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2016年5月31日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾は熱かった。アメリカの独立宣言。オバマの広島訪問の意義」

 

◇先週土曜日のふるさと塾は盛会で、オーケストラのメンバーの心が指揮者に集中したようだった。主題は暗転のターニングポイント「ミッドウェイの大敗」であるが、「オバマの広島訪問と民主主義」にもかなり時間を割いた。

 

 私はホワイトボード一杯に太平洋の絵を描いた。右隅にアメリカの西海岸、左側に中国の東岸、下方にはオーストラリアの上部、そして画面の上方には日本列島が小さく描かれた。赤道と日付変更線を赤でクロスさせる。ハワイとミッドウェイは、この変更線右上方に、ニューギニア、ガダルカナルは赤道線の下方、そして日付変更線の左に。オーストラリアはニューギニアとガダルカナル島の真下にある。ニューギニアとテニアン、グアムを結ぶ線を北に伸ばすと日本列島に至る。

 

「こんな広い海で戦うには奇襲しかなかったのです。真珠湾の復讐として東京初空襲が約4か月後の昭和17年4月に行われ、虚を突かれた山本長官はミッドウェイ戦の決意を固めました。大敗の主因は情報がほとんど解析されていたこと。奇襲のつもりが敵は準備して待ち構えていたのです」私はこんなことを語った。

 

◇オバマのところで、米の原爆計画に触れた。アインシュタインの文書を機に米国は秘かに総力を挙げて着手した。

 

「昭和20年7月16日に実験成功。驚くべきことは、この月26日には、テニアン島に爆弾が運び込まれ、この日にポツダム宣言が発表されたことです。8月6日の広島投下まであとわずかでした」私はこう語りながら、米の原爆使用の目的などを説明した。

 

◇「オバマと民主主義」ではアメリカの独立宣言を語った。神の下ですべて人間は平等で、譲り移すことが出来ない自由と権利、幸福追求の権利をもち、政府の役割はこれを守ることにある。「民主主義は美しい理想であり現実との間に大きな開きがあります。独立宣言は、この開きを埋めるという約束手形でした。黒人大統領オバマの実現は民主主義の到達点であり、一つの手形の決済でした」と私は語った。肌の色は長い間差別の原因で今でも続く。広島を訪れたオバマの胸には、アメリカの民主主義の歴史と現実があった筈。彼は、広島訪問によって歴史に残る大統領になった。民主主義の歴史を知らずして、オバマの訪問の意義を理解することは出来ない。次回は沖縄戦だ。(読者に感謝)

 

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2016年5月30日 (月)

人生意気に感ず「消費税延期。オバマと広島。支持率上昇と解散。原爆少女と鶴」

 

◇消費税10%への引き上げが延期になった。福祉政策に膨大な金がかかることから、引き上げは必要に違いないが、現在の景気の状況からすれば延期は止むを得ないと思う。私の心にもほっとする部分がある。それは、最近スーパーによく出入りし、食料品などの買い物をする機会が多くなったことと関係する。

 

 県会議員をやめてから、妻との約束で週に1・2度食事を作ることになったのだ。豆腐や肉などを買って、キッチンでトントンやるのは結構楽しい。これは昔、菓子の製造でもちつきや煎餅焼きをやっていたことと無関係ではない。「主夫ですね」と妻が笑っている。

 

◇サミットが終わり、オバマが去った。空前の警備は前代未聞。オバマの広島訪問は、原爆投下が全人類の運命に関わる出来事であることから、全人類的な出来事となった。

 

 オバマ大統領の演説は格調の高いものであった。北朝鮮と中国は複雑な心境だったのではないか。原爆投下への「謝罪」につき、日本は求めず、大統領もしなかった。しかし、演説には謝罪の思いがにじみ出ていた。両国は「謝罪」を乗り越えて信頼を厚くし、同盟を強化した。オバマは広島訪問と、そこで示した行動により、歴史に残る大統領になった。後に続く者が例えトランプであるにしても、オバマの業績を踏まえねばならない。オバマの姿は、アメリカの民主主義を象徴する。次の大統領が馬鹿なことをやれば、衆愚政治の実現であり、中国や北朝鮮を喜ばすだろう。

 

◇世論調査によれば、内閣の支持率は前回より7ポイントも上昇し、55.3%となった。この結果は、オバマ効果でもある。大統領の広島訪問については、98%が「よかった」と評価している。この結果を見て気になることは解散の有無である。消費税増税延期は、国民の審判を仰ぐ理由になり、支持率上昇は何よりも重要な勝てる根拠だ。私は解散ありと思う。

 

◇大統領は鶴を自ら折って招待された小学生と中学生に渡したという。この鶴は特別な意味がある。鶴を折りながら12歳で亡くなった被爆少女佐々木禎子に因んだ鶴だからである。

 

 私は県議の時、委員会の視察でバルセロナのサダコ学園を訪ねた。地の果ての学校で、禎子の名をつけ教育の指針にしていることに驚いたのである。(読者に感謝)

 

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2016年5月29日 (日)

小説「楫取素彦物語」第130回

 二条窪からの手紙

 

 

 楫取夫妻が前橋に居を定めて以来、楫取をわずらわす事はつぎつぎに押し寄せてきた。県庁を強引に前橋に引っ張ったことへの高崎の反発もあったし、慣れない民情の地で新しい事業を進めることには県民の抵抗や反発、無理解もあった。

 楫取は公務のこともなるべく妻に話した。一途な性格の寿はどうすれば夫を支えられるか真剣に悩んでいた。

 そんなある日、二条窪から一通の手紙が届いた。差出人は、三太、五平、おゆり、おかよの連名である。

「まあ、あの子たち」

 寿の胸に懐かしい一人一人の顔が浮かんだ。あれから十年以上が過ぎた。寿は胸をときめかして封を切った。清助が代表して書く形をとっている。候文などではない話し言葉が綴られているのだ。

「お元気ですか。楫取様は群馬県の県令になられたと聞いています。群馬とはどんな所ですか。奥様が始めた法話、今でも続けています。地域の人の気持ちのつながりが強くなってそれが共通の財産になっています。私たち、学問はないけど、法話が基礎になって心が豊かに育っていく感じがします。法話の仲間が中心になって地域のまとまりが出来ています。新しい時代の波が寄せて動揺する人もいますが法話の人々はびくともしません。いつかお会い出来る日を楽しみにしています。

 なお、おゆりとおかよが村の男の嫁になりました。幸せな家庭をつくっています。次はおゆりとおかよの文です。

 奥様、ゆりでございます。優しい主人で幸せです。女の子を育てています。人生に不安はございません。御教のお陰です。

 奥様、かよです。嫁の仕事は辛いこともありますが生きる喜びが感じられる日々です。奥様、お会いしたいですね」

 寿は繰り返し読み手紙の上に涙を落とし、手紙を抱きしめた。そして、はっと思うことがあった。

「そうだ、この地であの法話の輪をつくろう」

 この群馬の地は仏法不毛に近い。民情が荒いと言われるのも、ひとつにはそれが原因ではないか。特に真宗の拠点が少ない。二条窪でやったようにこの地で真宗を広めることが私の使命だ。それによって夫の仕事を助けることも出来る。寿は今、強くこう思った。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2016年5月28日 (土)

小説「楫取素彦物語」第129回

 第一回の県会は五月二日に開かれたが楫取は姿を現さず次のような告示を示した。

「広く民衆の考えを反映させることを目的とする県会の開設であり、議員の責任は実に重い。質疑のいかんにより無限の福祉の実現になり、あるいは全てが小さく滞ってしまう。今回は今後の模範となるべき第一回の議会なのでより一層の正当で練実な議論を尽くすことを望む」

 よちよちながら第一回の県会がスタートした。選挙の原理も議会の権限も今日のそれと全く異なっていた。役人の態度も不遜、横柄、高飛車であった。議員の発言の言葉尻を捉えて

「よく考えてものを言え」

と発言した役人があった。明治時代役人は天皇の臣であった。

 しかし議会も負けてばかりいない。議員は新しい時代の役割を担うのだという気概を持ち議場には清新な緊張感が流れていた。

 星野長太郎と役人との次のやりとりにそれが現れている。役人は、議長、議員等のテーブル掛け購入に関し提案した。

「もっと立派なものを購入したい」

 これに対して星野は胸を張って発言した。

「議会は人民の代表として予算を審議するところである。寄せや見世物ではない。何も外見を飾るには及ばない」

 この格調の高い正論の基礎に議会がやがて廃娼論を展開する力が潜んでいた。

 この第一回議会で早くも、娼妓貸座敷をめぐり、

「娼妓は醜業なり、他の人民と同一視すべきでない」

等々の議論が顔を出した。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月26日 (木)

