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2016年8月10日 (水)

人生意気に感ず「天皇の御言葉に思う。日本の象徴とは。柔道の金」

 

 ◇天皇がお言葉を述べる姿を見て、まず浮かんだのは、あの「玉音放送」である。71年前の国民の衝撃は今回の比ではない。当時天皇は神であった。声だけであったが、直に声を聞くことは多くの国民にとって信じ難かったのだ。 

 

 敗戦、そして日本の姿は天皇の地位と共に一変した。昭和20年、ポツダム宣言受諾、翌昭和21年1月1日、天皇は自ら人間であることを宣言した。つまり、「現御神(あきつみかみ)という架空の観念」に立つことを否定し国民と共にあることを宣したのである。これは、この年11月3日公布の新憲法に規定された。第一条の「天皇は日本国民の象徴であり・・この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」である。そして、第4条は、天皇は国政に関する権能を有しないとされた。これは政治的な影響力を持つ発言を認めないことを意味する。天皇が今回の御言葉の中で、「天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら」と、注意深い発言をされているのは、この4条の関係である。又、事前に、天皇の御言葉に反対していたグループの狙いも、この4条との関係を問題にしていたと思われる。天皇の御言葉は、それでも生前退位の強い意向を窺せるものであった。

 

◇82歳の天皇の表情は、白髪を載き、深いしわを刻み、視線は優しかった。4歳で終戦を迎えた私は、国民と共に歩まれた天皇の人生を自分の人生と重ねて人間天皇の言葉をしみじみ味わった。

 

 変転きわまりない時代で先が見えない海を漂っている状況が今日である。その中で象徴天皇の存在は、長い歴史の岩盤から伸びた伝統の絆によって日本国と日本国民を繁ぶ存在である。憲法改正がにわかにクローズアップされてきたが、象徴天皇制は国民主権と共に不変である。天皇の御言葉はタイムリーに憲法を身近なものにすることになった。

 

◇リオで日の丸が躍っている。スポーツは教育の一環であり、その国の文化の様子をあらわす。今回、リオの日本の状況は日本の力の高揚を物語る。柔道少年だった私は、特に、大野将平の金に感動した。つぶれて盛り上がる耳たぶは激しい修練を示す。サムライ日本を天下に発信する姿だ。勝ちにこだわり、セコイ競技になり、本来の日本の柔道から遠ざかる競技に、これが柔道だということを示す「一本」であった。(読者に感謝)

 

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