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2015年12月31日 (木)

小説「楫取素彦物語」第80回

 そんなある日幻馬から手紙が届いた。

「出獄は慶賀の至りです。松陰殿の導きではないかと受け止めております。高杉の快挙には、こちらの異人も注目いたております。ついては貴殿と会って、天下の情勢につき話したいと思っています

 とあった。伊之助は、松陰が、幻馬を評して、何でも承知している謎の人物と言ったことを思い出していた。

 五月になって伊之助は藩主に呼ばれた。

「近く、その方、宰府に行くことになろう、正式に藩命があろうが、その折は三条卿に余の書を伝えて欲しい。長州の長い尊王の歴史を生かす上で、五卿との関係は極めて重要と心得よ」

「はい、伊之助、一度は捨てた命、身命を賭して御奉公いたす決意でございます」

「くれぐれも用心せよ。表向きは恭順に徹せねばならぬでな」

 五月、内使として宰府に赴く密使を受ける。五月十四日、塩間鉄造と変名して宰府に入った。

 その夜、意外な訪問者があった。宿の主に案内されて足音を忍ばせるようにして現れた女は、何とあの御高祖頭巾ではないか。

「お久し振りでございます。このあたり、幕府の密偵がうようよです。ご用心なされませ」

「それにしてもどうしてここが」

、幻馬様の力とお受け取りくださりませ」

 女は美しい顔を伏せて静かに笑った。伊之助は女の目配りを見て、この女、くの一かと、ふと思った。

「幻馬様がここ宰府におり、あなた様に是非お会いいたしたいと申しております。」

「先日、その旨の手紙をいただき、私もお会いしたいと思っておった」

事は急ぐとあって、翌日の夜、伊之助は女に案内されて幻馬に会った。

「わしが松陰殿に初めて会ったのは嘉永三年のことであった。鋼鉄の異国船の来航が近いことを話した時の驚いた顔が目に浮かぶ。次に松陰殿に会ったのは嘉永六年であった。ロシアの軍艦がプチャーチンに率いられて長崎に現れたことを知らせたら、松陰殿は急いでんで来た。しかし、ときわずかに遅くプチャーチンが去った後であった」

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月30日 (水)

小説「楫取素彦物語」第79回

驚く公卿を前に晋作は言い放った。

「ただいまより、長州男児の腕前、お目にかけ申す」

 華々しい決意の表明だった。十六日、払暁、晋作に率いられた八十人の一隊は馬関新地の役所を襲い内戦が勃発した。騎兵隊なども加わり、晋作の軍は勝利した。ここに正義派政権が確立し、伊之助等は直ちに獄を出された。慶応元年二月十五日のことであった。

 寿は夫の顔を見て肩を震わせて泣いた。

「あなた、お帰りなさいませ」

「苦労をかけた。これからだぞという松陰殿の声が聞こえるよう

 伊之助の声も弾んでいた。地獄のからの生還であった。

「お寿、拾ったこの命、藩のため、新しい世をつくるために捧げるつもりだ。力を貸してくれ。私の中に松陰殿が乗り移って突き動かしているように感じられるのだ」

「あなた、そうなさいませ。私の中にも兄が入って、そのように命じておるように思えます」

 伊之助と寿、天国の松陰、三者を結ぶ絆は動乱の激浪の中で不思議な高まりを見せていくのだった。

 長州は正義派が政権を握り、武備恭順を進めた。表向きはひたすら恭順だが秘かに武備に力を入れるのだ。伊之助が前年長崎で異人から買い入れた新式銃は相当な数にのぼっていた。

これを使う時は近い

伊之助は確信した。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月29日 (火)

小説「楫取素彦物語」第78回

 寿は時に大胆な行動をとった。ある時、にぎり飯の中に小さなはさみを隠して差し入れたのだ。古来、獄中には寸鉄の持ち込みも許されない。

獄中の人が爪切り、髪切りなどの道具に不自由している

こういう声が寿の耳に届いていた。寿は、夫を初め獄中の人々が不自由をしていることが哀れでならなかった。

(見つかれば面倒なことになる)

寿はそう思ったが、獄中の人々を想像すると我慢できなかった。

この小はさみソロバンに乗せ、隣りに通じる窓の隙間を走らせて次々に同囚の人に使われたという。

 