人生意気に感ず「アイドルを襲ったファン。ロボットと人間の競争。小泉元首相の行動力。オバマ」

 

 ◇アイドルがファンに刺され重体。刺した男は、かつて五輪選手を夢見た柔道少年だった。岩崎容疑者は、京都から新幹線で上京し、最寄駅で2~3時間待ち伏せしたと言われる。咄嗟の犯行ではない、人間が変わってしまったのであろうか。理解し難い。人間の中には、本来、悪魔的なものが潜む。多くの若者に於いて、心の深層にあるものを押さえる力が弱くなっているのは現代病の一種かも知れない。群馬県伊勢崎市の出身だという。アイドル冨田真由さんの快復を祈りたい。結果如何が犯人の罪責に影響する。 

◇日本アカデミーの朝礼に出た。ここでは先端技術に関する教育の実施と礼節など道徳も教える。この学校の目的と関連する平成28年版科学技術白書のポイントを話した。中心は人口知能である。人口知能を搭載したロボットによって人間が仕事を奪われる時代が目前にある。

 

 単純労働だけでなく知的労働までロボットに取って替わられる。鉄腕アトムと共に少年時代を過ごした私も、ロボットの時代がここまで発展するとは想像もしなかった。このような少年時代の思い出に触れながら、私が訴えたいことは、ロボットには出来ない人間の特性、それは心であること。だからこの学校で、礼節と道徳を教えることには、ハイテクが進めば進む程意義があるということを話した。しかし、私の熱意が若い職員にどこまで伝わったか疑問に感じた。

 

◇小泉元首相の勇気を行動力に心を打たれた。福島第一原発で被爆した兵士を5月18日に見舞ったのだ。空母ドナルドレーガンの兵士たちは原発事故救援活動「トモダチ作戦」に参加。帰国後、放射能が原因とみられる体調不良に。兵士たちは米国からも日本からも無視されたと思っている。元首相は、敬意と感謝の気持ちを伝えたくて渡米した。兵士たちは、誰も日本を恨まず、元首相に「任務を果たしただけ、日本が好きです」と語ったという。元首相は涙を流した。小泉さんの行動はサムライ日本の心意気を示すものだ。従って、礼節を忘れた日本人が学ぶべきものだ。そして、原発の恐ろしさを語る。屈強の兵士は「体はボロボロ」と訴えたという。

 

◇オバマ大統領がいよいよ広島を訪れる。トランプ現象がオバマの決断を際立たせることになった。何を語り、衝撃波がどのように世界に伝わるか注目したい。私たちは、原爆と原発は同根であることも改めて認識すべきだ。(読者に感謝)

 

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2016年5月25日 (水)

人生意気に感ず「教員の政治活動と政治教育。新有権者。舛添追求と都議会」

 

 ◇学校現場で政治的な波風が強くなっている。昔の闘う教員組合を思い出す。苫小牧西高校で、教員が校門前で安保関連法反対のビラを配り署名を求めた。今年4月には、千葉県の小1のクラスで安保関連法廃止の署名を求めるビラが配られた。 

 文科省は、昨年10月の通知で、職員による特定の政党支持や活動の禁止を強く求めている。教育基本法は、学校に政治的中立性を求めている。18歳選挙戦がスタートする時だけに教員の政治的中立性は、増々重要な課題となっている。

 

 教員と生徒の間は、一種の権力関係であるから生徒への影響は大きい。18歳選挙権実現のために、生徒の学校現場で政治を教える必要性は大きい。中立性確保との両立が求められているのだ。教員の見識と質の問題である。これまで、学校現場は公民教育に熱を入れなかった。政治的に意見が対立する問題こそ、客観的に考える材料を提供すべきなのだ。例えば、憲法や原発の問題、そして安保関連法案などだ。

 

◇選挙管理委員会の役割がにわかに大きくなった。新有権者への啓発が重要である。前橋、太田両市では高校への出前講座が開かれている、沼田市は6月に入ったら高校前で選挙のルールが書かれたチラシを配るという。そして前橋市は「元気21」に期日前投票所を設ける。元気21には医療福祉大がある。ここの学生ばかりでなく新有権者がここで投票することが期待される。

 

◇舛添知事が記者会見で「第三者の調査に任せる」と何回も繰り返す姿は哀れである。大量の絵画購入など次々に疑惑が明らかになっている。権力を握ると人間は変わってしまうのか、それにしても信じられない。ここに至る間、都はチェック出来なかったのか。地方議会の無能ぶり、形骸化が指摘されているが都議会は何をしていたのか。議会と知事は車の両輪と言われる、共に有権者に選ばれる存在なのに力が違い過ぎ、議会は知事を追認するだけと批判され、その無用論まで出ている。チェック機能は、身近で行使しやすい議会の権能である。間もなく始まる都議会には、日本中ばかりか世界の目が集まる。ここできちんと追求できなければ舛添知事は逃げ切るかも知れない。都議会の真価が問われる。それは全国の地方議会が問われることでもある。(読者に感謝)

 

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2016年5月24日 (火)

人生意気に感ず「舛添知事のあがき。日本のポンペイ。51度の焦熱地獄」

 

 ◇舛添知事が追い詰められている。専門家の第三者に調査させると繰り返すばかり。誰の目にも姑息な逃げと見える。東大助教授だった政治学者の経歴があるだけに「第三者の公正な目で厳しく見てもらう」という発言が巧緻な知的手品の展開と見えてしまう。 

 次々に暴露される公私混同の事実、政治資金規正法違反の疑惑を前にすると、国会議員の元妻が言った「小さい、セコイ、哀しい」が実態を雄弁に語っているように思える。最も近くで、真の姿を文字通り肌で知った人の言葉は正鵠を射ているのかもしれない。ここまで来ると辞任は避けられないだろう。

 

◇先日、久しぶりに、日本のポンペイと言われる鎌原観音を訪ねた。「天明の生死を分けた十五段」は有名な言葉。埋没地点の碑があり、その上を数えたら実際15段あった。薪が燻る囲炉裏を囲んで、3人の老女から貴重な話しを聞くことが出来た。安済さんは93歳、二人の山崎さんは、89歳と79歳。皆さんしっかりしていて、顔の艶もいい。耳も衰えていないらしく囲炉裏を隔てた私の声を正確に受け止めていた。

 

 和讃には、「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」とある。生き残った人を長老が組み合わせて夫婦を作ったのだ。「わしたちはその子孫です」と山崎さんは語る。「組み合わせに平は出なかったのですか」、「性格も知っているから、合う人を組ませたの」。こんな会話をした。極限の非常時だった。このようにして、村を再生させた例は世界広しといえどない。ポンペイは滅びて灰に埋もれたが鎌原では力強い人間の営みが大災害を克服した。この遺跡こそ、世界遺産に値するものと思う。

 

◇天明の大噴火は5月9日に始まり、8月3日から激しさを増し、8月5日にクライマックスを迎えた。熊本大地震は発生から一ケ月。大自然の一呼吸は長い。浅間の静けさは不気味だ。眠りから目を醒ます時が近づいているのだろうか。観音堂を囲む山々は静かだった。

 

◇51度とは、正に焦熱地獄ではないか。インドのある地域は、過去最高の暑さで、数百人の死者が出たという。地球温暖化の先端の姿であろうか。インドの暑さは名高く、鳥が落ちると言われた。この熱で海水が沸き立ち、超強大な台風が発生し、異常な降雨をもたらす。異常気象の夏が近づく。天変地異の時代なのだ。(読者に感謝)

 

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2016年5月23日 (月)

人生意気に感ず「またも沖縄の悲劇。原爆投下はアメリカの犯罪。オバマ訪問の世界史的意味

  

◇「この手で殺したい」。母親の言葉である。20歳の沖縄の女性が殺され、遺棄された。容疑者は元海兵隊員の32歳の黒人。「2~3時間車で走り乱暴する目的で相手を殺した」、死体遺棄の目的でスーツケースを用意していた等、事実が次々に明らかになっている。沖縄米兵の最高責任者ニコルソン中将が謝罪し、沖縄知事は激しく抗議した。葬儀には多くの市民と共に中谷防衛相も参加した。

