日間の日程で、日中青少年書道交流展で上海に向かう。およそ37人の訪問団で、私は団長である。群馬県日中友好協会の重要な事業である。

 

 群馬県日中友好協会は尖閣問題で荒れる最悪の状況下でスタートした。3年以上が経過し、この間順調に成果を挙げてこられたのは、政府間が険悪の時も民間交流の役割が重要だという意識が双方に強かったからだと思う。

 

 そして更に、背景には日中の長い歴史があるからだ。成果としては、「友好の覚書」を交わし、それに基づいて第一回書道交流展を群馬で行い、今回は会場を移して上海で実施することになった。10人の少年少女の出展者が父母と共に参加する。生き生きとした交流の姿を中国から伝えたい。福田元総理も参加する。(読者に感謝)

 

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2017年3月21日 (火)

人生意気に感ず「前橋地裁、原発訴訟の意義。国会事故調の報告。高木仁三郎の予言」

 

 ◇原発事故に関し、前橋地裁が東電と国の賠償責任を認めた意義は大きい。国会の事故調査委員会の報告は既に福島第一原発事故は「人災」であると指摘していた。私はこの報告が判決に影響を与えるに違いないと秘かに思っていた。この国会事故調の報告は「第一原発の敷地を超える津波が来た場合に全電源喪失に至ることを認識しながらその対策をとらなかった」と「人災」の理由を挙げていた。そして、この「報告」は、このような東電と国の姿勢を経済優先の「おごり、慢心」だとまで非難していた。 

 

 前橋地裁の判決は、今後の原発事故訴訟に影響を与えるに違いない。全国で30近い同種の訴訟が継続しているのだ。また、原発事故の本質を考えず、避難者を非難したり、いじめたりする心ない人々へ反省材料を提供する意味がある。原告のほとんどが顔と実名を公表していないのは、気持ちは分かるが残念である。

 

◇判決は事故について「予見可能性」と「結果回避可能性」があったとして、東電と国の賠償責任を認めた。つまり、予見することが出来、それを避けることが出来たのに怠った点に過失があるという明確な論理である。

 

 判決は、事故原因として地下に設置された配電盤が浸水し冷却機能を喪失したことをあげる。また、東電は非常用電源設備を浸水させる津波の到来を予見していたこと、それは配電盤を高い位置に設置するなどで容易に回避できたことを指摘した。

 

 簡単に出来ることをなぜしなかったか。国会事故調が指摘する「慢心」と「おごり」を感じる。非常用電源の設置状況については、前橋高校出身の原子力科学者、故高木仁三郎氏が言っていたことが「予言」となってしまった。

 

◇今回の判決は私たちに今後の原発について考える重要な材料を提供することになった。

 

 世界には、広島、長崎で原爆を経験した日本に原発が多くあることを「3・11」以前は知らない人々が多かったと言われる。大災害の時代が到来しつつある。この期に及んでまだ日本は原発政策を続けるのか。原発はコストが安いと言われるが、事故が起きた場合のことを考えると決してそうではない。今回の前橋の判決はそのことを示した。目先の経済と人間の命といずれを優先させるかが問われている。新たな日本の文化を創造する時が来た。(読者に感謝)

 

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2017年3月20日 (月)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第18回

 

 

 

 歓迎の行事が終わった時、私達慰霊巡拝団から、用意してきた日本の文房具が贈られた。知事、県議会、それぞれがはるばる持参したノート、鉛筆、ボールペンなどである。これらの文房具は、この国では大変貴重品らしい。

 

 贈呈式の中で私が代表して挨拶をした。私は英語で次のように話した。

 

「私達は日本からやってきました。皆さんの歓迎を受けて大変感謝しています。今から50数年前、皆さんが生まれるずっと昔のことですが、日本とアメリカとの間の大きな戦いが、このニューギニアの地で行われました。そして、多くの日本人兵士が死にました。私達は、この兵士達が安らかに眠るように、そして世界の平和が実現するようにお祈りするために来ました。私達は、この国と仲のよい友だちになりたいと思います。亡くなった兵士もそれを望んでいるでしょう。皆さんにお願いがあります。一生懸命に勉強しいて、いつの日か日本に来て下さい。その時は、皆さんを大いに歓迎します」

 

 子どもたちの大きな拍手が起きた。下手な言葉でも、外国人が自分たちの国の言葉で語りかけることが大変うれしいらしい。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

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2017年3月19日 (日)

今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅― 第17回

 

(2)小学校を訪ねる

 

 10月24日、この日はミッションヒル、ポルム岬、豪日終戦調停碑、阿部岬等の戦跡を巡るが、その前にウエワクの小学校を訪ねた。

 

 ペータートロト小、8学年制、生徒数はおよそ300人。でっぷりとした中年の女性校長の名はマリー・モライさんという。校舎は、ブロックの囲いの上に屋根を乗せたような簡単な建物である。広い校庭は芝生で覆われ、その周辺にはバナナの木などが散見されるが、その先はジャングルに通じるかのような深い森が続いている。印象的なのは、子ども達の表情である。どれも知的で、しっかりとした眼差しをしている。

 

 彼らの表情を見て、ポートモレスビーの田中大使のことを思い出していた。それは、26年程前にこの国は独立したが、それ以前は山の住人は石器時代のような生活をしていたということである。そしてこの時、人間を変えるのは教育だと改めて思った。聞けば、この学校で学ぶ者は恵まれた家庭の子どもたちらしい。

 

 整列した子どもたちは、ニューギニアの国歌と彼らの校歌を歌った。澄んだ元気のよい声が降り注ぐ陽光を跳ね返すかのように響く。国歌を歌うときの彼らの瞳は一際生き生きと感じられた。やがて彼らがこの国を支えるとき、この国も大きく発展するのではないかと思った。

 

 

 

