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2016年1月 1日 (金)

人生意気に感ず「2016年の年頭に当たり」

 

 ◇2015年が終わりに近づいた12月29日、私は長男の周平と茨城の海岸で一夜を過ごした。阿字ヶ浦の浜には太平洋の波が静かに寄せていた、湯上りのビールがうまかった、太平洋が近くなったものだ。北関東、東北道と、高速道路を乗り継ぎ、2時間余で「ひたちなか」に着いた。一年の終わりに、茨城を訪れ、幕末の歴史にひたりたかった。「内憂外患」の語は、烈公と言われた徳川斉昭の初発と言われる。この言葉の意味は今日的である。桜田門外で大老伊井直を暗殺したのは水戸浪士たちだった。 

 翌朝未明海岸を走った。水平線が赤く染まり出していた。太平洋が幕末の歴史を語りかけているようであった。私は走りながら、激しかった一年を振り返った。

 

◇新年を迎え、激しかった昨年を改めて思う。私にとっては人生の大きな転機だった。7期つとめた県議を引退。別の世界が始まって超多忙だった。初めての新聞連載長編小説は127回に及び12月22日に完結した。私が企画原作で櫻井顕監督作品の「楫取素彦物語」は、テキサス・ヒューストンの国際映画祭で最高賞を受賞した。毎日更新のブログは長年続けてきた私の対社会メッセージの発信舞台であり、県議引退と関係なく続けてきた。この点は「ふるさと未来塾」も同様である。塾といえば、今年はもう一つ、「人間塾」が加わった。これは、アジアの留学生に日本の歴史と文化を教えることを目的とする。ここでは、工夫の一つとして、紙芝居も始めた。いろいろ並べたが、私の新しい舞台はごたごたしているようだがめりはりをつけ、優先順位もあって結構楽しくなっているのだ。優先順位といえば、その上位に、小説の連載があった。これが終わり、今「癩の嵐」(仮題)を書き始めた。先日、「草津楽泉園」を訪ね、また、近くの「湯之沢部落」跡を見た。ぎりぎりの環境の中で人間は人間の真価を発揮するものだ。「重監房」は正にアウシュビッツ。

 

 今年はどんな年か。私の予感では、天変地異が爆発する。あの「3・11」は予告に過ぎない。日本人の真価が問われることになる。高齢社会が進むが、高齢者は皆哲学者だと思う。死を目前にして生とは何か、人生とは何かを命がけで考えるからだ。特に現在の高齢者の存在意義は大。70年前のぎりぎりの生き方を知る人が少なくなったからだ。バトンを受け継ぐ世代がないように思えてならないが、その絶望感を乗り越えて希望の年にしたい。(読者に感謝)

 

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