 

◇若い女性が性的事件に巻き込まれ殺される事件は珍しくないが、今回の事件では、特別に激しい怒りの渦が起き、日米間の問題となった。言うまでもなく、基地の街で起きたからだ。この種の事件が繰り返されてきた。その度に反基地運動に引火する。

 

 沖縄戦の犠牲の地に、基地を押し付けられるとは、沖縄県民への犠牲が大きすぎる。沖縄戦はまだ続いている。こういう思いが県民には強いのだ。

 

 容疑者が黒人であることも悲しい現実である。新聞は肌の色のことは書かないが、「黒」であることが憎悪の感情を増幅させている。人種の偏見は永遠の課題である。黒人への偏見は民主主義の本家であるアメリカに於いて依然として根強い。今回の事件は、黒人の軍属によって起こされ、戦後70年経たにも拘わらず、地獄の戦場沖縄戦を想起させた。日米同盟に与える影響も大きい。これを乗り越えなければならない。

 

◇サミットが近づき、黒人大統領オバマの広島訪問が秒読みとなった。日本は人類初の核の犠牲国である。広島、長崎の惨状は言語に絶するものであり、正に地獄であった。過去に私たちの祖先は地獄の絵を描いてきたが、それは、広島長崎の現実と比べたら、牧歌的にすら思える。原爆投下はアメリカが犯した犯罪であった。一般市民を対象にした大量虐殺であり、この点を振り返ればアメリカはヒトラーのユダヤ人虐殺を非難出来ない筈だ。オバマの広島訪問はせめてものアメリカの良心の現われである。謝罪の言葉がなくとも現職の大統領が敢えて訪問すること自体が謝罪を表明することになる。

 

◇オバマが核廃絶を世界に訴えるのは、人権の声に他ならない。アメリカの歴史は人権の歴史である。オバマの胸には虐げられた黒人の戦いの歴史があるだろう。私たちの前に、今、壮大な人間の歴史が展開されつつある。(読者に感謝)

 

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2016年5月22日 (日)

小説「楫取素彦物語」第128回

 

 議会

 

 

 新しい群馬が動きだす時が来た。県令及び議会という群馬県を支える二本の柱が整ったからである。

 第一回の県会は明治十二年五月に行われた。それに先立って四十四人の議員が選ばれた。選ばれた県会議員は全て地方の名望家であった。当時は立候補制ではなく、被選挙権を有する者、即ち、県内に本籍をもつ二十五歳以上の男子で地租十円以上を納める者は全て投票できた。だから本人の知らないうちに当選者となるという事実あった。

 議会開会が迫ったある日、一人の議員が県令に挨拶に来た。黒保根の製糸業者星野長太郎であった。

 楫取は懐かしそうに言った。

「この度はおめでとう。新井領一郎君は頑張っておられますか」

「あの時は大変お世話になりました。県令と奥様に励まされ、勇気百倍、ニューヨークで活躍しております。今回、私が議員になったことを知り、県令に伝えて欲しいと手紙がありました」

「高層の建物のニューヨークであの領一郎君が異国人と交渉する姿が目に浮かぶようだ」

「たまらぬ望郷の思いに駆られ、また難しい交渉ごとに苦しむときのことを綴ってきました」

「ほほう、ぜひ知りたいですな」

「淋しさに耐えられない時は、あの短刀を取り出すそうです。刃に松陰先生の顔が現れ励まされる、また、難しい商売の時、至誠にしての言葉を思い出すと力が湧きうまくいくと書いております」

「よい話ですな。群馬県の生糸産業の発展に関わることです。また、商売で誠意を尽くす話は道徳の手本になります。領一郎君にはぜひ伝えて欲しい、私のところへも報告書をくれるようにと。私も、こちらの状況を書き送るつもりです」

「かしこまりました。このことを聞けば弟も大変喜ぶに違いありません」

 星野長太郎は、この議会で副議長に選ばれた。なお、初代議長に選ばれた人は宮崎有敬であった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月21日 (土)

小説「楫取素彦物語」第127回

 

これから申すことは、松陰が私に言い遺した言葉です。短刀よりも重要と思って心して受け止めて欲しい。それは、至誠にして動かざるはいまだあらざるなり、孟子の言葉です。真心をもって接すればどんな人でも必ず分かってくれるという意味です。正に、領一郎殿、あなたのためにあるような言葉だ。言葉肌の色うし文化も異なる、それでも人間である以上、誠意を尽くせば、真心で接すれば必ず分かってくれる。どうかしっかりと受け取ってくれまいか」

「ははー。領一郎、こんなに感動したことはありません。領一郎、そのお言葉をしっかりとこの胸に刻みました。」

 領一郎の心にこみあげてくるものがあった。領一郎の胸に、異国のまちで異人たちに囲まれた自分の姿が描かれていた。いままで、何度となく心に描き、その度に怯えた光景だったが、今は違っていた。今、描かれる自分の姿は、活き活きと異人たちと渡り合っている姿ではないか。

 領一郎は晴れ晴れとした顔をあげた。

「県令様、奥様、本当にありがとうございます。今、私の中に松陰先生がおられます。勇気百倍。領一郎、この大切なお役目を果たす自信が湧きました」

「おお、心強い言葉だ

「嬉しゅうございます」

 県令夫妻が次々に言った。

 かくして、新井領一郎はアメリカへ向けて旅立っていった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月20日 (金)

人生意気に感ず「山本一太のライブ、熱唱。トランプ大統領。また飛行機墜落」

 

 ◇18日はハードなスケジュールだった。人形芝居「小松姫物語」を観てから東京の二つの会へ。「尾身朝子を励ます会」と「山本一太氏の政経パーティ」は、ほぼ同じ時間帯に行われたので、励ます会は中座してタクシーで移動した。 

 正直、度胆を抜かれたのは山本一太在職20周年記念セミナーとして行われた「特別ライブ」。政経パーティの常識は一流ホテルと立食であるが、広くないライブ会場にパイプ椅子が隙間なく並べられ、食事飲み物は一切なく、それでも会場は熱気であふれ、二万円が高いとは決して思われない内容だった。

 

 3時間近い時間帯は一太氏の独演。歌の間で政治への思いを語り、ゲストが分刻みで登場した。ゲストで注目したのは菅官房長官と田原総一郎氏。オリジナル曲を熱唱する姿は歌手山本一太であった。

 

 田原総一郎の話しにはいくつか注目点があった。先ず、アメリカ大統領選。最近、白人層にトランプ支持が広がっているが、その背景にはアメリカ社会の酷い格差があること。又、二人の大統領候補はそれぞれ問題を抱えているというのだ。

 

 トランプは不動産業で、不動産にはマフィアが絡んでいることが多く、クリントンにはパナマ文書がらみの恐れがあるのだそうだ。トランプが金正恩に会ってもよいと言っているという点はまさかと思った。

 

◇最近のアメリカの世論調査はトランプがクリントンを超えたことを報じている。どちらになるのだろう。トランプ大統領出現となれば日本はどうなるのか。北朝鮮、中国との関係はどう変わるのか。クリントンが大統領になった場合でも、トランプが投げかけた問題が影響を及ぼすことは間違いない。いずれにしても、これからの日本は、国としてのしっかりとした自主性が求められる。それは、国民一人一人の自覚の問題である。私たちは心の座標軸を持たねばならない。そのために、憲法の理解と歴史的要素は欠かせない。

 

◇また飛行機が墜落した。空の事故は恐い。そして跡を絶たない。テロの疑いがあるらしい。飛行機の危険物チェックは厳重を極めるが、それでも隙がある。私たちは今日、常にテロの恐怖に晒されながら飛行機に乗っている。昨年はISの犯行でロシアの224人が犠牲になった。(読者に感謝)

 

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2016年5月19日 (木)

人生意気に感ず「尾身の選対会議。18歳選挙権。G7。教員の質」

 

◇17日早朝、尾身朝子事務所で選対会議があり、情報交換も行われた。同日選挙の有無、佐田氏のこと等々。「安倍さんは解散は絶対しないと言っている」、「それでも解散、同日選挙は有り得る」。こんな意見が出た。被災地の状況を見ると。こんな状況で選挙をすれば世論が反発するという見方と、参院選はいずれにせよ実施するのだから、という考えがある。

