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2016年7月 9日 (土)

小説「楫取素彦物語」第140回

 伊香保の町が健全な繁栄を取り戻し、浄化達成の祝賀の式を行うことになった。宴たけなわの時、主賓の楫取の前に一人の女性が手を突いた。美しい表情には憂いの影があった。酌に来たのかと思っていると、女はいかにも恐縮した様子で何かを言い出しかねている。

「大変、盛り上がっていますね。伊香保の町もすっかり甦って目出たいことです」

「私は閣下に謝らなければならないのです」

「ほほう、何か悪いことをされましたか」

「・・・」

 女は黙って楫取の顔を見ている。楫取の表情には誠実さと温和さがにじんでいた。それを確かめ女は重い口を開いた。

「昔、私は閣下に大変御無礼を働きました

「何のことであろうか。申してください」

「昔、閣下は、ベルツ博士とこの街を歩いておられました」

「おう、あのときのことか

「二階から汚水を投げた女がおりました」

「は、は、は、ありましたぞそのような事が」

「その女は、私でございます。本当に悪うございました」

 女は楫取の前に両手をつき頭を畳にすりつける程に下げた。

「何とあの時の女性はあなたでしたか。どうか手をお上げ下さい。謝ることは何もありません。今はもう懐かしい思い出になっています。あの時、天から降った水も、今日の伊香保の繁栄のもとになっております。ベルツ氏と、そのように話したことがあった」

「そのお言葉、本当にありがとうございます。ずっと悩んでおりました。いまは、堅気仕事についておりますがそのお言葉を聞いてやっと、お天道様を見られる心地がいたします

「あなたのその言葉、今日のどの祝辞よりこの楫取の胸を打ちました。あなたに厚く礼を申しますぞ」

 女は細い肩を震わせて泣いていた。

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

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