※土日祝日は、中村のりお著「今、みる地獄の戦場 -ニューギニア慰霊巡拝の旅―」を連載しています。

 

 

 

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2017年3月18日 (土)

『今、みる、地獄の戦場』  第16回

 

 式後、記者のインタビューに答える小寺知事の声も震えていた。

 

 夜はウエワクのホテルで直会(なおらい)と夕食会が行われた。この直前、セピック州知事アーサー・ソマレ氏が表敬訪問に訪れた。ソマレ知事はすぐに帰ったが、続いて訪れた意外な客が宴に加わることになった。パプアニューギニア初代総理マイケル・ソマレ氏である。州知事のマーサ―・ソマレ氏は息子である。ソマレ氏が加わって、会は大いに盛り上がった。ソマレ氏は立派な髭をたくわえたがっしりとした体格の人で、政治家としての風格が感じられた。ソマレ氏は大いに語った。小寺知事も上機嫌であった。知事が立ち上がって、皆さん、ソマレ氏はこう言っていますと団員に説明すると団員の拍手が起こる。宴たけなわの頃、ホテルのオーアーの計らいで、地元の人の民族の踊りが披露された。南海の果ての宴は、戦争のこともしばしば忘れさせて益々盛り上がっていった。

 

 その後、ラエ市で手にした50キナ紙幣を広げて私は驚いた。その表面に描かれている人物は、ウエワクホテルで会ったソマレ氏であった。

 

 小寺知事は、翌朝早く国民文化祭に備えるため日本へ向けて旅立って行った。

 

土日祝日は、中村紀雄著「今見る 地獄の戦場」を連載します。

 

 

 

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2017年3月17日 (金)

人生意気に感ず「防衛相の軽さは首相の軽さ。笑う北朝鮮。幻怪の祖父。GPS捜査の大法廷」

 

 ◇稲田防衛大臣は果たして自身の危機も乗り切れるのか。国会答弁の姿に与党からも批判が相次いでいる。尖閣や北朝鮮をめぐる憂事の際、毅然とした姿勢を示せるのか、国内から軽くみられる国防の責任者は、特に北朝鮮など女性の存在を軽く見る国からは扱い易しと見られているに違いない。防衛相の軽さは首相の軽さに通じる。綻(ほころ)びが見えだした感のある首相は本物か。安倍首相によって日本が世界に存在感を示せるようになったと評価する国民は多い。一強に酔っていた点はないか。謙虚さを取り戻し、不退転の決意で立ち直って欲しい。 

 

◇祖父岸元首相は「幻怪」と言われた。満州国で辣腕を振るい、A級戦犯となって死を覚悟し、釈放され、あっという間に首相の座に駆け上がり安保改定を成し遂げた。安倍首相の颯爽とした姿を祖父と重ねて見てきた国民は少なくない筈だ。

 

◇籠池という男は妙な人物で首相や自民の政治を脅かす爆弾を秘かに持っているらしい。失うもののない立場に立たされて反撃の機会を窺っているように見える。自民党の政治家は「えせ国士」に弱い。自らが歴史の座標軸を持たない故に、簡単に日本国憲法を押し付けられたと言って軽視し、教育勅語を賛美する。

 

 今回の森友問題による自民のイメージダウンで憲法改正も一歩後退と思う。安倍首相は一部から言われているような国粋主義者ではないが、今回の事件によって国政の方向を任せられるかという次元の高い政治不信が今頭を持ち上げている。

 

◇大法廷はGPS端末を付けた捜査は違法だとの判断を示した。任意捜査か強制捜査か。強制なら裁判所の令状が要る。警察はこれまで任意だからとして令状なしで捜査してきた。最高裁は憲法で保障するプライバシーの侵害にあたるとした。GPSによれば犯罪に無関係な事実まで得てしまう。それは強制捜査だとするもの。かつて県議会には犯罪を犯す者に人権はないと主張する弁護士がいた。県議会のレベルがこんなものだとは思いたくなかった。

 

◇今日、前橋地裁で原発訴訟の判決が出る。巨大津波を予見し事故を回避できたかが焦点。多くの同種の訴訟で最初の判決。国会事故調の結論は予見の可能性を認め「人災」だとした。注目したい。(読者に感謝)

 

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2017年3月16日 (木)

人生意気に感ず「稲田防衛相の資質。教育勅語はなぜ時代錯誤か。宇宙を語る」

 

◇稲田朋美防衛大臣の国会答弁を見て頼りなさを感じている国民は多い筈だ。森友学園問題に関して、前の答弁を撤回した。見ていて撤回自体は記憶違いがあったに違いないと思える。

 

 しかし、この人の一連の言動からは教養の浅さを感じざるを得ない。それは、憲法9条や教育勅語に関して見られた。安倍首相が気に入って任命した人だけに首相の器が問われる。防衛大臣は、北朝鮮や「イスラム国」・ISに向き合う立場である。これらの国に民主主義や男女平等などは通じない。

 

◇オバマは恐らく歴史に残るアメリカの顔にふさわしい大統領であったが、弱腰を批判された。北朝鮮、IS、中国などにはオバマの理想主義が通じなかったからだ。

 

 防衛大臣にはサムライ日本の心意気が期待される。平和憲法を踏まえて、これを牙をむき出した狂気の猛獣に示してたじろがせることは容易なことではない。

 

 庁から省に昇格したポストである。深い哲学と高い志を持ったサムライがこのポストにふさわしい。稲田氏は国会で、教育勅語の「精神は取り戻すべきだ」と発言した。

 

◇私の経験からすると、多くの保守系政治家が同じような考えをもっている。教育勅語の歴史的な問題点を理解した上で敢えてその発言をしているのかが問題なのだ。森友学園の籠池理事長が園児に教育勅語を朗唱させたこともここに問題点がある。

 