 

◇18歳選挙権実施に関して、若い票取り込み対策の意見も出た。全国の新有権者は約240万人。昔は、反体制、反自民が若者の特権のように見られた。嵐のような学生運動が思い出される。今日、事情は一変した。学園は鳴りを静めている。

 

 ある世論調査によれば、自民党支持が26%で、民進党が7%という。また、夏の参院選については、「必ず行く」と「行くつもり」との合計が56%。

 

 私は先日、ある高校で話しをした時、ホワイトボードに「公憤」と大書して訴えた。公憤とは正義感のことであり、社会の不正義に対して怒りを持つことだ。今日の日本人は、自分の利害に関する小さなことには怒るが大きな社会全体のことに関しては腹を立てない。公憤を知らないのだ、と。このような現象は歴史を学ばないことの結果であり、学校教育の在り方と関係する。

 

◇かつて、「勤評闘争」というものがあった。これに限らないが赤い先生と言われよく問題となった。18歳選挙権の実現となれば、教壇に立つ先生の立場は重要であり難しい。特定の政党支持を働きかけることは、勿論すべきでないが、選挙権行使の材料は堂々と語るべきだ。学問として、知識を与えることは教師としての義務であり、それが選挙に関係するとしても躊躇する必要はない。先生の真価が問われることになる。

 

◇グローバル化の中で教師の資質と能力が問われる時代となった。G7、教育相会合でこのことが強調された。私は多くの留学生を教える立場でこのことを痛感する。G7では、文化や宗教の面で多様化する子どもを指導する教員の育成が強調された。私が小学生の頃、学校に外国人の子どもの姿はなかった。社会は一変した。多様な子どもに生きる力を与えねばならない。求められる教員は現在の教育で育つ。国際理解教育の課題は多様で循環する。(読者に感謝)

 

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2016年5月18日 (水)

人生意気に感ず「清原に懲役2年6月。高速の逆走増。茨城の震度5」

 

 ◇懲役2年6か月。清原への求刑である。現役を引退し、監督やコーチを希望したが声をかける球団がなく淋しかった、その心のすき間を埋めるために覚せい剤を使ったという。清原は「間違いありません」と起訴内容を認めた。検察は「依存性や常習性は顕著」と指摘した。 

 スーパースターの私生活は乱れており、心は弱かったとみえる。プロレスラーのような

 

隆々とした身体にまとわりつくように彫られた竜の入れ墨。判決は今月末といわれ、予想では執行猶予がつく。有名人の薬物が跡を絶たない。背後には暴力団がある。刑罰の相場があるようだが、私は執行猶予なしの実刑にすべきだと思う。すぐに釈放される姿をみて、清原もやった、大した罪ではないと考える人々は多い筈だ。

 

 薬物は人間を壊すと言われるが、本当だと思う。大量の覚醒剤が輸入され、消費され、多くの犠牲者を出している。殺人犯にも当たる犯罪である。日本は薬物犯罪に甘い。薬物が一般人にも広がっている現実は刑が軽いことにその一因がある。

 

◇高齢者の「逆走」が大きな問題に。交通安全白書は、その深刻さを物語る。高速交通の時代、超高齢化、それに伴う認知症の増加、これらが結びついて、かつて社会が経験したことのない事態が出現しているのだ。2015年に発生した高速道逆走事案は295件で、これは統計を取り始めてから最多である。この数字は前年比47件増。高齢化の実態からすれば、年々増加することは必至である。

 

 私も高速道は頻繁に利用する。インターチェンジやジャンクション等では、瞬時の状況判断を求められる。迷って判断を間違ったら逆走になる。私もヒヤッとすることがあった。

 

 インターチェンジの構造の特色によって、判断ミスが起こり易いことがあるだろう。例えば車の流れがない状況下で、Tの字に近い高速に突入する時、右か左かの判断ミスが起こり得る。対策としては、高齢者側の問題と共に、こういうインターチェンジ等、道路構造上の問題も研究すべきではないか。

 

◇16日、夜の9時過ぎ、緊急地震速報で驚かされた。茨城南部で震度5弱だった。これは何を意味するのかと咄嗟に思った、このあたり、少し前まで頻繁だった。九州に関心を奪われていた矢先だった。日本中が連動し影響しあっているようだ。首都直下型が危ないと思った。

 

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2016年5月17日 (火)

人生意気に感ず「草津の死の川。白旗神社はいずこ。御座の湯。尻焼き温泉」

 

 ◇13日、中之条高校で映画を上映した後、草津へ向かった。このところ、ハンセン病(癩)に関する小説を書いていることから、時々草津を訪れる。草津温泉は癩問題の一つの原点である。 

 湯畑から流れる湯川は「死の川」と言われた。強酸性故に生き物の存在を許さなかったからだ。「死の川」の死には、私の思いも結びつく。かつて、助からない癩の患者をこの川の谷に投げ捨てたという話しがあるし、また、癩の人たちが死に直面しながらこの川の辺りで自治の組織を作って生きた歴史があるからだ。

 

 自治の組織とは、明治20年開村の湯之沢部落のこと。本村から追われるようにして湯川に沿って部落をつくった人々は、部落の氏神として白旗神社を作ったと伝えられる。これは、源頼朝を祭った祠を移したものと言われた。白旗は、赤い旗の平氏に対する源氏の旗であった。

 

◇13日の草津訪問は、この神社の確認が目的であった。ところが、誰に訊いても分からない。草津町立図書館に電話したら、司書の中沢さんという人がそれらしいものを知っているということで案内をしてくれた。

 

「これです」と教えられたのは、松林の奥の笹の中に置かれた小さな石の祠である。「ここにささりんどうが彫られているのが一つの根拠かと」と中沢司書は言った。又、よく見ると風化した石の壁面に微かに「明治二十一年」らしき文字も認められる。ささりんどうは頼朝の旗印であり、明治21年は、湯之沢部落開村の翌年である。これらを手掛かりにしてもう少し研究したいと思った。中沢さんは、更に湯畑の近くの「御座の湯」に案内して下さった。驚いたことに先程の祠とよく似た石の祠が湯の中にある。言い伝えでは、御座の祠をコピーして白旗神社の祠としたというのだ。御座とは、頼朝が座った所という意味であろう。私の小説では、部落創設に当たり、人々が決意の程を示すために頼朝を氏神にして神社をつくったという設定である。

 

◇癩の歴史は人間かい腹の闘争である。聖書の昔から洋の東西を問わず存在し、人々は差別と偏見に苦しめられた。最近最高裁が謝罪したことは、差別と偏見が今日的課題であることをも物語る。その足で六合村に行き尻焼温泉に入った。大自然の中に唯一人。この奥に長男周平が学んだ開善学校がある。初めて訪れて二人でこの湯に入った時、周平が見せた明るい笑顔が甦った。(読者に感謝)

 

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2016年5月16日 (月)

人生意気に感ず「都知事の末路。佐田氏の進退。中之条高校で楫取の映画」

 

 ◇舛添知事が窮地に陥っている。説明を聞いていると表面的な言い訳に聞こえる。非難の声は蛙の合唱のように一気に高まってきた。「ヤフーオークション」で政治資金を使って美術品を購入した疑いまで報じられた。萩生田官房副長官は「記者会見は非常に分かりずらい」と述べ、都議会各派は6月定例議会で徹底追及する構えだ。崖っぷちから脱出できないのではないか。 

 自民党の片山さつきは火中にある元旦那のことをセコイ、小さい、哀しいなどと評している。そういう男と結婚したということだ。普通、別れた男のことは口にしないものと思っていたが、時代が変わったのか、勇気ある姿というべきか、はたまた見識を示したということかよくわからない。

 

◇群馬一区の支部長、衆院9期の佐田さんは、次期衆院選に一区から出馬する決意を表明した。県連では佐田氏にかわる候補として尾身朝子さんを党本部に推薦することを決めた。

 

 党本部の公認基準には現職優先とあること、佐田氏は1区の支部長であること、これらから佐田氏の気持ちが分からないでもないが、みっともないもがきに見える。選挙区の世論は冷え切っている。週刊誌報道に言い分があるとしても、こういう結果は政治家の「不徳」が招いたことである。引き際が大切だ。思い切った大集会を開いて「不徳の致すところ」と支援者に詫びて引退を表明すべきだと思う。

 