 

 

 高杉立つ。

 

 

 俗論党の弾圧に高杉晋作は憤激し各地で訴えた。

長州が一丸となって幕府に当たるべき時ではないか関が原以来の我が長州の思いを忘れたのか。それのみか、幕府に尻尾を振って正義派を弾圧するとは何たることか。こを認めれば長州の精神が消える。今こそ、長州の心意気を天下に示す時である」

 晋作は決然と行動を起こした。元治元年十二月十五日深夜、功山寺に潜居中の三条実美ら五卿を訪ねた。この時、晋作は烏帽子(えぼし)型の兜を首にかけ、紺糸威(こんいとおどし)の小具足に陣羽織をまとっていた。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月28日 (月)

人生意気に感ず「1年が終わる。政治塾とふるさと塾。乳房全摘ミス。浜岡原発の長城」

 

 ◇1年が終わる。激しい1年だった。26日は、2つの「塾」があった。昼は自民党県連で政治塾、夜は私の「ふるさと塾」。共に今年最後の塾で力を入れた。さすがに疲れたが達成感は格別。仲間と食べた朝鮮料理はうまかった。 

 政治塾では憲法を語った。憲法の理解は主権者として必須だが、政治を志す者にとってはとくに不可欠で、あらゆる政策を考える場合の基盤であり、座標軸なのに現状は情けないと語り出した。大日本帝国憲法との比較、現憲法の特色を話した。特に、押し付けられたとされる中味、改正の限界等熱く語った。

 

◇ふるさと塾は1年を振り返った。主に、日本国憲法(最高裁の判例をいくつか)、「原爆と原発」、ハンセン病(らい)の要点を。原発では、「3・11」後の国会事故調の驚くべき指摘を確認。天災でなく、「人災」であること、その中味として、アメリカの核テロに関する警告の無視、最新の放射能飛散予測器スピーディを使えなかったこと、「最悪のシナリオ」を隠したことなど。この事故調は国民による国民のための調査であり、その目的は教訓をいかに生かすかにあるが、あの事故が風化されつつあると訴えた。来年1月はお休みであることを伝え、紙芝居の実演もした。また、産経(群馬版)の127回の連載小説が終了したこと、次の小説の計画は「らいの嵐(仮題)」であることも話した。嵐の1年であった。

 

◇若い女性にとって乳房は命に違いない。とんでもない医療事故が起きた。摘出の必要がないのに、患者取違いのミスで全摘出を受けた。女性の心中は察するに余りある。30歳代と50歳代の検体のとり違いは、千葉県がんセンターで起きた。どのように責任をとるのであろうか。病院長は、「そこの部分は戻らない」と言っている。被害女性の怒りは、訴訟で解決する他はない。取り違え事故は多発している。厳格に事実を調べ責任を追及することが再発防止につながる。医療の世界全体が、今日の世相の中で、医の原点を忘れている。刑事、民事両面の責任を訴訟の場で天下に晒すべきだと考える。

 

◇浜岡原発は最も危険な原発の一つとして、稼働停止になっていた。南海トラフ型巨大地震が来たらどうするのか。高さ22m、長さ1・6キロの長城のような防潮堤が完成した。安全対策の総工費は3千億円後半だという。「3・11」も生かし安全神話を乗り越える長城だ。(読者に感謝)

 

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2015年12月27日 (日)

小説「楫取素彦物語」第77回

 寿は獄中の夫をよく支えた。

「夫を支えることは、妻の役目であると共に、妻にとって戦いです。そのためには何でも命がけでやらねばなりません」

寿は、妹の文にこういって決意の程を示した。

寿は時々思い切った行動に出た。

「いつも主人がお世話になります。これは私がつくったおはぎです。ほんの少しですが、食べてくださいませ」

寿はある時、獄舎を訪ね、秘かに隠し持ったおはぎの包みをそっと獄吏に渡した。

「うむ。けなげな心づかい、感心です。伊之助は幸せ者だ」

「あらそんな。誠に恐縮ですが、夫にも食べさせたいので、これを届けて頂けますか」

「は、は、は、内緒ですよ。奥さんの熱い心に免じて、しかと届けましょう」

獄吏に夫を思う妻の心が通じたのだ。

当時の野山獄は太い木々におおわれ夜などは凄い光景であった。ある雨の夜更け風が出て雷鳴が響いていた。夫がどんなに淋しい思いをしているかと想像するとたまらなかった。

「さあ、これから、お父さまの所へ行きますよ」

そう言って、寿は子どもをつれ出して獄の前に立って言った。

「あそこにお父様がいるのです。お父様は正しいのです。必ず許されて家に帰る日が来ます。それまで、お前たちも、お父様の苦しさを思って学問に励まねばなりませんよ」

「はい、母上。お父上に負けずに頑張ります」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月26日 (土)

