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2016年8月 1日 (月)

人生意気に感ず「百合子圧勝。闘将木檜三四郎の碑。その孫英子さんに会う」

 

 ◇この文は、土曜日の夜に書いている。興味深く注目してきた都知事選が終わったのだ。長い選挙期間であった。候補者は様々な思いで、選挙終了の瞬間を迎えた筈だ。私は自分の長い選挙の歴史を振り返って、三人の候補者の姿に重ねる。 

 選挙の期間中、時代は激しく動き様々なことが起きた。これらも天下大乱の時の選挙に影響を与えたに違いない。アメリカの大統領選ではクリントンが初の女性大統領候補になった。小池百合子を励ます力強い援軍だろう。鳥越は精彩を欠き腹に力が入っていないように見えた。文春、新潮二つの週刊誌報道がボディブローとして利いたのだろう。増田、小池の戦いで、自民公明の組織票も巨大都市の無党派の数に比べたら巨人と小児の差ではないか。選挙は選挙戦といわれ、戦いである。古来、戦いを制する要素には、地の利、人の和、天の時があると言われてきた。これらは、小池に味方しているように思える。私のこの文がブログに載るのは月曜日である。

 

◇7月31日夜、8時を打つと同時に共にテレビは小池百合子の当確を報じた。予想された結果だった。史上初の女性都知事、小池百合子の満面の笑顔が一際輝いていた。勝者が御礼を感動で語り、敗者がお詫びする。いつもの慣例の光景が続く。都連会長の石原伸晃氏は逃げるように去って行った。

 

 小池の291万余に対し、増田は179万余で、その差は百万以上、圧倒的な勝利である。

 

◇29日金曜日午後、私は吾妻郡原町の顕徳寺へ飛んだ。真言宗の寺で、目的は木檜三四郎の頌徳碑。木檜は吾川と号し、吾川将軍と呼ばれて人々から慕われた反骨の政治家であった。

 

 碑文を時間をかけて注意深く読んだ。「人間、不幸は疾病に如クハナシ。中ンズク、癩患を以テ最ト為ス。親朋厭棄シ、世人顧ミズ。苦恨尤モ甚シ。是レ仁政の怱ニスベカラザル所ナリ・・・」と刻まれ、木檜が草津の栗生楽泉園創立に力を尽くしたことが称えられている。文は終戦の詔勅に筆を加えたと言われる高名な陽明学者の安岡正篤による。

 

 実は今、小説「癩の嵐(仮題)」を書いているが、その中で木檜三四郎を登場させる。小説でも描く、大正8年の群馬県議会は木檜の発言を巡って荒れた。木檜は「知事は政友会の知事として群馬県に来たのか、それとも群馬県知事として来たのか」と迫った。大芝惣吉知事は歴代知事の中で最も露骨に政党色を出した人物。「問題外発言、中止させろ」、「だまれ、私の質問だ。問題外ではない」。議場は騒然となった。私はこの日、原町にある木檜邸を訪ね、90歳の孫、英子さんに会うことが出来た。とても年に見えず、大変美しい方であった。時を超えて、木檜三四郎が目の前に現れたようだった。まだ車を運転されるとのこと。(読者に感謝)

 

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