 今の状態では、出馬を前提とする集会では人は集まらないが、「進退を問う」と掲げれば9期の人脈で人は集まる筈だ。政治家の意地があるなら、引き際に命がけの姿勢を示したらどうかと思う。

 

◇13日、中之条高校で、映画「楫取素彦―生涯の至誠」の上映会を行った。櫻井監督作品、中村紀雄企画原作、テキサスの国際映画祭でプラチナ賞を得た。「花燃ゆ」は終わったが、それにはない群馬の原点に据えるべきものがあると信じる。

 

 体育館に集まった生徒を前に私は冒頭次のようなことを話した。「18歳選挙権が実現しますが、今日の若者は公憤ということを知りません。これは正義の怒りです。皆さんは自分の利害に関わる小さなことに腹をたてるが、社会に関わる大きなことに怒ることをしません。吉田松陰、楫取素彦の至誠を支えるものはこの公憤です」長い歴史が支える良い雰囲気の学校であった。(読者に感謝)

 

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2016年5月15日 (日)

小説「楫取素彦物語」第126回

松陰は、真心をもって当れば誰でも通じるという強い信念を持っていました。黒船の場合も松陰の誠意は通じたものと思う。ただ、国家の祖法があり、国家間の条約があった。それに対し、一個人のために例外を行うことは出来なかっただけのことだと思う。松陰のあの志気は、黒船は勿論、アメリカをも呑んでいた。あの精神と実行力は、日本人に対する最大の教えとなりました。長州の若者は松陰に見習って行動した。松陰の死を乗り越えて動いたのだ。この力こそ幕府を倒し、維新を実現させたのだ。領一郎殿も松陰のこの心意気を見習って欲しい」

松陰を語る楫取の言葉には熱がこもっていた。

「話には聞いていましたが、松陰先生の勇気の偉大さを知りました。大きな勇気をいただきました」

 領一郎がこう言った時、寿夫人は軽く会釈して奥へ消えたが間もなく手に何やら携えて現れた。中から美しい短刀が姿を現した。

 夫人は静かに語り出した。

「これは兄松陰の形見の短刀です。今のお話にありましたように兄は命をかけてアメリカに渡ろうとして果すことが出来ませんでした。これは兄がアメリカ行きを許された場合にと用意した荷物の中にあった短刀です。従って兄の魂が込められています。兄の魂は、この短刀がアメリカへ渡ることによって救われます。どうか、これを兄と思ってお連れになってください

「おお、そんな貴重な品物を」

 領一郎一郎は驚いて叫んだ。

 この時、県令楫取が姿勢を正すようにして言った。

「わしからも松陰の形見を渡そう」

「えっ」

 領一郎は固唾を呑んで楫取の顔を見た。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

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2016年5月14日 (土)

小説「楫取素彦物語」第125回

領一郎は瞳を輝かして言った。

「兄さん、やりましょう。私の英語力が地元の役に立つなら命をかける価値があります。聞くところによれば今の県令は、あの吉田松陰の義兄弟とか。あの黒船に乗り込んだ姿に私はあやかろうと思います」

 

「おお、領一郎よくぞ申した。早速計画を進めることにしよう

 長太郎は前橋の製糸業者の仲介で楫取に会った。楫取はじっと話を聞いていたがきっぱりとした口調で言った。

「大変よい計画である。群馬の生糸の発展のために直輸出は必要なことだ。私も出来るだけ力を貸そう。アメリカ渡航の手段など、政府に働きかけ便宜を計ろう」

 このようにして、計画は一気に前進することになった。

 渡米を目前にしたある日、星野長太郎、新井領一郎兄弟は県令楫取を自宅に訪ねた。

「いよいよ出発ですね」

 楫取が言った。側には妻寿の姿があった。

「はい、いろいろお世話になり実現の運びになりました。アメリカとはどんな国でありましょうか。少し調べましたが芒としてつかめません」

「群馬の名誉を担った旅です心して旅立ってください。群馬の生糸産業の発展がかかっていると言ってもよい。アメリカを単身めざ日本人には、開国前ジョン万次郎がいる。また、群馬の新島襄殿がいる。さらに、目的は果たせなかったがが義兄吉田松陰がいる。これらの人たちの姿を思って頑張っていただきたい

「伝え聞く吉田松陰先生の姿には胸を打たれます。松陰先生の渡米の覚悟を知りたいと思います」

「国外に出ることは国禁の時代だった。巨大な外国の軍艦が日本を囲む要塞のように立ちはだかった光景を想像してください。幕府は戦わずして屈服した。大塩の乱で幕府の二人の役人が馬から振り落とされて大阪町民の物笑いの種となったのと同じです。松陰の決意と勇気が並大抵でなかったことが分かるでしょう」

楫取は領一郎の顔を改めて正視した。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月13日 (金)

人生意気に感ず「オバマと広島。留学生がゴミ拾い。舛添は土下座。せこい、小さい、哀しい」

 

 ◇先日、若い警察官と意見を交わした。国際情勢などを私から学ぶ姿勢が窺えて好意が持てた。群馬の警察も伊勢志摩サミットとオバマの広島訪問に動員されて大変らしい。オバマの警護については私も心配である。オバマの広島訪問が正式に決まったが、アメリカと対決するテロ組織が最も注目する舞台となる。 

 広島は人類の平和と戦争、希望と滅亡を共に象徴する場所である。原爆を製造し投下した国の大統領が究極の地獄であった被爆地を訪れるのだ。アメリカはオバマの広島訪問を慎重に、そして強力に準備してきた筈だ、それだけ意義のあることだからだ。これまで、ケネディ大使が平和記念式典に参列し、ケリー国務長官が原爆ドームを訪ねた。今回のオバマ訪問の布石だったことが分かる。

 

◇オバマの広島訪問は核廃絶と日米同盟の深さを世界に示すことになる。日本は侮れないと強く受け止める国は先ず、中国と北朝鮮だと思う。日本はいい気にならず謙虚に日本の真の役割を果たすことを目指すべきだ。それは世界の仲介役である。日本の信用を支えるのは日本国憲法である。

 

◇昨日、日本アカデミーの朝礼で挨拶した。多くの留学生に日本語と日本の文化を教える学校で私は名誉学院長で、実際重要な役割を果たしている。そこでこう発言した。「西洋の物質文明は行き詰っています。西洋の価値観が見直される時ですが、両方に深く関わる日本こそ、調和と仲介の役割を果たさなければなりません。留学生の教育はその重要な一環です」

 

◇千人に及ぶ留学生に、日本の「礼節」を教えようとしている。日本で失われつつあるもの。私は、大災害を語る時、列を作って救援物資を待つ日本人の姿を紹介した。現在計画していることに「掃除」がある。16日1時半から、大手町表町一帯のゴミ拾いをする。各町の自治会長に説明した。中国、ネパール、インドネシア等の若者が街をきれいにする姿はさわやかで壮観だろう。私も参加する。「知行合一」の実践である。

 

◇橋下徹がツィート「土下座しか後がない」、片山さつきは元夫のことを「セコイ、小さい、哀しい」とバッサリ。誰のことか言うまでもない。舛添知事は政治資金規正法違反について13日の記者会見で説明するらしい。舛添問題を機に全国の知事の出張経費が比較表示されている。権力を握ると裸の王様になる例だ。(読者に感謝)

#オバマ #舛添 #広島

 

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2016年5月12日 (木)

人生意気に感ず「元癩の藤田さんの講演。パナマ文書。舛添氏のこと」

◇元ハンセン病(らい)患者藤田三四郎さんの講演を聞いた。私は先日、草津の施設、栗生楽泉園にこの人を訪ねたばかり。白馬という名の個人住宅群の一室だった。90歳を超えたこの人の記憶力は驚嘆すべきもの。

 昨日の講演でも、多くの参加者は機関銃を撃つようにメモなしで細かい事実がポンポンと出てくることに驚いたに違いない。

 三四郎さんは昭和20年に楽泉園に入り、71年になるという。最前列で耳を澄ますと、炭背負い、特別病棟(重監房)、藤本死刑囚などの言葉を拾うことが出来た。早口の言葉を一般参加者はよく理解出来なかったろうが、長い間差別と偏見の中で生きた執念がほとばしるのを誰もが受け止めたに違いない。

