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2016年6月 5日 (日)

小説「楫取素彦物語」第132回

 明治十三年の議会

 

     ― 寿の死 ―

 

明治十三年の議会に、議員として湯浅治郎が登場した。かつて楫取を訪れ、新島襄を語った男である。県会で、県令と議員として再会するとは奇遇であった。

「湯浅さん、あなたが議員として議会に登壇するとは驚きです」

「本当ですね。私の後ろには新島襄、県令の背後には吉田松陰、これはただ事ではありませんよ。目に見えない大きな力が働いているように見えますね。私はそのつもりで頑張ります」

 二人は固く手を握りあった。

 明治十三年、十二月三日、議会に大きな動きがあった。湯浅治郎、眞下珂十郎等が中心になって、娼妓廃絶の「請願書」を県令楫取に提出したのである。この人たちは、娼妓の害を真剣に訴えた。格調高い漢文調の文で、彼らの志と情熱が伝わってくる。

 その訴える弊害は次の通りである。

一、倫理をやぶり風俗を乱す。

一、資産を失わせ生業を台無しにする。

一、少年子弟の前途を誤らせる。

一、父子夫婦の離散を招く。

一、その他盗賊の動機を生じさせ博打の原因となる。

 明治十三年はかくして暮れた。明けて明治十四年正月、楫取の身にまさかの一大事が生じた。

 正月三十日、長く病んでいた妻寿が世を去ったのだ。四十三歳であった。楫取にとって妻は松陰の分身のような存在だった。動乱の幕末を支え合って生きてきたのだ。楫取の衝撃と悲しみは大きかった。

死に直面した時の寿の行為には彼女の人生に取り組む覚悟の程がよくあらわれている。寿は十四年の正月、東京の屋敷で病床にあったが、死期が近いことを知った。夫は、群馬にあって、新年の行事に多忙であった。いよいよ危篤状態に至った時、子どもたちは群馬の父親に知らせようとした。

「なりませぬ」

寿は苦しげな細い声で言った。

 

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

 

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