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2016年8月29日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾で総力戦を語る。歴史は繰り返す。真の勇気とは」

 

 ◇ふるさと塾が終わり充実感を味わうことが出来た。8月の話として、第二次世界大戦、太平洋戦争を取り上げ、それを悲惨な戦闘場面の紹介ではなく、深く掘り下げることが出来た。エピソードを交えたので、皆、真剣に耳を傾けてくれた。 

 

 切り口は、国と国との「総力戦」だったこと。「サメと小魚」という映画があった。日、独、伊は小魚だった。「総力」の中味として、資源、人口、「科学」「政治のかたち」等々を語った。

 

 「科学力」で、ロケットと原爆を取り上げ、これを取り巻く人間像として、フォン・ブラウン、アインシュタイン、オッペンハイマ―などのエピソードを登場させた。

 

 「政治のかたち」と関連するが、大戦は民主主義と独裁政治の争いだった。独裁者としての東条、ヒトラー、ムッソリーニ。なぜ三国同盟を結んだか。当初のドイツの圧倒的優勢の中で、ドイツと手を結ぶべしという世論が高まっていた。当時の朝日すらそうだった。そこで、松岡洋右が登場し、三国同盟は成り、日本は大きくカーブを切り地獄へ突き進む。しかし、心ある人は三国同盟に反対だった。それが抑えられ政治を批判出来ないのが独裁という政治のかたちだと語った。ドイツ勝利という熱が高まる中で、最終的にイギリス側が勝つと予測したのは92歳の再園寺公望であった。昭和15年は世界史の一つの転換点であった。この年三国同盟が結ばれ、翌年、太平洋戦争に突入した。私は、昭和15年生まれ。歴史を噛み締める程に私は戦中派であり戦争体験者であり、戦争を語る義務を感じる。

 

 あの戦争が遠ざかっていく。再びきな臭い今日、平和を語るとはどういうことか。真実を知らねば真の勇気は生じない。戦争を恐れるだけでは戦争を避けることは出来ない。軽薄な平和主義者にどのような覚悟があるのか。

 

◇科学の力と政治のかたちの所で、北朝鮮も語った。民主主義の下であれば、核の使用には嵐の議論が起こる。北の実情を見れば、非情な独裁者に異を唱える勇者はいない。独裁者の気分で、日本の頭上に核弾頭が降る恐れは高まっている。かつての日本、軍部の独走は同じように、シビリアンコントロール欠如の姿であった。昭和21年1月1日、天皇は人間宣言を行った。明治憲法の「神聖にして侵すべからず」の否定で、民主主義のスタートだった。憲法は「押し付け」で片づけられる問題ではない。(読者に感謝)

 

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