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2016年2月22日 (月)

人生意気に感ず「満州を語る。満州国は幻か。誤った国策。前田先生との出会い」

 

 ◇20日、「かみつけの文化に親しむ会」で講演をした。会場は大胡シャンテ。題は「満州とは何だったのか」。戦後70年、国交回復45年、最近の中国の動き等から、満州はタイムリーな話題である。主催者の中には、かつて満州開拓の父と言われた東宮鉄男の一族もおられたが、張作爆殺のスイッチを押したのは東宮、というところから話を始めた。 

 満州事変、満州国建国、日中戦争、そして太平洋戦争と、一連の流れを侵略戦争と位置づけ、その中で誤った国策に翻弄される満州移民と残留孤児の問題を取り上げた。

 

◇「私は満75歳、毎朝走っています。毎年県民マラソンで10キロを約1時間で走ります。なぜこのことを話すかというと、今日取り上げる残留孤児の多くが私と同年代だからです」私はこう語った。敗戦の年、私は4歳。我が家は食糧難を予想して赤城山の奥地へ開墾に入った。さつま芋、大根、野生のウリッパの食事に涙を流した。思えば、あの頃、満州では大変な悲劇が展開されていた。満州は「日本の生命線」というのは思い込みだった。陸軍の暴走が国を誤らせた。天皇が大変立腹されたことは陸軍が政府を無視して突っ走ったからだ。私は、ここでシビリアンコントロールに触れた。

 

 満州事変に続く満州国建国。それは日本が操る傀儡国家。昭和7年の「建国」は中国及びアメリカとの関係を決定的に悪化させ、昭和12年の日中戦争、昭和16年の太平洋戦争へと突入していく。なお、満州国建国の昭和7年は、政府が満州移民を決定した年でもある。満州国を支える日本人を根付かせるという狙い。武装移民、少年義勇軍が渡満していく。この昭和7年という年、ヨーロッパではヒトラーのナチス党が第一党になり、翌年にはナチスは政権を握る。昭和15年三国同盟、昭和16年の太平洋戦争、昭和20年の敗戦と目も眩む世界史の舞台が繰り広げられていった。私は、満州は本当に生命線だったのかに関して、石橋湛山と石原莞爾の思想を紹介した。石原は生命線論者、湛山は反対だった。湛山の予言は的中した。

 

◇この日嬉しいサプライズが。私への御礼の挨拶をされたのは元群大教授前田洋文氏。先生は昔の私を語られた。江田島の海軍兵学校を出られ従軍。敗戦後東大を出て前高の先生となり、夜間部にも教えに来られ、私と出会った。謙虚で毅然とされ、私が出すどんな難問も的確に答えておられた。懐かしい昔の一コマだった。(読者に感謝)

 

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