◇「朕、おもうに我が高祖皇宗国をはじむること宏遠に徳をたつること深厚なり」に始まり、これを国民がよく行うことは国体の精華であり教育の淵源もここにある、と述べる。大変格調の高い良い文である。この後に続く「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信じ」はこの部分だけ取り出せば普遍性のある徳目といえようがそれは全体の一部であり木を見て森を見ずなのだ。天皇神格観を基礎にすえて儒教の精神を示したものである。だから現憲法とは相容れない。1948年に国会が無効を決議したのはそのためだ。

 

「その精神は取り戻すべき」という稲田発言につき自民党の中にも「時代錯誤」という批判があるのは当然である。

 

◇今月の「ふるさと塾」(31日)のテーマは「宇宙」。ビッグバン、膨張する宇宙、ハップル、ブラックホール、ホーキングなど夢は限りなく膨脹する。少年の心にかえって話す。(読者に感謝)

 

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2017年3月15日 (水)

人生意気に感ず「アラビアンナイトの世界だ。安倍内閣の危機。籠池の逮捕は」

 

 ◇まるでアラビアンナイトの世界がタイムトンネルから東京に出現したようだ。サウジアラビアのサルマン国王の一行が来日した。異形の集団。王族を中心とした一行は総勢1000人を超える。10機とかの飛行機で飛来、使用する都内の高級ホテルの部屋は1200室、移動のハイヤーは500台とか。正に湯水の如く使う金は石油のお陰。小学生の頃、砂漠の魔王という漫画があった。ランプから現れる巨人は私たちの夢を駆り立てた。国王の一行はランプから現われてランプの中に消えるのか。 

 

◇燃える水石油は不思議な存在である。数十年前から枯渇すると言われながら尽きる国はない。サウジは依然として世界最大級の埋蔵量を誇る。あの砂漠の国の地下はどうなっているのだろうか。

 

 しかし、いくら何でも永久に石油が続く筈はない。石油が十分あるうちに石油の力で石油依存から脱却する改革を進めることは当然であろう。今回の一行の目的はこの改革案を進めるためである。サウジ国王の来日は46年ぶり。人々は日本をどう受け止めたのか。

 

◇安倍内閣の支持率が数ポイントも落ちた。昭恵夫人の軽率さが注目され、籠池理事長が右翼と見られているだけに安倍首相も妙な地下人脈の繋がりを疑われている。その上に稲田防衛大臣がぐらぐら始めた。私の周辺には、国家が戦乱に巻き込まれる恐れがある火急の時、防衛大臣の人材は他にいないのかという声が前からあった。

 

◇籠池国会招致に自公が反対しているのは国会で何を話されるか分からないからだろう。真実は不明だが国民のほとんどはそう思っている。

 

 今、国民の最大の関心事は籠池理事長の逮捕である。国民は口封じのために逮捕もありと疑っている。贈収賄、政治資金規正法違反、あっせん利得処罰法違反など、逮捕容疑はいくらもありそうだと国民は見ている。

 

◇籠池理事長は「日本会議」のメンバーと言われる。今回の事件は進行中であるが「右翼」と言われる人々の価値を著しく落としたのではないか。表向きは格好いいことを言っていながら実態は底が浅く、「せこい」のである。

 

 安倍さんが長期政権に入れるのか否かの節目である。やっと世界の舞台で日本の存在感が出て来た時だけに、今のぐらぐらから立ち直って欲しい。「内憂外患」の国難の時。日本の役割は大きいのだ。(読者に感謝)

 

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2017年3月14日 (火)

人生意気に感ず「6年前の県議会の視察。歴史は嘘をつかない。新しい文明の発信を」

 

◇2011年7月14日・15日の私のブログには、大規模地震対策特別委員会の県外調で宮城県を視察した様子が記されている。今、それを読むと忘れかけていた災害の凄さが甦る。人間は忘れることの天才である。そして、災害は忘れた頃にやってくるのだ。

 

 一日目は女川町役場の視察だった。女川町は津波の力が最も強かったところで、町役場も流されていたため、小学校の一画で業務が行われていたのだった。小学校の高台から信じられないような光景が広がると記されている。3階建ての鉄筋コンクリートの建物が基礎から引き抜かれ横倒しになっている。専門家は珍しい例だからといって保存を望んでいるというのだ。

 

 二日目は宮城県多賀城市だった。ここでは市長が歴史に触れた発言をしたのでよく覚えている。それは「歴史は嘘をつかない」と語ったことだ。過去に、大地震があり多賀城でも多くの死者が出たこと、そして今回歴史の教えのように被害が生じたというのだ。そしてブログには次のような記述がある。「多賀城は陸奥の国府・鎮守府として置かれ蝦夷(えぞ)と対決する大和朝廷の北の拠点、最前線だった。有名な多賀城碑は群馬の多胡碑、栃木の那須国造碑とともに日本の三古碑を成す」と。

 

◇宮城県多賀城市の菊地市長は「歴史は嘘をつかない」と言ったので、市長の言葉に突かれて史書を調べると、なるほどと思える事実があった。公式史書「日本三代実録」に貞観地震の記述はあたかも東日本大震災の惨状そのものではないか。「5月6日陸奥国で大地震が起きた。人々は叫び声をあげて身を伏せ立っていることが出来なかった。ある者は家の下敷きになって死に、ある者は地割れに呑み込まれた。雷鳴のような海鳴りが聞こえて潮が湧きあがり川が逆流し津波が長く連なって押し寄せ、たちまち城下に達した。内陸部まで果ても知れないほど水浸しとなり野原も道も大海原となった。千人ほどが溺れ死に後には何も残らなかった」。これからも同じことが繰り返されるのだろうか。復興は進むが。

 

