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2016年7月17日 (日)

小説「楫取素彦物語」第143回

 楫取の言葉には珍しく感動と喜びが現れていた。楫取の行動ははやかった。ここぞという時に断固として動くのは、長州時代に培われた習性であった。

 楫取は県庁の学課員木戸麟を呼んだ。道徳教育の必要性とそのための教科書を作る決意を話した。木戸は土佐の豪商の家に生まれ大阪に出て学問を修め、その後軍医となって陸軍病院を経て熊本鎮台に勤務した人である。

 楫取は道徳教科書を早急に作ること、その内容につきてきぱきと指示した。

「よいか、きみが中心となって委員会を作れ。委員には小野島行薫を加えよ。議会からは湯浅次郎氏、星野長太郎氏、宮崎有敬氏等三名程に委嘱するがよい。教師も一名加えよ。中味については大筋のことを申しておくから君の腹において会議を進めればよい。それは中国、日本などの東洋と西洋の話をおよそ半々にするのがよかろう。徳目は、孝行、正直、博愛、信義などを中心に取り上げる。これらについて熱き心で生きた人々の話とせよ」

 木戸は楫取県令の並々ならぬ決意を感じた。課内の優れた若者を二、三名選び、資料を集めさせ県令が挙げた徳目に当てはる人物と例話を委員に配布した。

 木戸は会議の流れに配慮してこれを方向うずけ、他の修身教科書にない特色を打ち出した。

 それは、道徳といえば儒教とがちな弊に陥ることなく、現実の生活と結びついて考えられる例話を並べた。木戸も幕末の混乱を熱く生きた男であったから楫取の情熱と志をしっかりと受け止めることが出来た。彼は自ら筆をとり部下を督励して全力を尽くした。本の顕名は、委員の提案で「終身説約」

ときまった。子どもたちが興味をもって読めるようにという意見から挿絵をつかうことになり。河鍋暁斎に頼むことになった。

 かくして明治十年十月に編纂に着手し、翌十一年の夏ごろにはかなりの進渉を示した。

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

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