小説「楫取素彦物語」第76回

 俗論党(恭順派)政権の弾圧は容赦なく進み、元治元年十二月十九日、伊之助は遂に野山獄に投ぜられることになった。兄剛蔵のことがあったので伊之助は死を覚悟して妻に遺書を書いた

「かつて松陰殿がもののふの常としてお前たちに諭した危機の場面とは今この時と思うべきだ。

 とくに、二人の子どもを養育して忠義の道を訓導して欲しい。昔、苦労して読んだ四書、詩経、易経などは書き入れもしてある。これを見せて私の勤学の有様を知らせてほしい。子どもたちの物の理解が進むまで、お前が念を入れて紛失しないように注意してくれ。また家に残してある御先祖の書き物、名高き人の掛物類も粗末に扱ってはならない。子どもたちが成長してこれらの手蹟を見てその人とりを考える時大きな成長の糧となるだろうから」

 伊之助は、二人の子にそれぞれ歌を遺した。長男篤太郎には、

「たらちねの母のをこころして雪の窓にも文を読まなん」

と、長男に儒学の家を継がせようとする父親の意志を示した。

また、次男久米次郎には、

「亡き後のかたみとのこすよろいびつあけてこそ知れ親の心を」

と、武士の道をしっかり歩めと決意を伝えた。

 なお、妻寿には特に漢詩を残し感謝の心を伝えた。

 

勤倹十年労家政 裁縫紡績幾営為

 糟糠末報阿卿徳 又向獄中賦別離

 

十年間お前は倹約につとめ家のきり回しに力を注、長いこと裁縫やはたおりのことをやってくれた、お前の妻としての苦労と徳に報いることが出来ず、今、獄に向かって別れを告げなくてはならない

と、伊之助妻への思い切々と詠んだ。伊之助は、当時の男にしては珍しく妻への深い愛情を隠さなかった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月25日 (金)

人生意気に感ず「世界津波の日に。安政南海地震とは。司法試験に泥を塗った罪」

 

 ◇11月5日が「世界津波の日」に決まった。国連総会は、日本提出の決議案を採決した。津波に関する啓発運動と津波対策が国連の場で議論されることになる。津波は、地球自体の出来事であるから全世界が注目する必要がある。「世界津波の日」が設けられたことにより、日本やチリ等、いつも津波に襲われる国以外も全ての国が津波に注目することになる。津波の研究、助け合いも地球規模で行いやすくなる。災害に関し、世界は一つよいう気運が作られることは重要なことである。 

◇国連の採決は、日本にとっては、確実に近づいている巨大地震と巨大津波への関心を高める契機となる。11月5日は、日本では「津波防災の日」。地震の歴史を振り返ると興味深い日である。安政南海地震が発生した日なのだ。「11月5日」は、「稲村の火」にちなむという。濱口梧陵が高台の稲に火を放ち人々を引き寄せ津波から救った故事。昔の「小学国語教本」にあった。今、新たな大災害の時代に際し、この故事の復活と、「3・11」に関する新たな教材を作るべきだ。国連の「津波の日」はその好機ではないか。

 

◇安政南海地震に、私は格別の思いを抱く。1854年安政元年には、M8.4の安政東海地震が発生し、その32時間後に、やはりM8.4のこの安政南海地震が発生した。現在恐れられているのは、この連動型の巨大地震とそれに伴う巨大津波である。安政元年は日本にとり、実にホットな年で前年に続いてペリーが来航し3月、日米和親条約が結ばれた。安政南海地震はペリーが去った後のこの年の年末のこと。この時、ロシアのディアナ号が遭遇して船は大破し日本人はこれを助けた。吉田松陰がペリーの黒船に乗り込んだのはこの年3月28日であった。なお、楫取素彦は前年(1853)、萩に帰り、松陰の妹寿と結婚している。1859年松陰は安政の大獄に連座して死ぬ。30歳だった。