◇「フクシマ」を「ナガサキ」・「ヒロシマ」と共に新しい文明の発信基地とすることが今考えるべき最大の課題ではないか。更に言えば、日本国憲法と共に。原発事故は必ず起こる。スリーマイル島、チェルノブイリとフクシマがそれを雄弁に語る。日本が平和とエネルギーをテーマに新しい文明を発信する時は今しかない。(読者に感謝)

 

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2017年3月13日 (月)

人生意気に感ず「3・11を振り返る。原発事故をもっと深刻に。変化の時」

 

 

 

◇3・11を振り返る報道でいっぱいだ。津波に焦点をあてて千年に一度ということがしきりに言われているが、原発事故が同時に起きたことを考えるなら、千年どころか日本の歴史上初めてのことである。

 

 報道を見ていて東北地方が大きく変わりつつあることを感じる。特に子どもたちの姿を見ると未来に向けた変化の新しい芽が生まれ始めたことを感じる。大きな異変は不幸をもたらすが、同時に大きな変化の契機となる。70年前の敗戦、6年前の東日本大震災、これらを社会を発展させるための変化の契機にしなければならない。

 

◇進歩のための変化を考える時、ダーウィンの次の言葉を思い出す。「地球に生物が誕生して35億年を経た。どういう生物が生き残ったか。変化に順応し自らを変化させた生物だけが生き残った。強いものが生き残るとは限らない。賢いものが生き残るとは限らない。変化するものだけが生き残り成長する」

 

 日本は火山と地震の国である。我が祖先は幾多の大災害に立ち向かい乗り越えてきた。それは変化に対応する歴史であったに違いない。

 

 現代は、過去と違って科学が異常に発達した時代である。科学の力も大自然の威力の前では微々たる存在に過ぎない。ただ、科学の力を変化のための手段として使うことは出来る。人間は科学のしもべであってはならない。

 

◇東日本大震災から教訓を引き出して社会を変えるために科学の力を生かさねばならない。確実に近づいている首都直下型と南海トラフ型の巨大地震は、日本民族が神によって試されているともいえる試練である。来る東京五輪と重なったらとんでもないことになる。南海トラフ型の津波は30mを超えるとも予想される。東日本大震災で津波にのまれた人々の光景が目蓋に焼き付いている。南海トラフ型によって引き起こされる光景はあれを遥かに超えるものであろう。確実に来るのだから備えをしなくてはならない。国と地方の連携が重要だ。「東日本」の具体的な教訓を生かさねばならない。

 

◇先日、書道協会の懇親会の挨拶で、書道文化の重要性と関連させて、スマホなどの利器が人間の頭を悪くさせ、人類を退化させると語った。

 

 これは人間が自ら発明した文明の利器のしもべになり下がる姿に他ならない。人間は科学のしもべになることによって変化する力を失いつつある。(読者に感謝)

 

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2017年3月12日 (日)

『今、みる、地獄の戦場』  第15回

 

 小寺知事の追悼の辞の要点は次のようなものであった。「9200有余の郷土出身兵士が過酷な気候風土のこの異郷の地で、尊い命を祖国に捧げたことを思うと万感胸に迫る。戦後日本は焦土の中から立ち上がり稀に見る発展を遂げた。我が郷土群馬県も、豊かで潤いに満ちた県として着実に発展した。これも祖国の礎となった尊い犠牲のうえに築かれていることを決して忘れてはならない。私たちは、今後も戦没者の意志に応えるため、郷土の繁栄のため全力を傾注し、二度と悲しみの歴史を繰り返さないよう新たな決意で平和の確立に努力することを誓う」

 

 他の三人の追悼の辞も概ねこのような内容であった。

 

 団員全員が献花をし、続いて君が代と海ゆかばが歌われた。海ゆかばみずくかばね、山ゆかば草むすかばね、と歌われる声に遺族のすすり泣く声がまざる。

 

 

 

土日祝日は、中村紀雄著「今見る 地獄の戦場」を連載します。

 

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2017年3月11日 (土)

『今、みる、地獄の戦場』  第14回

 

   追悼式の行われる場所は、ホテルから目と鼻の距離にあった。ニューギニア戦没者の碑は、昭和56年日本政府によって建立され、その管理はウエワク市に委託してあった。コンクリートの石柱に支えられた屋根の下に石碑が置かれている。その碑には、次のような文字が記されていた。 

 

「さきの大戦において、ニューギニア地域及びその周辺海域で戦没した人々をしのび平和への思いをこめてこの碑を建立する」

 

 熱帯の植物に囲まれて静かに佇む慰霊の場所は雑草もなく、よく管理されている。建物に進む通路の西側の池には蓮が水面を覆って広がっていた。

 

 遺族会の人々によって、石碑の前に祭壇がつくられる。米や酒等が供せられ、線香がたかれた。午後三時、太陽は私たちの頭上に下りて来たかと思われる程熱い。額の汗が首筋を伝わって礼服の中に流れ込む。青木団長、小寺知事、副議長の私、針ヶ谷町村会長が、それぞれ追悼の辞を述べた。

 

 

 

土日祝日は、中村紀雄著「今見る 地獄の戦場」を連載します。

 

 

 

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2017年3月10日 (金)

人生意気に感ず「狂気の北朝鮮は戦争の中にある。二人の県議が市長選に。死の川を語る」

 

 

◇国際謀略の鬼気迫る怪と恐ろしさが、連日目の前で展開されている。北朝鮮の暴走が止まらないのだ。金正男(キムジョンナム)が毒殺され、日本領土の最近接地に8発のミサイルが狙いすましたように撃ちこまれた。

 

 アメリカの国連大使は「正恩(ジョンウン)氏は極めて無責任で傲慢だ」、「アメリカは全ての選択肢を検討している」と明言した。北朝鮮の暴走の状況は、世界から増々孤立する中で、無責任な独裁者が見せる破れかぶれの姿に違いない。核を開発させ、それを発射する技術を磨いた狂気の独裁者がボタンに指にかけている。そういう歴史的危機の瞬間に、しかもその危機の当事国の立場に私たちは立たされている。

