« 人生意気に感ず「甘利大臣の辞任。北の核、南も核。止まらぬ虐待死」 | トップページ | 小説「楫取素彦物語」第90回 »

2016年1月30日 (土)

小説「楫取素彦物語」第89回

四境戦争

 

 

やがて、長州軍対幕府軍の戦闘が開始された。慶応二年六月七日のことである。大島口、小瀬川口(芸州口)、石州口、小倉口の四つの国境で戦われたので四境戦争と呼ばれる

幕府は第一次征長の時と同様、簡単に制圧できると考えていたが、長州軍は強かった。幕府に対して戦うことは朝廷に尽くすことであり、ここで負ければ長州はなくなると、長州の人々は皆決死の思いで燃えた。

「女ながらも武士の妻、まさかの時はしめだすき・・・」

当時、このような歌が流行った。女までもが様々な形で戦争に参加したのだ。

寿のことろへ、幽囚の夫から文が届いた

「大勢の臣下の中から特に選ばれて、重要な役目を果たしている。お前も、松陰の妹、私の妻であることに恥じない振舞いをしてくれ」

寿は烈婦と言われた激しい気性の女。まさかの時にその本分を発揮した。夫が野山獄に入れられた時も命がけで頑張ったが、今度は状況が違った。砲声が轟き人馬が走る。

この祖先から受け継いだ地を敵に渡してなるものですか皆さん頑張りましょう」

寿はこう言って、軍器鋳造のために家にあるあらゆる鉄を献上し、一族の子弟を激励した。寿の姿は近隣の人々の心を大いに燃え立たせた。

女や子どもまでが応援する陣営は強い。一方幕府軍には兵士を燃えさせる大義はない。長州軍は各地で善戦した。特に石州口の戦いでは大村益次郎の指揮の下、長州軍は連戦連勝した。その陰には、伊之助が長崎で買い集めた新式銃の威力及び薩長同盟に基づく薩摩藩の援助があった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

|

« 人生意気に感ず「甘利大臣の辞任。北の核、南も核。止まらぬ虐待死」 | トップページ | 小説「楫取素彦物語」第90回 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「楫取素彦物語」第89回:

« 人生意気に感ず「甘利大臣の辞任。北の核、南も核。止まらぬ虐待死」 | トップページ | 小説「楫取素彦物語」第90回 »