 

◇司法試験の問題を教え子の女に漏らした教授に執行猶予の判決が下った。この欄でも取り上げた事件。守秘義務違反として、国家公務員法違反に問われた。東京地裁は「交際していた女性を合格させるため」犯行に及んだと指摘して懲役1年執行猶予5年と判示。私は事件の本質を考えたら軽すぎると思う。司法試験の根幹を傷つける犯罪に執行猶予とは。失職など社会的制裁を受けていることを挙げているが、納得できない。他の事件と比べての刑の公平性ということは問題とならないのか。(読者に感謝)

 

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2015年12月24日 (木)

人生意気に感ず「中国の土砂崩れは国家の崩れ。五輪新案のコストに思う。留学生受入の理念」

 

 ◇土砂崩れで不明者85人とは。中国広東省の出来事は正に人災であり、中国の行き詰った政治の断面を現しているようだ。深セン工業団地。高さ100mにも積まれた土砂が崩れ5階建ての建物が埋もれて見えなくなっているという。 

 住民が危険性を指摘しても行政は対応じなかった。業者に工事を発注すれば癒着を攻撃されるというのだから呆れたものだ。それ程に癒着と汚職が広がって日常化しているということだろう。

 

◇先日、群馬県日中友好協会の理事会が開かれたが、私の友人でもある郭同慶氏は別のことで「中国は法治主義でなく人治主義だから」と発言していた。法治が相当進んでいるが人治の部分がまだまだ多いということなのであろう。人治で人が決める要素が大きければ情実や賄賂の入る余地が大きいということだ。

 

 中国の汚職は想像を超えるものらしい。習近平主席は血眼で撲滅を図っている。それは政争の具にもなっている。大物政治家が次々と粛正されていく。全ての公務員が戦々恐々。社会主義の国家は公務員の役割が大きいのだから、これでは国家が回っていかない。一説には、PM2・5などの大気汚染が改善されないのも役人が萎縮して労働意欲を失っているからだと言われる。

 

 折しも、温暖化による異常気象は増々加速している。この天災と国家的規模の構造的な人災が重なって、共産党の一党独裁は正に危機に瀕している。

 

◇やっと決まった。東京五輪・パラリンピックの国立競技場の計画案だ。混乱して大騒ぎで、大会組織委会長で元首相の森喜朗氏は工期が無理だと言っていた。採用されたA案は十分間に合うのだという。雨降って地固まるという感じ。あとは安全な五輪・パラリンピックを実現することに尽きる。

 

 驚くのはコストの変化。旧案は2651億円だったが、採用された案は、1490億円。その差、何と1161億円。しかも、新案は、法隆寺五重塔を想起される軒が重なった造りだという。大建造物というのは、設計者によってこんなにも差が出来るのかと驚く。他の建造物にも共通した問題とすれば、税の使い方として国民の信頼を揺るがすことになる。審査のやり方に問題があるのではないか。

 

◇私たちは今、アジアの留学生の受け入れ環境に力を入れている。文化とおもてなしの心を重視して。(読者に感謝)

 

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2015年12月23日 (水)

小説「楫取素彦物語」第75回

はい。家のことは、寿がしっかりと守ります。寿は、あなた様のことが心配でなりません。大二郎兄、玄瑞殿、そして、剛蔵様と、私たちを苦しめる力はどこまで続くのでございましょうか」

 気丈な寿も途方に暮れた様子であった。

 そんな時、長崎の幻馬から手紙が届いた。

「四国(よんこく)との戦いは一応決着の由、胸をなで下ろしています。交渉役の宍戸とか申す若者の放胆と機知に諸国の異人ども煙に巻かれ、また、しきりに感心したとのこと当方に漏れ伝わっています。これは、あの世から松陰が立ち現れ活躍したものかと秘かに喝采いたております

 幻馬の手紙はこのように始まり、今後の見通しを大胆に述べる。

 それは、

イギリスは長州に好意を抱き始めている。幕府の統治能力に疑問を持っている。長州は藩内が割れて争っているようだが、今こそ力を合わせるべき時だ。幕府を恐れる余り有効な対策がとれなければ自滅してしまうだろう。松陰の死を無駄にしないようにすべきだ