 

◇今回の国際危機の重大性は、大韓航空機爆破事件以上であると思われる。世界を震撼させたあの事件は、昭和62年(1987)、ビルマ(現ミャンマー)沖上空で起きた。乗客乗務員115人が犠牲になり、自殺に失敗した犯人金賢姫が逮捕され、北朝鮮の犯行であることが白日の下に晒されることになった。

 

 北朝鮮はその4年前の1983年には、ラングーン爆弾事件を起こし17人の韓国高官を死亡させた。このように国を挙げてテロを実行し、その間核とミサイルの技術を磨いて今日に至っている。北朝鮮は、私たちが想像する以上に世界を相手に戦争を行っているのだ。戦争のただ中にいるが故に何でも平然と出来るのだと思う。

 

◇現在、県議会が開催中であるが、注目すべき変化が起きようとしている。二人の県会議員が市長選出馬を表明している。多くの市長が県会議員の中から出ていく。かつての県議会の同僚、安樂岡館林市長が亡くなり、その後継を目指して松本氏と須藤氏が出馬する。県政と市政は深く連動しているから、県政に関わっていると地元の市政の課題がよく分かり、意欲がふくらむのである。松本耕司氏は5期、須藤和臣君は3期。激戦が予想される。須藤君は、私が会長を務める楫取素彦顕彰会の副会長でもある。二人とも政治生命をかけて決断した。

 

◇今日、ロイヤルホテルで恒例とねっている「生と死フォーラム」が行われ、藤田三四郎さんと私がハンセン病について語る。私が求められているのは、上毛新聞連載中の小説「死の川を越えて」についてである。現在24回まで過ぎた。「死の川」は何を意味するのかを話そうと思う。

 

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2017年3月 9日 (木)

人生意気に感ず「6年前を振り返る。原発事故は終わらない。巨大地震と北の核に対して」

 

 ◇間もなく6年になる。史上最大ともいうべき東日本大震災である。私の人生の歴史においても大変な出来事であった。あの3月11日、私はある思いを抱いて小坂子町公民館の広間に立っていた。そこは、一ケ月後に迫った県議選の選挙事務所になる場所であった。ある思いとは、最後の選挙を戦って政界を去り新しい人生を始めるという決意であった。長い県議生活を振り返ると様々なことが去来した。 

 

 その時である。ただならぬ轟音が大地を揺すって響いてきた。異常に長いのである。次第に情報が伝わる中で、社会は一大パニックに陥った。停電となり、ガソリンスタンドには長蛇の列が出来た。現代の文明は電気によって支えられている。電気が切れると社会の構造ががたがたになり、日常生活が成り立たなくなることを思い知らされた。

 

◇信じがたいような大津波の襲来は映画の大スペクタルのようであった。間もなく原発事故が伝えられた。人々の反応は当初、津波と比べそれ程深刻でなかった。原発という超メカに対する理解のなさ、そして放射能という目に見えないものの恐ろしさが分からないことの結果であろう。チェルノブイリに匹敵すると言われてもピンとこない人が多かった。

 

 6年経っても原発事故は解決しない。あの時、原発事故がこのように長引き、このような悲惨な結果を引きずることを誰が予想したろうか。これでもまだ、日本は原発を続けるというのであろうか。

 

◇原発と原爆は同根である。日本は人類で最初に原爆の洗礼を受けた。広島と長崎の悲惨さは日本人でなければ分からない。核保有国は核を最高の兵器として安易に考えている。戦争となれば手段を選ばないことは歴史の教えるところだ。民主主義の国では、それでも核使用に至る迄に様々な制度的チェックがあるが、独裁国にはこれがない。狂気の独裁国北朝鮮は核を日本に向けていることを明らかにした。

 

◇東日本大震災6年目は大きな節目である。近づく更なる巨大地震から日本を守らなければならない。近づくのは自然災害だけではない。戦争の危機である。新しい戦争は核と共にテロという形で襲いかかる。国家ぐるみのテロ集団が北朝鮮である。首都直下、南海トラフの巨大地震にテロが重なる時、どうすべきか。(読者に感謝)

 

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2017年3月 8日 (水)

人生意気に感ず「オスプレイ群馬に。北のミサイル日本に。私は上海訪問団の団長として」

 

 ◇問題のオスプレイが本県榛東村の相馬原演習場にやってくる。日米共同訓練に6機が参加する。米海兵隊のホイル中佐は「日米の連携をより強固にする」と決意を語った。安倍・トランプ会談でトランプ大統領が日本の防衛を強調したことの影響を感じる。大統領は米軍の最高司令官だからだ。折しも韓国周辺海域では、1日から米韓合同訓練が行われ、北朝鮮が異常な対抗意識をむき出しにしている。相馬原のオスプレイも北朝鮮の動き及び米韓の訓練と連動して緊張を高めているように感じられる。 

 

◇北朝鮮のミサイル4発が6日早朝、秋田沖の日本の排他的経済水域に打ち込まれた。開催中の国会予算委員会で慌ただしい動きが見られた。

 

 日本に対する直接の攻撃である。秋田県の漁業者が操業する海域である。異状な隣国は追い詰められた獰猛(どうもう)な獣の本性を発揮し牙をむいて辺り構わず噛み付き始めた。凶暴な独裁者は裸の王様でもあって、忠告する者はいない。他国に刺客を送り化学兵器で肉親を暗殺する男だ。日本にミサイルを打ち込むことくらい、平然とやってのける。今回の暴挙はそれを示した。また、それはいよいよ追い詰められた姿でもある。トランプのアメリカが本格的に動き出した気配である。

 

 核をもち、ミサイルの精度を高めているのだから、日米にとって最も有効な対策は先制攻撃である。米国は「あらゆる選択肢」の検討を始めた。ブッシュがイラクを攻撃した時のような事態が日本海で起きることを想像したくない。それは正に悪夢である。