 同じ元らい患者沢田五郎さんの次の歌を思い出しながら聞いた。

 渓流に丸太二本をかけた橋渡れずに泣き出し女性患者ありき

 遠き世の水牢にもあたる重監房火気なく明かりなく日は差し込まず

 重監房のことは説明するまでもないが、渓流の話しは、昔患者が下の

六合

(

くに

)

の部落から炭を運んだ時の光景である。

 三四郎さんは「今でも差別と偏見がある」と語ったが、癩のこと、楽泉園のことを一般の人が知らな過ぎる。「癩」が訴えることは、人権の問題であることを知らな過ぎる。

◇前回のこの欄でホセ・ムヒカを書いた。「世界で最も貧しい大統領」として注目された人。今、全世界に衝撃を与えている「パナマ文書」、そこで最も攻撃される政治家は、このムヒカと正に真逆な存在。節約か脱税か、違法か合法か。遥かな太平洋の彼方の国の濃い霧の中にうごめく怪しい姿が次第にはっきりするだろう。この文書に記された日本人は約230人とか。有力閣僚の関係者や楽天の三木谷の名が上がる。注目すべきは、中国関係が非常に多く、習近平主席の関係者もあること。アイスランドの首相は辞任に追い込まれ、キャメロン首相も批判を浴びている。パナマ文書なるものが、世界の税の矛盾と不公平、人間の欲望は国境を越えて変わらない、などを明らかにすることになった。

◇週刊誌に舛添氏が叩かれている。新聞も報じ始めた。それによれば海外出張が突出し、渡航もファーストクラスとか。私も議長の時、経費を気にしながら各地を視察した。(読者に感謝)

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2016年5月11日 (水)

人生意気に感ず「ムヒカの衝撃。舛添都知事の乱脈。熊本の空き巣。オバマの広島決定」

 

 ◇先日ここでムヒカを書いた。昨日出た文藝春秋で改めて「日本人への警告」と題したムヒカの記事を読んだ。ウルグアイの前大統領は「世界一貧しい大統領」として全世界に衝撃を与えた。世界一貧しいとは、その生活振りのこと。大統領時、公邸に住まず、古い平屋に住み、ワーゲンを自ら運転した。 

 私は南米各国を訪ねたがウルグアイは未だだった。ムヒカの衝撃は、その貧しいと評される生活振りよりもむしろ、その世界観、価値観から受ける。現代の消費文明に対する批判は痛烈で深い。「大量消費社会の行き着く先は滅亡だ。このような間違った社会を作ってしまった」と警告し、我々の前に立つ巨大な危機は政治の危機だと訴える。ムヒカは誤った消費社会を推進している政治を痛烈に批判しているのだ。

 

 その柔和な眼差しからはかつてのゲリラ活動の闘士で、13年間の獄中生活に耐えた姿を想像することは難しい。ムヒカは奇跡人に見える。私はこのムヒカの記事を政治を志す若者に勧めた。若者は早速読んで感想をメールで送ってきた。ムヒカの思いが日本の若者の心を打ったようだ。

 

◇多くの日本人はムヒカの訴えを聞いて、日本の政治家の腐敗と堕落を連想するに違いない。消費社会に流され方向感覚を失っていると見えるのが現在の政治家だからである。

 

 舛添都知事が集中砲火を浴びている。「公用車で頻繁に別荘通い」、「高額な出張費」、「会議費の名目で家族旅行の疑い」等々。ホセ・ムヒカは、この状況をどんな思いで見ているだろうか。文春の記事は「政治資金規正法違反の重大疑惑」を報じている。この問題は今後発展するだろう。

 

◇自公が災害時窃盗の厳罰化を検討しているらしい。通常の窃盗罪は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金であるが、より厳しい新たな罪の創設だという。昔から「火事場泥棒」は人の弱みにつけこむものとして非難されてきた。ましてや、大災害につけこむとは。日本人は略奪をしないとして、その美徳を世界から誉められてきた。「東日本」でも「熊本」でも空き巣が多発しているのは悲しいことだ。

 

◇オバマの広島訪問が決まった。ホワイトハウスは「核兵器なき世界を求める決意を示す」と表明した。歴史的な訪問になる。タイムリーだ。北朝鮮に対する強いメッセージにもなる。(読者に感謝)

 

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2016年5月10日 (火)

人生意気に感ず「アメリカは衆愚政治の国か。北方領土。おとぎの国北朝鮮。イスラム教徒がロンドン市長に」

 

◇日中、日露、日米の関係がダイナミックに動いている。私たちは、今、世界史の激しい奔流の中にいる。地方の政治も私たちの存在もこの流れにもまれている。地方の議会はどのように対応しているのか。教育は何を子どもたちに教えているのか。18歳選挙を前にして、若者たちは何を考えているのか。

 

 アメリカでは、遂に大統領選でトランプとクリントンが争う形が決定的となった。アメリカの民主主義は衆愚政治なのか本物なのか。トランプはヒットラーの亡霊なのか。歴史は繰り返す。それは同じ人間の営みとして当然ともいえるのだ。ヒラリーの悲壮な姿は、アメリカが新たな生みの苦しみに直面していることを物語る。

 

◇安倍首相がプーチンとの直接対話で、北方領土を話し合うことになった。戦後70年間北方領土は不当に奪われたままだ。悔しい思いでこの問題を見詰めてきた。ソ連が崩壊し、シベリアも変わろうとしている。凍土の世界が熱く動き出した。シベリア強制抑留は未だ解決していない。体験者の多くはこの世を去ろうとしている。北方四島のことは、安倍首相の下で現実的な解決をして欲しいものだ。四島が遠ざかっていくのをもどかしく見ているのは辛い。

 

◇北朝鮮が久しぶりに党大会を行って国家の大勢を整えようとしている。私にはおとぎの国に見える。世界史の流れに逆行し、凶器を振りかざし、国民を飢えさせている。しかし、それは、極めて現実な隣国の出来事なのだ。多くの日本人が拉致されたままだ。繰り返される核実験は、我が国の喉元に突きつけられた匕首(あいくち)に他ならない。金日成、金正日、金正恩。3代長く続く王朝の戴冠式が行われている。崩壊が間近いと言われながら倒れない、綱渡りの犯罪国家。こういう隣国と対峙しなければならないのが日本が置かれた現実なのだ。だから日本は理想論だけでは生きられない。しかし、理想は本質に於いて貫かねばならない。ここに憲法改正問題の難しさがある。

 

◇ISの恐怖が渦巻きイスラム国への偏見が加速する世界でロンドン市長にイスラム教徒の2世・カーン氏が選ばれた。非富裕層の出。移民の子で低所得者向けの公営住宅で育った。鮮やかな出世物語。時が時だけに民主主義の健在性が浮き上がるようだ。人類は矛盾を抱えながらも進歩している。そう信じたい。(読者に感謝)

 

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2016年5月 9日 (月)

人生意気に感ず「みなかみ町の中国大使夫人。トランプと日米関係。オバマの発言」

 

 ◇昨日(8日)。みなかみ町へ。関越道を進むと新緑の山々が美しい。みなかみ町日中友好交流協会主催の講演会があった。私は群馬県日中友好協会会長として招待を受けた。講師は、中国大使夫人汪婉氏。東大の大学院を修了され、日本に関する理解は深い。 

 汪さんは、「相互理解の重要性」と題して日中関係の重要性と課題を語った。注目された点は、日中間が新しい時代に入ったこと、観光の重要性など。観光については「観光は平和産業であり、それは平和な地域産業にのみ存在する」と強調していた。その中で、「爆買い」で話題の中国人客は、最近、大都市から地方の特色に注目するようになったこと、中国人客が減ることがあるとすれば、大災害と日中関係の悪化であると指摘しておられた。

 

 最近の調査では、海外旅行する中国人の最も多くは日本を望むという。それにも拘わらず日本人の中国感情は悪い。この背景に、対中国の重要な課題があると汪さんの話しを聞きながら思った。日中間の新しい展開は、世界史的にダイナミックだ。その先は、アメリカの大統領選の行方とも大きく関わる。トランプがもし大統領になれば、日米安保が大きく変化し、それは日中間に大きな影響を及ぼす。汪婉氏は、安保関連法案についても触れた。この法案を通すため、日本政府は「中国脅威論」を材料にしたというもの。

 