ざっとこのような内容であった。

 これに対して伊之助は次のような返書を書いた。

貴重なご意見は誠にありがたい。藩内の恭順派は大局が分からず、ひたすら幕府を恐れ我ら正義派を弾圧しています。力を合わせなければならない時に逆をいっているのです。これは長い長州の伝統を踏みにじるものだ。両派の対立は長州の大義を貫くか、姑息生きのびることを選ぶかの対立で。松陰が残した松下村塾の精神を今こそ守るべきと考えています」

苦しんでいる伊之助はこんな胸のうちを幻馬に書いた。幻馬の不思議雰囲気がなぜか伊之助の心を開かせているようであった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月22日 (火)

人生意気に感ず「安藤昇の大往生。県会引退のこと。人権を貫く」

 

 ◇安藤昇が死んだ。全く別の世界の人であったが、一種のあこがれに似た感情を抱いていた。元安藤組組長。法政を出たインテリヤクザだった。作家の阿部譲二は子分だった。いくつまで生きるのか興味をもっていたが、89歳まで生きたとは。白木屋事件で有罪になり前橋刑務所にも入っていた。この人が描く喧嘩人生は格好よかった。新宿の不良が集まる喫茶店に乗り込み、相手のボスの大男と対峙する場面がある。いざとなったらこうしようと段取りを決める。その通りになった。目の前の灰皿の棒を振りかざして頭をかち割って機先を制する作戦だった。実は私の書斎に彼の写真がある。頬の大きな刀傷。手術の時、麻酔を使わせなかった。縫った傷が汚くなるのだという。いい男振りだった。自ら主演した映画は体験を地で行ったようで見応えがあった。後日、お別れ会を開くという。そこに集まる面々を見れば安藤の人生が分かるのだろう。熱い血の男は、別の人生を歩んでも頭角を現したろう。人生は面白い。 

◇県会議員の面汚しとなったのが号泣県議。これは精神的におかしかったのかも。今度は佐賀県の県議が駐車中の車内で下半身を露出していたとして、公然わいせつの疑いで逮捕された。隣に駐車した人に通報された。車内でも「公然」なのかと思うが、争えなかったのだろう。国会議員の大臣でも過去の下着泥棒が指摘されているのだから政界の不祥事は、止まるところを知らない。政治不信は今、1つの頂点だろう。

 

◇私自身の今年の重大ニュースの第一は県議引退である。政治家としては自分の資質を生かしきれない面があった。今度、生まれた時はという思いは誰もが描くことであるが、生きているうちに、もう一つの人生を、というのが決断の動機であった。人生の別の舞台に立って思うのは、県議の体験を生かす大きな可能性があること。産経・群馬版の「小説・楫取素彦」は23日で完結となる。主人公楫取も県議生活の中で私の胸に育った一つの理想像であった。日本国憲法の「人権」は県議生活の政策を通して常に意識されたこと。小説楫取を貫くものも「人権」であった。

 

 今、構想を練っている小説はハンセン病(らい)と共に生きた人々の物語である。無知が差別と偏見を生む。人権を否定された人々の熱いドラマが足下の群馬にあることを深く考えなかった。重監房や死の川、投げ捨ての谷が待つ。(読者に感謝)

 

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2015年12月21日 (月)

人生意気に感ず「産経記者の無罪と民主主義。裁判員裁判の死刑執行」

 

◇産経記者の無罪判決が出たが、それに至る韓国の状況はこの国の民主主義の実体を天下に晒すものだ。大統領のプライベートな噂を書いたことが名誉棄損に当たるとして起訴され、懲役1年6か月が求刑されていた。日本では絶対にありえない。

 

 問題とされたコラムの記事とは、例のセウォル号沈没事故の時、朴大統領の所在が7時間も分からなかったとこと、及び、この間、男と密会していたという噂である。この噂は韓国紙で書かれたものを伝えたものだ。セウォル号事件では真先に脱出した船長の責任が厳しく問われたが、朴大統領の「7時間」の問題は、一国のトップの行為としてより重大であるし、「噂」が事実とすれば大統領辞任にも繋がる筈である。日本人記者を厳しく非難することで国民の目を逸らそうとしたのかと勘ぐりたくなる。

 

