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2016年8月 8日 (月)

人生意気に感ず「リオ五輪と人類の歴史。日本の原爆投下秘話。京都は危なかった」

 

 ◇6日、南米初のリオ五輪が開幕。広島では原爆慰霊式典が行われた。壮大な歴史のドラマを見る思いだ。コロンブスが新大陸発見からわずか524年。南米大陸がかくも発展したことに驚く。開会式では原住民インディオが登場した。一万数千年前、私たちの祖先モンゴロイドと呼ばれる人々がベーリング海峡を越え、アメリカ大陸に渡り、氷のない回廊と呼ばれる地帯を通り南下した。およそ千年で、南米大陸の南まで達したという。インディオたちの祖先である。南米初の五輪は、地球は一つという思いを抱かせる。テロの嵐が吹き荒れる現在、無事に終わることを祈る。 

 

◇開幕の同じ日、71年前のこの日。日本は原爆の投下を受けた。夜のNHKは、投下をめぐる大統領と軍の激しい攻防を伝えていた。軍の中でもグローブスとスチムソンの対立があった。マンハッタン計画を進めてきたグローブスは、原爆の効果を最大限発揮できるために人工密集の大都市を強く主張。具体的には京都だった。スチムソンはこれに強く反対。歴史のまち京に落とせば、民族の恨みをかい、日本を長くアメリカの敵にしてしまうと。スチムソンは二度、京都を訪れ、日本の文化と歴史に理解を示す人だった。大統領トルーマンは、スチムソンに賛成だった。女や子どもを犠牲にしない、軍事施設に限るという考えだった。トルーマンは、しかしこのことを強く軍に命ずることが出来なかった。そのために事態は進む。京都は避けられたが、広島がターゲットに決定する。広島は軍事拠点ということで、大統領は黙認した。その直後に長崎にも。これらの惨状を知ったとき、トルーマンは全閣僚を集め、これ以上の投下を中止させた。グローブスは3発目の計画を中止せざるを得なかったという。3発目は、小倉、あるいは新潟だったかも知れないのだ。

 

◇広島・長崎の惨状は今更ながら言語に絶する。日本には、勝てば官軍という言葉がある。米国は官軍であった。広島と長崎の凄まじさを見れば、ヒトラーのユダヤ人虐殺の比ではない。現在の定説は原爆によって戦争を終結させることが出来、50万人の命を救えたというものである。しかし、原爆がなくとも、日本の降伏はもはや明らかであった。歴史とは「過去と現在の対話」。発掘された新たな事実をもって過去に語りかけると、過去は答える。NHKの報道はこのことを物語っていた。(読者に感謝)

 

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