 

◇上海訪問団の説明会が昨日行われた。第二回の日中青少年書道展が今月26日から上海市で行われる。総勢35名の団員中に出展者とその家族24名が含まれる。第一回の時、中国の少年が、私の地元の芳賀小学校で実際に書を書いた姿が思い出される。今回も上海で同様なことが行われる予定である。

 

 私は団長として次のような挨拶をした。「今年は日中国交正常化45周年ですが、中国との交流は紀元前に遡ります。今回の書道の交流は大変大きな意義があります」

 

 日中の間には尖閣があり、北朝鮮の問題がある。今回参加する少年たちは、書を通して中国の歴史と現代の姿を知る良い機会を持つことだろう。是非成功させたい。(読者に感謝)

 

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2017年3月 7日 (火)

人生意気に感ず「中国全人代の状況は。小説“死の川を越えて”の一場面。石原・小池の表情の差」

 

 ◇中国全人代が5日始まった。北京の人民大会堂には全国の代表約3千人が集まる。この大会が今年特に注目されるのは、中国が様々な問題を抱えることが第一の理由であるが、他にアメリカとの関係があるからだ。世界の二つの覇権国家がどのように対峙するのか、中国の姿はこの全人代で窺える。 

 李克強首相は脱グローバル化と保護主義が広がり世界が不安定になることに不安を示した。これはトランプの保護主義に対する懸念であることは明らかだ。

 

◇米中のそれぞれに対抗する姿勢は防衛予算に現われている。トランプは中国の南シナ海など海洋進出に対抗するべく航空母艦の増強などを目指して大幅な軍事費増強をすでに打ち出した。全人代もこれに対抗して、軍事費増大を事前の報道で明らかにした。実は中国の軍事費増大の方向は我が国の安全保障にも重大に関わる問題である。尖閣諸島への中国の圧力は日ごとに強くなっている。中国はアメリカに対抗して自国の主権を守るためと称して軍備を増強するが、それは日本への脅威の増大を意味する。日本の来年度予算はこのような視点から考えねばならない。

 

◇私の上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」は、今週23回、24回となる。23回では、いよいよ県議会が登場する。ハンセン病が県民の生死と直結し、差別と偏見に関わる問題である以上、県民の代表たる議会がこれを取り上げることは当然である。

 

 物語は、森山抱月という県会議員が湯の沢の集落を訪ねるところから始まる。この人物は森川抱次という実在の県会議員がモデルである。議会で意義ある発言を為すためには実態を知らねばならない。これが湯の沢を訪ねた目的であった、集落を貫いて、死の川と呼ばれる生命の存在を許さない湯川が音を立てて流れている。森山議員を待つ人々の中に美しい女性こずえと、かわいい男の子正太郎がいた。

 

 森山は女を一目見てはっとして「もしやお品さんの」と万場老人にささやく。また、正太郎の頭をなでながら「可愛い坊やがなぜここに」と不思議そうに尋ねる。森山議員はハンセン病の人たちが助け合って逞しく生きる姿に心を打たれる。

 

◇石原慎太郎と小池百合子、両氏の顔を並べて見ると対照的だ。一方は泣きっ面、他方は輝いている。「果し合い」の勝負はついたかのようだ。(読者に感謝)

 

 

 

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2017年3月 6日 (月)

人生意気に感ず「チュックボール全国大会で。学徒壮行会の江橋慎四郎氏。慎太郎の異様な姿」

 

 ◇第23回全日本チュックボール選手権大会がヤマト市民体育館前橋で行われた。私は会長として次のように挨拶した。「江橋前会長からバトンを受け継いで責任を感じています。この平和的なスポーツを皆さんと力を合わせて発展させたいと思います」 

 

 前会長とは、江橋慎四郎東大名誉教授のことである。ご高齢であること及び、私が大学の後輩でもあることから「中村君が後を引き継いでほしい」との先生の御考えになったと思われる。このスポーツは、ハンドボールから派生したと言われ、歴史は浅く余りポピュラーではない。2年程前、台湾の世界会議に出席したが、アジア、アフリカ、南米などの新興国に加盟国が多い。挨拶で「責任」を口にしたのは、全日本大会というには参加チームが少なく、このスポーツ発展のために私の努力が足りないことを痛感したからである。

 

◇江橋慎四郎先生を紹介したい。多くのスポーツ関係の代表を務め活躍された方であるが、日本の近代史の重要な一コマが結びついておられる。それは、昭和18年10月21日のこと。文部省主催の出陣学徒壮行会が開かれた時、東条英機首相の激励に対し、東京帝大の学生として代表して答辞を述べたのが若き江橋慎四郎さんだった。「積年の忍苦の精神研鑽を挙げて・・・生等もとより生還を期せず」と元気の良い声を響かせる先生の姿を記録映画で観たことがある。私がこのことを聞こうとすると先生は語りたがらなかった。多くの学徒が無念の涙をのんで海に空に消えた。批判が強かった学徒出陣に先頭に立って協力せざるを得なかった複雑な思いがあるのだろうと思った。

 

◇先日(3日)、石原慎太郎元都知事が記者会見に臨んだ時の目の色は異様に感じられた。怯えた表情に見えたのだ。強気で鳴る、そして傲岸不遜の評もあるこの男も年のせいか、それとも心に疾(やま)しいものがあるのかと不思議なほどであった。

 

 そういえば「座して死を待つ」の発言は、百条委で不利なことを覚悟した上でのことであったかもしれない。この記者会見は、百条委員会で追及する委員たちにとっては格好の材料を提供したのではなかろうか。

 

 石原元知事は、小池さんの選挙のとき「厚化粧の女」と攻撃し、小池さんは「私は顔に痣(あざ)があるので厚化粧しているとやり返していた。この時は相当悔しかったのだろう。(読者に感謝)

