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2016年6月11日 (土)

小説「楫取素彦物語」第133回

篤太郎は母の顔に乗り出すようにして言った。

「母上、特別の場合です、父上の気持ちを考えれば、至急連絡すべきものと思います。どうかお許し下さい」

「なりませぬ。いかに苦しくとも、私の病は私事、父上様は、大切な公務です」

寿のか細い声には抗し難いものが込められていた。

母の性格を知っている子どもたちは従わざるを得なかった。

実は、美和子は姉が病に伏して以来、看病に当たり、家の事、楫取の身の回りの事などを手伝っていた。寿の病が重くなったとき、その状態がよく分かるだけに、心を痛めていた。病状がさらに悪化したことを群馬に知らせるか否かを巡る親子の会話をはらはらして見ていた。

そのような時、寿が身体を起こし意を決したように言った。

「美和子さんと話したいことがあります。お前たちは少し遠慮して下さい」

姉と妹、二人だけの部屋に、冬の陽が淡い光を投げていた。

「美和さん、大変ご苦労かけましたね」

「何を言うのですか、お姉さん、私には何も出来なくて」

「私はもう長くありません。振り返るといろいろありましたね」

「本当です。しかし、お姉さん、気を強くもって、頑張って」

それには答えず寿は続けた、

「兄の死、玄瑞殿の死、野山獄のこと、皆夢のようです。そこで、美和さん、折り入って、あなたにお願いがあります」

「何でしょうか改まって、お姉さま」

「・・・・・・・」

寿は何か言おうとしてためらっている様に見えたが、やがて口を開いた。

「私のいないあとの夫が心配です。美和さん、楫取を支えてやっていただけませんか」

「お姉さま、それはどういうことでしょうか」

「楫取は今、女性解放という大変なことに取り組んでいます。妻として支える人が必要なのです」

 寿の声が弱くなり、眠りに陥ったようだ。

 

※土日祝日は、中村紀雄著【小説・楫取素彦】を連載しています。

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