« 小説「楫取素彦物語」第143回 | トップページ | 人生意気に感ず「脳梗塞で倒れた二人の芸術家。右手が駄目なら左手でと。がん死の時代」 »

2016年7月18日 (月)

小説「楫取素彦物語」第144回

 夏のある日、楫取県令は木戸を呼んで告げた。

「九月に明治天皇が来県される。私はそのとき、この修身説約の大体の姿を御覧に入れる考えである。そのことを念頭においてよい草稿に仕上げて欲し。恥ずかしくないものを作ってくれ。恐れ多いことだが天皇が草稿を御覧になられたという効果は計り知れない程大きいだろう。子どもたちもそれをこの本の価値のひとつとして受け止めるだろう。日本人の心を守るための教科書を天皇も認めてくれるに違いない

 木戸はえらいことになったと思った。

行薫はこれを聞いて言った。

「県令にとって最大の事業となろう。おそらく県令は、松陰先生の悲願を果たす時と考えておられるに違いない」

 明治天皇は、北陸、東海地方巡幸の折り群馬県に立ち寄られ、明治十一年九月二日、群馬県庁と群馬師範学校を訪ねられた。修身説約は群馬師範学校でご覧に入れることになった。

 師範学校の一室、純白の衣が敷かれたに修身節約草稿十冊が並べられている。

その傍らに楫取は直立不動で立つ。

 天皇が近づき下問された。

「そなたが、吉田松陰の義弟であるか。県令が自ら意を注いだ道徳教科書と聞いたぞ」

「恐れ入ります。文明開化の行き過ぎを防ぎつつ子どもたちの豊かな心を育むことが出来ればと工夫いたしました」

 楫取が答えると、天皇は頷かれ、一冊を手にとってページをめくって見入っている。

「孝行、正義、愛などの徳目を人物の物語で伝えます」

「絵もよい。子どもたちに夢を与えることであろう。良い成果を期待します」

ありがたいお言葉、恐れ入ります」

 天皇は去り、楫取は感激にひたった。

楫取が自ら序文を書いたこの教科書は全国的に多くの学校で使われた。教育者楫取の面目躍如たるものがあった。

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

|

« 小説「楫取素彦物語」第143回 | トップページ | 人生意気に感ず「脳梗塞で倒れた二人の芸術家。右手が駄目なら左手でと。がん死の時代」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「楫取素彦物語」第144回:

« 小説「楫取素彦物語」第143回 | トップページ | 人生意気に感ず「脳梗塞で倒れた二人の芸術家。右手が駄目なら左手でと。がん死の時代」 »