 

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2017年3月 5日 (日)

『今、みる、地獄の戦場』  第13回

 

 

  私の地元・前橋市小坂子町には、今ではこの地域で唯一となったニューギニアの生き残りの元兵士、村田宗三郎さんという方がいる。もう84歳になろうとするこの老人は、私がニューギニアへ慰霊に行ってきたことを話すと、懐かしそうに昔の体験を振り返ったが、その中で、古里に帰りついたとき体重は30キロほどになり、玄関をまたぐのがやっとだったと話した。正に地獄からの生還であった。ウエワクの空港は一段と暑かった。太陽の熱線が肌に突き刺さるようだ。赤道直下の熱帯であることを実感する。最も暑いのは11月頃からというが、その暑さは想像を超えるものであろう。

 

 二台の粗末なバスに分乗し、凸凹道を揺られウエワクのホテルに着く。それは私達が頭に描くホテルではなかた。高いヤシ材などで囲まれた外から見ると砦のような一角である。中にはかつての日本の長屋のような細長い平屋の粗末な建物がいく棟があり、その中はブロックで区切られている。シャワーは、お湯用もあるが湯は出ない。ベッドやトイレもいたって粗末である。しかし、私はこのホテルが気に入った。ドドッと部屋の中まで響くのは波の音である。このホテルは美しい海の波打ち際にあった。静かな海には、白い波に洗われて点在する島が遥か彼方までかすんで見える。かつてウエワクは、ニューギニア北岸における日本軍最大の拠点だったというが、この静かな海にその面影はない。ロビーに続くホテルのレストランは、この海に向けて開かれ、目の前の盛り上がっては砕けて落ちる白い波が私達を歓迎しているようであった。東京の最高級ホテルでも、このような景観を備えることは出来ない。

 

 

 

 

 

土日祝日は、中村紀雄著「今見る 地獄の戦場」を連載します。

 

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2017年3月 4日 (土)

『今、みる、地獄の戦場』  第12回

 

 

 ウエワクは、ニューギニアの北岸にある人口約31,000人の都市である。

 

 ポートモレスビーから約1時間のフライトだ。その間に、ニューギニアを背骨のように縦断する3,000メートルを超える山並みがあった。

 

 しばらくすると眼下に広がる風景が一変する。赤い山肌はなくなって濃い緑が深い海のうねりのように広がっている。それは私が想像していたニューギニアであった。南太平洋の湿気を多く含んだ風がウエワク側に雨を落とし、乾いた風が山を越すのである。ポートモレスビーで赤い山肌の理由がうなづける。

 

 静かに広がる緑のジャングルは、私には不気味に思えた。どれだけ多くの日本兵があのジャングルに呑み込まれたのか。よろよろとさまよう兵士の姿が樹間にちらつくような気がする。ポートモレスビーを攻めるために日本兵は歩いてこの高い山を越えようとした。飢えとマラリアは敵兵よりも日本兵を苦しめたという。人間にとって、飢えほど苦しいものはない。私は、ニューギニアにおける兵士の飢餓の体験を読んだことがある。そこでは、次のようなことが綴られていた。

 

「本当の飢餓の悲しみに涙した人間が、この地球上にどれぐらい存在しているだろう。(中略)自分以外はすべて食べられるものに見えてくるに至って真の飢餓は到来する。自分が殺すか殺されるかー生死の対決を迫ってくるものの飢餓で、色でいえば真っ黒である」

 

 自ら極限の飢えを体験したものだけがこのような表現をなし得るものと考えられる。極限の飢餓に追い込まれた人々は、この体験記にあるように、食べられるものは、何でも食べたに違いない。ミミズや蛭や蛆まで焼いて食べたという記事も読んだことがある。マッカーサー回想記には、何千人という飢えと栄養失調で倒れた日本兵の死体が累々とジャングルの中に横たわっている様が記されている。

 

 

 

土日祝日は、中村紀雄著「今見る 地獄の戦場」を連載します。

 

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2017年3月 3日 (金)

人生意気に感ず「トランプ大統領らしさの一歩か。森友学園と安倍首相。スピーチ大会」

 

 ◇トランプ氏が米国の大統領らしい姿を示した瞬間だった。就任後初の上下両院合同会議施政方針演説。議員が立ち上がって拍手する姿が見られ、主要紙は良い評価を与えた。一方、この議会では異様な光景もあった。民主党女性議員の白い服の姿である。白い服は女性参政権運動の象徴。トランプ氏の女性政策の批判を示すものである。 

 

◇政策で目立ったことは、米軍の再建として大規模な国防費の増額を求めたこと、インフラ整備に1兆ドル(約113兆円)の投資を表明したこと、イスラム国や不法移民に対する断固とした姿勢を示したことなど。

 

 国防費の点については「戦わなければならない時は勝利する」と決意を示した。これを一番注目したのは中国に違いない。オバマ政権の政策が中国の「力による現状変更」、南シナ海の人工島建設を許した。トランプの決意には、中国の勝手は許さないというメッセージが含まれている。

 

◇森友学園問題には呆れる。順風だった安倍政権に痛手を与えている。野党は鬼の首を取らんばかりに色めき立っている。それにしても、首相夫人が学園に名前を使わせたことは軽率だったし、安倍首相の一連の対応も油断を示すものに違いない。

 

 土地購入に関しては国民を到底納得させることが出来ないドロドロした背景があるようだ。自民党議員の中には、学園理事長から金を受け取った人がいると国民は見ている。ことが教育に関することだけに重大である。

 

 園児が口をそろえて教育勅語や国政に関することを唱えている姿は異様で、誰かが北朝鮮のようだと言っていた。理事長は、国士気取りでいたのかもしれないが、伝えられる一連の行動から見れば、まともな教育者ではない。私は四月に自民党の政治塾で教育についての講義を頼まれているが、教育勅語にも触れたいと思っている。