◇連休の間にも、アメリカ大統領選の状況は大きく変化した。共和党の候補にトランプが指名されることが確実に。民主党の方はクリントンが確実だから、結局、トランプ対クリントンの戦いになるだろう。アメリカの民主主義が健在なら、クリントンが勝利するに違いないが、トランプを支持する国民が多いことから、いずれにしても、今後の日米間に大きな影響を及ぼすことは必至で、このことは日中関係をも動かすに違いない。

 

◇オバマ大統領は、6日の記者会見で、「大統領選は娯楽ではない。大統領の座をめぐる闘争であり、厳格な基準で候補者を吟味することが必要だ」と、国民に冷静な判断を呼びかけた。「私たちは深刻な時代に生きている」とも語った。報道が、トランプの動きを見せ物やサーカスのように見ていることに懸念を表明したのだ。ヒラリー・クリントンの悲壮な姿がトランプと対象的だ。アメリカの民主主義が世界の新しい流れを作ろうとしている。(読者に感謝)

 

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2016年5月 8日 (日)

小説「楫取素彦物語」第124回

  兄弟

 

 

 前橋藩士速水堅曹は日本初の器械製糸場「藩営前橋製糸所」設立の中心となった人である。西洋の進んだ機械と技術で規格のそろった優良な生糸を大量に生産する事が前橋藩の最大の目的だった。

 前橋の生糸はすでに名声を得ていたが、その生産方法は手工業であり、開港による大量の需要に応ずることが出来ず、粗悪品が前橋産の名で売られるようになった。前橋藩の器械製糸は前橋の生糸の名誉回復の手段であった。

 生糸商売はいかにごまかすかがコツとされた時代にあって、前橋藩の武士の商法は商売にも倫理が必要であることを示した。

 前橋藩の器械製糸を学ぶものは全国から集まった。群馬県勢多郡黒保根村の星野長太郎もその一人であった。彼は、前橋藩に学び地元に水沼製糸所を創業した。

 星野家は江戸時代から地域で知られた豪農であった。長太郎は利益を求めるだけの商人ではない。新しい時代を生糸で作ろうとする志を持った人であった。機械製糸が発展する中で、アメリカ人への直輸出の必要を痛感するようになった。利益に便乗して粗悪な商品を外国に売るものがいるとの噂が絶えなかったからだ。良質な品を外国に売って群馬の信用を獲得することが新時代の商人の姿であるべきだ。黒保根の緑の山々、機械を動かす清流、そこで熱心に働く女たち。ここで作られる生糸には魂が込められている。それが途中で参加する営利主義の人々によって妨げられてはならない。

 ある日、長太郎は実弟新井領一郎に相談した。

「お前は英語を習っている。一つ太平洋を渡り、アメリカに乗り込んでくれまいか。この地で作られる生糸を直接輸出すれば我らの心が彼の地の人々にそのまま伝わる。いまのままではおカイコ様も単なる人間の金銭欲の手段になってしまうのだ」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

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2016年5月 7日 (土)

小説「楫取素彦物語」第123回

女郎屋の実態は変わらなかったが、名称が変わった。女を拘束するのが悪いというのだから女郎屋の主人は座敷を貸し、女が勝手に営業主となったのだ。貸座敷業が天下にまかり通ることになったのだから驚きである。太政布告第二九五号の大義は全くの空文なのか。明治政府はかっこよいところを見せただけで世界を欺いたのか、私もこれはおかしいという考えを抱い

「さすがは県令様、よく見抜いておられます。貸座敷という看板が目につきますが、そのようなわけがあったのですか」

 精助はしきりに感心している様子である。そして言った。

「その太政官布告はまだ生きているのですか」

「もちろん。最高の法律として厳として存在している」

 これを聞いて五平太が大きな声で言った。

「それを群馬で生かすことこそ楫取県令の使命ではございませんか」

「なかなか良いところに気付いたな。新産業による殖産興業、教育による人づくり、女性解放が示す人間の尊重、これらがみな結びついていることが分かるというものだ

 楫取県令と若者が意気投合した瞬間であった。楫取の胸には、萩の時代の志に燃えた若者たちの姿が甦っていた。

 この時、楫取は改まった表情で言った。

「これからは議会が重要な役割を担う時代だ。県令が独断で政策を実行するのはよろしくない。廃娼のことも議会と力を合わせて進めたい。お前たちも議会に働きかけることを考えよ」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月 6日 (金)

人生意気に感ず「連休中の成果は福島で。尾身さんの会。留学生の会で。ふるさと塾で。零戦の勇士の死」

 

◇遂に大型連休が終わった。余り経験したことのない連休で生活のリズムが狂う恐れを感じる。新たなスタートだ。大型連休の終わりは大災害への突入を意味すると思えてならない。

 

 九州炎上は続く。震度4以上の力が衰えない。桜島が激噴し、阿蘇の蠢動が無気味だ。首都直下、南海トラフ、そして各地の原発は大丈夫か。

 

◇今回の連休の最大の成果は福島の視察である。国道6号の沿線に延々と死の街は広がり帰還困難地域の標識が随所に立ち、要所に警察官が目を光らせる様は、あれから5年以上経ちながら原発事故は収束していないことを物語る。海に近い社の石段は上に伸び途中に平成24年3月11日の津波到達点を示す碑があった。村人の話しを聞いて「原発は人災」の感を深め、国家と電力会社の大罪を意識した。安倍首相は、それでも原発をやるのか。

 

◇連休中も政治は動いた。群馬1区は尾身朝子さんを党公認に推薦することを決めた。支援組織を作る動きを急ぐことになり、今朝8時に私を含め数人の幹部が尾身朝子事務所に集まることになった。

 

 困難の時、政治は国民の信を得て使命を果たさねばならない。佐田代議士は9期も務めながら自滅の状態である、どのように引き際を演出するのであろうか、政治家として人間として追い詰められ、決断を迫られている。

 

◇連休後の行事は多くあるが、今月私が力を入れる計画は2つ。留学生対象の「講演」とふるさと塾である。講演は月一回のもので、百数十人のアジアの若者に今回は「サムライの国日本」を語る。ホワイトボードに、私は地図や武将の似顔絵を描く。日本の文化を伝える試みは実りつつある。9日、午前9時より、ロイヤルホテル南の教会で行う。一般の人も参加可能で、今回は「ふるさと塾」の人たちが10人程参加する予定である。

 

◇今月のふるさと塾は「ミッドウェイ」と「ダガルカナル」が中心。真珠湾の成功も束の間で、日本の運命はこれらの海戦で敗戦に向かう。

 

 ここで耳よりなニュースが、真珠湾、ミッドウェイ、ガダルカナルの零戦の勇士原田要さんが、3日99歳で亡くなった。滞空時間は計8千時間で、この間19機を撃墜した。元米海軍中佐が百歳の祝いに訪れていた。この元中佐は「空から今後も私たちを平和へ導いてくれることを信じています」と語った。(読者に感謝)

 

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2016年5月 5日 (木)

小説「楫取素彦物語」第122回

 

 

 三人は楫取が意外なことを言い出したので驚いた。

 

「昨年、熊谷県権令の時、私は娼妓・貸座敷渡世規制なるものを公布したが、この貸座敷なるもの、辿ると明治五年の太政官布告に結びつき、この太政官布告こそ、お前達の申す奴隷船マリア・ルーズ号事件にして出されたものであった。お前たちもこの事件については承知しておるようだが、私の立場から話してみよう。この県庁舎で前橋の町民の若者とこの事件を語り合うことが不思議でならぬ」

 

 楫取はこう言って、言葉を止め、三人の若者の顔をじっと見詰めた。楫取の胸には、萩を出るとき、この事件をぽつりと語った幻馬の顔が甦っていた。

 

「明治五年横浜沖に不審な船が停泊し秘かに船の修理をしておった。船からは時々悲鳴が聞こえてた。ある時一人の中国人が海中に飛び込んで救いを求めたことから船内に多くの中国人が閉じ込められ虐待されていることが判明した。ペルー船籍の奴隷船だったのだ」

 

楫取はこう言って三人の顔を見た三人は大きく頷いた。

 

「日本政府は二三〇人余りの中国人を解放した。そのことでペルーとの間で訴訟になった。この訴訟の中で奴隷問題が議論された。日本側はペルー側の賠償請求を禁止された奴隷貿易であることを理由につっぱねた。そしたらベルー側は日本はもっと酷い奴隷制度があるといって、何と女郎の証文を証拠資料として法廷に出したのだ。寝耳に水とはこのことだ。世界が注目する裁判で日本の恥部がさらけ出されたのだ。慌てた政府は太政布告を出して娼妓解放を宣言した