 ソウル地裁は「韓国は民主主義を尊重する。外国人記者に対する表現の自由を差別的に制限出来ない」と述べた。世界のメディアが批判したように、起訴すること自体がおかしかった。韓国紙・京郷新聞は、「韓国は自国の大統領を批判する海外メディアの記者を裁判に送る言論後進国という汚名と外交的孤立を検察が自ら招いた」と論じている。

 

 もう一つ重大な問題は、「司法権の独立」である。判決公判に先立ち、韓国外務省は「前向きな日韓関係のための役割を裁判に求めた」というのだ。これが判決に実際に影響を与えたかどうかとは別に、行政機関が裁判所に働きかけることが司法権の独立の上で問題なのだ。

 

 韓国では大統領が権力を下りると在職中のことで死刑に問われたり、死刑判決を受けた元大統領が特赦されたりすることがよくある。司法権の独立は権力の都合により不利を受けることがあってはならないことを保障するもので、表現の自由の保障と共に民主主義の根幹である。日本では今から123年前、巡査がロシア皇太子を襲撃した大津事件で政府の圧力に屈しなかった児島大審院長が司法権の独立を守ったと教科書でも教えられる。

 

◇裁判員裁判による死刑囚の初の死刑執行がなされた。裁判に参加した裁判員の苦悩が報じられている。悩むのは人間として当然。私は終身刑の制度化を求めている。執行には法相の署名が必要。署名しなかった法相は平成18年以降で7人。この間の署名で突出しているのは鳩山法相の13人。(読者に感謝)

 

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2015年12月20日 (日)

小説「楫取素彦物語」第74回

 そうだ、高杉晋作をおいて他にない。松陰の心は松下村塾に受け継がれ、松下村塾で松陰の代わりが出来る人物とは、玄瑞なき今、晋作以外にない。松陰をあの世から呼び戻せとはこういう意味だったのか

伊之助は密かに藩主に会ってこの考えを告げた。

 晋作は、家老の宍戸刑馬を名乗り、全権使節となり、イギリスの艦船に乗り込み大芝居を打って、列国の代表たちを煙にまいた。晋作はイギリスの軍艦に一歩踏み込んだとき、師松陰の姿を想像した。天上で師が励ましていると思うと勇気が湧いた。

長州は負けたのではない

晋作は頑として謝罪しない。

賠償金は認めるが、そんな金は長州にはない。幕府の命令でやったのだから幕府に請求すべし

こう言い張って、とうとう講和をまとめてしまったのである。晋作の振舞いと姿は松陰を骨格にして役者の肉付けをしたようなものであった。それこそが、幻馬がいう松陰をあの世から呼び戻した姿に見えた。

 

 

 幕府への恭順

 

 

 四国との戦いは、晋作の機知により一応切り抜けることが出来たが、幕府に謝罪することはより大変なことであった。長州藩内は正義派と俗論党に分かれて争った、椋梨藤太を首領とする俗論党、即ち恭順派が主導権をにぎり、正義派に対して過酷な弾圧を加えた。

 三家老の首を幕府に差し出し、四参謀、七政務員を処刑した。この政務員の中には伊之助の実兄松島剛蔵も含まれていた。伊之助は身に危険が迫っていることを感じた。伊之助は妻寿を呼んで言った。

「安政の大獄のよう。剛蔵兄の処刑は松陰の処刑と同じように辛い。私の身辺も調べられている。万一を考えいろいろ準備しておくように」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月19日 (土)

小説「楫取素彦物語」第73回

寿が口を開いた。

「文ちゃん、私たちは武士の妻です。矢や弾が来ない所にいる私たちは夫と共に戦場にいる覚悟が必要です。辛いけど頑張ってくださいね」

 文は、もう泣いていなかった。その表情には武士の妻の決意が甦っていた。

 ある長州藩士が言った。

「長州は朝廷のために戦って、朝敵とされ、その上、幕府から厳罰とは。こんな馬鹿なことがあるか」

又、ある藩士はこれに合わせて叫んだ。

「その通りだ。朝敵の理由は、禁門に我が兵の弾が流れたことをもって、朝廷に発砲したと言っている。こんなことが天下に通用するか。朝敵たるの理由が間違っておる。これは、朝廷を悪用することで、朝廷を侮辱することに外ならぬ」