 

◇数百人の留学生の日本語スピーチコンテストは有意義で面白かった。私は実行委員長として関わった。カルチャーショックに戸惑う若者たちの新鮮な姿があった。「電車が時間通りに来ることに驚いた」、「小さな買い物をしても有り難うございましたと礼を言う」、「私の国ではゴミをどこにでも捨てるが日本はゴミに責任をもつ」等々。しかし、日本の美風も崩れていく危険に瀕しているのだ。(読者に感謝)

 

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2017年3月 2日 (木)

人生意気に感ず「私立高卒業式で危機を語る。朝鮮半島の危機。引火性の高い国民」

 

 ◇某私立高の卒業式で挨拶した。「76年の私の人生で二つの大きな節目がありました」と私の人生を引き合いに出した。一つは70年前の敗戦、二つ目が現在だとして、彼らが踏み出す社会がいかに大変かを語った。 

 

 その大変の具体例として、大災害と政治的社会的問題を挙げ、前者として「首都直下、南海トラフの巨大地震が皆さんの時代に必ず来るでしょう」、後者として「民主主義と平和の危機です」と言って、ISのこと北朝鮮などを挙げた。そして、正しい判断をするための知識を積み重ねる努力を続けないと大波に呑み込まれてしまうと訴え、最後はウルマンの詩の一節を提供した。

 

「人は信念と共に若く、疑惑と共に老いる。人は自信と共に若く、恐怖と共に老いる。希望ある限り若く、失望と共に朽ちる」

 

 私は挨拶で原稿は用意しない。ウルマンの詩は若者たちが熱心に聞く姿を見て頭に浮かんだ。「信念と自信と希望を持って、長い人生を切り開いていって下さい」と締めくくった。

 

◇ベイシア文化会館の壇上に立つと感慨が湧く。何度となくここに立った。様々なことが去来する。恩師の元東大総長・林健太郎先生が私の初出馬の時、ここに立って「歴史を生かした良い政治家になれ」と激励された。以来、この言葉が頭を離れたことはない。

 

 この日も、満堂の生徒を見て、歴史の大波に漂ってゆく姿を想像した。オバマが去ってトランプが登場した。グローバル化の中で危険なナショナリズムが至る所で台頭を始めた。私が民主主義と平和の危機を口にしたのはこのことが頭にあったからだ。

 

◇韓国の民主主義はどうなっているのだろう。朝鮮半島は、北も南も収拾し難い状況にあるようだ。韓国最大財閥のトップらが巨額の贈賄容疑で起訴され、朴大統領はそれを受け取った容疑者として立件されたという。韓国の歴代大統領の多くが不正蓄財などで司直の手に落ち失脚している。大統領でも逃がさない点は民主主義が生きている証拠だろう。背景には過激で引火性の高い国民性がある。同じ民族でありながら北では鳴りを潜めているのが不思議。恐怖の権力でねじ伏せられている姿であるが、それも限界があるだろう。核を持ち大量の化学兵器を持つ。化学兵器は国外で実際に使用するに至った。

 

 この点を捉えてアメリカは「テロ支援国家」に再指定する方向だ。北のこの脅威を日本は未だ深刻に受け止めていない。(読者に感謝)

 

 

 

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2017年3月 1日 (水)

人生意気に感ず「呆れた森友学園と軽薄なナショナリズム。共謀罪法案の行方」

 

 ◇園児たちの驚くべき、と言うか呆れた光景が映された。五カ条の御誓文、教育勅語を朗読する姿に、吉田松陰の言葉を朗読する明倫小のことをふと連想したが、教育勅語の一節を言わせるなど適切ではない。呆れたのは「安倍首相頑張ってください」、「安保法制国会通過よかったです」、「日本を悪者と扱う韓国や中国は心を改めて下さい」の下りである。 

 

たまたま他の問題と絡んで取り上げられたが、こんなことをずっとやらせて来たのだろうか。野党議員が国会で「園児たちがかわいそうだ」と指摘した。理事長は日本会議のメンバーだという。安倍首相を応援するつもりかも知れないが、逆に首相の顔に泥を塗るようなものだ。軽薄なナショナリズムが窺える。

 

◇大阪市の学校法人「森友学園」が一連の問題を起こしている。園児たちのことは、学園運営の塚本幼稚園である。学園が建設中の小学校では大量のゴミの「埋め戻し」が問題になっている。

 

 また、小学校建設用地の売買評価額が国会で追及されている。国有地の評価額は9億5600万円で、ゴミの撤去費用の8億2千万円を減額すると国の収入は200万円。ゴミの撤去費用にこんなにかかる筈はないというのが市民の常識である。政治家の不当な介入を疑う声があがっているのは当然だと思う。この問題は、国会でこれからも追求が続くだろう。

 

◇共謀罪法案の全容が明らかになった。平和な国日本を囲む国際環境は日に日に厳しくなっている。テロの恐怖である。法案はテロを未然に防ぐことを目的とする。そのためには共謀などの準備段階で押さえなければならないが、それは人権侵害の危険が大きいということで反対論が強い。

 

 イスラム過激派の「IS」はアメリカを最大の敵とするが同盟国の日本も標的としている。トランプが大統領になって緊張は一層強まった。北朝鮮の恐怖はより深刻である。今回のクアラルンプールの暗殺はテロ国家の恐怖の現実を改めて私たちに突きつけた。間近かに迫る東京五輪を守らねばならない。法案は現場の下見や資金・物品の準備行為が処罰の要件となるため、捜査機関の判断があいまいになり人権侵害が起きるという批判である。しかし、テロを防ぐには通常の刑罰法規では難しい。国会の激しい議論を期待し、しっかり見守りたい。(読者に感謝)

 

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