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2016年6月12日 (日)

小説「楫取素彦物語」第134回

美和子は、姉が何を言おうとしているかを知って驚愕した。

(そのようなこと、有り得ないこと、お姉さま、美和はそれだけは承知できないわ)

美和子は姉の顔を見ながら心でつぶやいた。

 寿は、それから昏睡状態に入り、遂に目を醒ますことはなかった。

 青山墓地の墓誌には楫取の切々とした思いが刻まれている。

「君の兄吉田義卿、罪を幕府に得て杉氏に幽せらる。日々親戚の子弟を集め尊攘の義を講ず。君側に在りよくその説を聞く。甲子の変で余、獄に下る。姻戚禍を畏れて敢えて君を存問するなし。然れども独立して余の為す所を信ず。群馬に遷る。君体質薄弱にして久しく胸膜を病む。医曰く。これ、若年苦神のいたす所なりと。蓐にあること五年、本年1月三十日没す。享年四十三歳。法諡を心月という」

 蓐(じよく)は、病床、法諡(ほうし)は戒名のことである。

楫取は最後に記す。

「あなたは、もう二度と立ち上がることができないとわかった時子どもの嫁を集めて後のことを指図した。亡くなる前の日、体や髪をきれいに洗い、きれいな衣服に改めた。病が非常に重くなっても言葉ははっきりしていた。平常と少しも変わりはない。そして、きちんすわったまま亡くなった。ああ、非常に悲しいことである」

 楫取は妻の壮絶な最期と自らの心を石に刻んだのだ。

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

 

 

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