 

どうだ、と言うように楫取はなた三人の表情を窺う。三人は、しっかり受け止めたことを態度で示した。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2016年5月 4日 (水)

小説「楫取素彦物語」第121回

五平太は一気に話した。

 

「お前は日本の奴隷制度だと外国人が指摘したと申したな。そのような重要な話をお前の口から聞くとは意外だそれをどこで聞いたのか申してみよ」

 

「糸の商いのことで昨年、横浜に行った時、異人の宣教師に聞きました。これは根の深い問題だと思い、帰ってすぐ仲間たちに話し、勉強をするようになりました。横浜に行くたびに知識を広げるようになりました。奴隷船マリア・ルーズ号のこと太政官布告のことも知りました。いま、おかげさまで、富岡製糸場が盛んに生産を続けています。前橋の生糸は世界の名産として益々広がっています

 

目の前の県令が真剣に耳を傾けている姿に、五平太は促されて話しに熱を入れた。

 

その群馬に吉田松陰と縁の深い楫取様が赴任され、県庁が前橋城に決まった。すばらしい群馬県を世界に示すためには、群馬からの奴隷解放ほど大切でやりとげなければならことはありません。私たちはこのことを楫取県令様におつたえしようと決意しました。話を聞いてもらったことに私たちは今感動いたしております」

 

「よくぞ申した。難治の県で、県民性は荒く軽いと聞いておったが、お前等の姿を見ると上州の民はなかなかのものと思う。今日は嬉しい日である」

 

 三人の若者は、一斉に頭を下げた。県令から直接誉められたことで感無量であった。

 

「実はな、萩を出る時、さる人物が奴隷船マリア・ルーズ号事件の発生を告げこれからの日本にとって重要だから注目するようにと申された。そこで私も注目して調べていたのだ」

 

 

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2016年5月 3日 (火)

小説「楫取素彦物語」第120回

 明治九年は慌しく過ぎようとしていた。暮も押し詰まったある日、前橋の製糸業にたずさわる三人の若者が県庁舎に楫取を訪ねた。数日前に来て秘書とこの日を打ち合わせてあった。三人は大島精助、金谷武平、市川五平太といって、それぞれ父親の営む製糸業を内で支える存在であった。三人の若者は県令に会うというので大変緊張していた。会ってもらえぬことを恐れたが、秘書官から県令は若者に会うことを楽しみにしていると聞かされ大いに意を強くしてこの日に臨んだのであった。

「硬くならなくてよい。上州の若者に会いたかったのだから。何なりと発言してよいぞ」

「ははー。偉い県令様が着任されみな喜んでおります。政府がこの県を重視している証拠でありましょうか」

 大島精助が口火を切った。

「難治の県を治め、殖産興業の県とせよと言うことで私が任命されたのだ

「吉田松陰様の教えは明治維新の原動力となったと言われます。あなた様はその妹君を奥様とされております。私たち県民は何をしたらよろしいのでしょうか」

「いかにも松陰はが義兄。外国に遅れをとらない日本を作るのが夢であった。私は松陰の志を継いでここにる。生糸の生産に励んでいただきたい。私はお前たちと力を合わせこの県を揺るぎないものにしたい

 その時、市川五平太が思い詰めたような顔を上げて言った。

「誇れる群馬を作るために群馬から日本の奴隷を解放して欲しうございます

「面白いことを申す奴だな。群馬に奴隷がいると申すか。説明してよ」

 五平太は、県令の目を見て咎められているのでないことを知って続けた。

「はい、遊郭の制度、公娼です。日本を腐らせている制度です。そこで働く女は奴隷だと外国人から指摘されました。群馬にも沢山あります。上州を腐らせています」

「うーむ。上州を腐らせているとは尋常でない」

「女は若くして病気で死ぬ。遊んだ客も病をもらう。家庭は壊れる。女は所詮こんなものだという見方が広がっているのです。これは社会の崩壊ではありませんか」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2016年5月 2日 (月)

人生意気に感ず「福島を見た。死の町の現実。川内村とは。桜島大噴火が問うもの」

 

 ◇ゴールデンウィークの二日間、福島を見た。国道6号を冨岡町、大熊町、双葉町、浪江町と走った。車は激しく流れているが沿道の企業は閉鎖され、横に折れる道は全て柵で封じられ、要所に警官が立つ。国道の外は死の町が広がっていた。 

 浪江町の一画に入り込むことが出来た。家々に人の気配はない。前方の海から視線を移すと左手の丘の麓に小さな鳥居があった。貴布称神社で、石段を登ると途中に石碑が立ち「平成二十三年三月十一日東日本大震災津波到達点」とある。津波に追われて必死で石段を登る人々の姿を想像した。

 

 神社から離れると二人の女性の人影が。二人は仮設住宅から時々見に来るという。そして、「あの神社の近くは今でも怖くて行けない。夢中で逃げて振り向くと波が迫っていました」と話した。

 

 この人たちに津波に襲われた小学校があると教えられて見に行った。請戸小学校は見るも無惨な廃墟だった。津波の凄さと恐さを見せつけられた。死んだ生徒はいなかったというから幸いであった。

 

 大熊、双葉、浪江等の各町には帰還困難区域の看板が立てられている。帰還困難とは放射能の関係である。5年を経てまだこの始末。原発は人災だった。国と電力会社の大罪を改めて思う。原発に通ずる道路は、通行許可証が必要で見ることは出来なかった。

 

◇私と長男周平の宿は、ビジネスホテルかわうち。浪江町まで数十キロもある山村で、郡山市といわき市の中間に位置し、全家庭が天然地下水で生活している珍しい所。

 

 驚いたことは、来る6月14日に、避難指示が全面解除される。帰還を強制するものではなく自由に帰ることが出来る状態になるので、村の復興の新たなスタートにすると役場の人は語った。また、村関係者によると住宅に隣接した山林で除染が行われていないため線量を気にする家庭が多く山林除染の早急な実施を求める声が上がっているという。

 

◇今回の福島訪問で原発事故の恐さを改めて痛感した。日本列島は異常な活動期に入った。西日本の人口密集地帯で原発事故が起きたら日本沈没である。経済か命かの選択が問われる。

 

◇桜島が爆発的噴火を起こし、噴煙は4000mを超えた。熊本大地震の影響か。他の大災害に対する天の警告か。その時は迫る。(読者に感謝)

 

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2016年5月 1日 (日)

小説「楫取素彦物語」第119回

自分の調子で話し続けてよいのか湯浅は一瞬思案の様子を見せたが楫取は

「新島殿は何を話されたか。是非、聞かせてくれまいか」

「はい、先生は申されました。人間は神の前で平等だ、人間の長い歴史はその方向に動いてきた。肌の色によって人間の価値に差はない、アメリカが奴隷解放を行ったのは、人間の平等を宣言したのだと申されました。私は質問しました。維新の新政府が士農工商を廃して四民平等を定めたのも同じことですかと。先生は、明治政府は神の前の平等とは違うが国の力を生み出すために人間の平等を宣言したと答えられました

「松陰の考えも根底に人間の平等がありました。平等が人間の大きな力を生みます。それが奇兵隊でした」

私は人間は本来平等なんだということに気付きはっと目が醒めた思いがしたのです。新島先生は神の前の平等と申されます。私もそれを信じます。しかし、神を受け入れない人でも、宗教が違っても人間は平等なんだと私は気付きました。私の一大発見を政治の基本に据えて欲しい、その事を申し上げたい一心で参上したのでございます」

「よくぞ申された。私は御維新の前、萩で松下村塾に関わっておりました。そこでの教育の信念は人間の平等でありました。封建制の行き詰まりは硬直した身分制に原因がありました。

高杉の騎兵隊も士農工商にとらわれない発想から生まれたものです。倒幕の大義の根本には身分社会の否定が、突き詰めれば人間の平等があったと私は信じています。私は、義兄松陰が遺した言葉、至誠にして動かざるは未だあらざるなりを政治の基本に置く考えであるが、この思想の根本は人間の平等だと信じる。なぜなら平等であって初めて人は至誠の関係を作れるから。これからも、あなたには貴重な意見を聞かせてもらいたい」

がたいお言葉、が師、新島先生もさぞ喜ばれること思います」

 こう言って、湯浅次郎は県庁を去った。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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