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2016年2月28日 (日)

小説「楫取素彦物語」第99回

 

「思えば息つく暇もなく走り通してきた。人生、時には一息入れて英気を養うことが必要と思うが、お前の考えを聞きたい。恐れ多い事が、同年齢の敬親公が見罷られたことは私たちに大切なことを教えておられる気がするのだ

「寿には難しいことは分かりませぬが、大二郎兄、玄瑞殿、剛蔵義兄様初めあまりに多くの方々がお亡くなりになりました。そして、恐れ多くも同じ年の藩主様。寿は、あなた様のこれ以上の栄達よりもお身体が大事と存じます。あなた様が静かな生活をお望みなら寿は身に余る幸せと存じ、御一緒させていただきます」

「よくぞ申してくれた。決して弱気で逃れるのではない。昔、である、儒学に打ち込んだ。明倫館でも多くを学んだ。学問と現実の社会の関係はどうなっているのか、激しい世の変化の中で私は実は迷ってきた。しばらく田園にこもり、世の激流から離れて新しい世の動きと私の学問を突き合せて見たいと思うの。ついては、長門二条窪のが給領地あたりに小さな居を構え、山を整え、村人と交わって暮らしたいと思う。いかがなものであろうか」

「まあ、平和な野山、村人との交わり、あなた様が静かに書いたり読まれたりされる、夢のような光景でございます。大二郎兄もあの世で覧になって大層喜ぶことでございましょう」

「おお、そなたがそのように賛成してくれるならありがたい。早速、とりかかることにしよう

「今、楽しく思いを巡らすうちに、寿には一つあなた様にお願いいたしたい事が生まれました」

寿は明るい笑顔を見せて言った。楫取はこのような晴れやかな妻の笑顔を見たことはなかった。それは、これまでの生活が如何に厳しいものであるかを物語るものであった。楫取は血で血を洗う日々を今更のように振り返るのであった。それにしても妻の願いとは何であろうか。楫取は探るような視線を妻に投げた。

「恥かしながら、私は杉の家で幼少から真宗を教えられて育ちました。教えを人々の心に広めることこそ使命と承知しながら思うに任せず今日に至りました

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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