第一次長州征伐は元治元年八月二日発令された。そして、同年八月五日、英、米、仏、蘭の国艦隊は長州下関を攻撃した(下関戦争)。

 長州にとって、正に前門の虎後門の狼であった。窮地に立たされた長州は四国(よんごく)と講和を結ぶと共に幕府に対してはひたすら恭順の姿勢を示す以外になった。

 伊之助は、幻馬が語った通りにことが展開していくことに驚いた。講和を結ぶことになった。伊之助は松陰をあの世から呼び戻せという謎の言葉の意味をずっと考えていた。松陰が黒船に乗りこんで必死に談判した姿を想像した。

大胆にして機知に富み、人間としての誠意と魅力を伝えられる人とは)

伊之助ははたと思いつくことがあった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月18日 (金)

人生意気に感ず「モスクで楫取の紙芝居。刈羽原発とみなかみ町。教科書と先生への謝礼金」

 

◇モスクで楫取の紙芝居をした。私が関わる学園には多くのイスラム教徒が集う。彼らのために学園の一角にモスクを開設した。イスラム教徒にとって今受難の時である。日本人は無宗教が多いこともあり、異教徒に対する寛容さに欠けるところがある。特にイスラム教徒に対しては、最近の国際テロ事件もあって不気味さを感じる人も少なくないようだ。無知が誤解と偏見を生む。国際化が増々進む中でイスラム教徒を避けることは出来ない。それは憲法の国際協調主義、平和主義、人権尊重等の観点からも妥当なことではない。そこで、学園は思い切ってモスクを開設した。イスラム教のひげの指導者が祈り、多くの学生たちは頭を畳にすりつけてそれに合わせた。型にあらわして祈ることの少ない私たちは、宗教の実態を目の当たりにした。

 

 私は、日本の歴史、群馬の歴史として、新しい時代の扉を開いた松陰と楫取を語った。知行合一とは何か。真の知識は真の行動を導く。松陰と楫取の教えが若者を動かして日本と群馬の礎を築いた。その教えは、時を超えて今でも私たちの胸を打つと語った。私服の警察官が二人参加した。私たちは、参加の申し入れを快諾したのである。モスクに集う人々の中に不穏分子が紛れ込まないことを祈る。

 

◇新潟県の原発事故で、放射性物質が群馬に飛来する可能性がある。刈羽原発事故のシミュレーション結果によると条件によっては、みなかみ町まで拡散するという。

 

 私は県議時代この問題を取り上げ、風向きによっては、同原発事故による放射性物質が群馬に飛来するとする専門家の研究を紹介したことがある。群馬には原発がないから大丈夫という安全神話に警鐘を鳴らすつもりだった。県の境界線内にないというだけである。県境外の刈羽までは、県境からわずかな距離。

 

 今回の新潟県のシミュレーションは、具体的にみなかみ町に拡散するという結果を示した。県及びみなかみ町は連携して対策をとるべきである。テロの攻撃の恐れという、今日的状況も加わったことを指摘したい。

 

◇この欄で先日取り上げた三省堂教科書の謝礼問題。本県の小中学校の3人の校長は三省堂から受け取った現金を返したと言っている。教科書採択の公平性に暗い陰を投げる問題だ。教科書検定制度の重要性への自覚がないのでは。県教委は問題の原点を見詰めるべきだ。教科書の信頼は教育への信頼。それが脅かされる。(読者に感謝)

 

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2015年12月17日 (木)

人生意気に感ず「イスラム国への猛爆の行方。夫婦別姓。再婚禁止期間。モスクで紙芝居」

 

 ◇「イスラム国」への空爆は凄いことになっている。モグラ叩きのような観がある。一般市民が混ざっている。「イスラム国」側は、市民を盾に使おうとしている。昨年からアメリカが主導する空爆は計9千回近いといわれる。 

「イスラム国」に対する世界の包囲網は更に加速しているようだ。サウジアラビアが中心になって34か国がテロに対する連合を結成すると伝えられる。追い詰められた「イスラム国」が戦術を転換して国外のテロ活動を一層活発化させることが心配だ。最近の靖国事件は、日本の無防備ぶりを物語る。

 

◇最高裁は昨日、2つの大法廷判決を下した。いずれも、私たちの市民生活、家族の在り方等に大きな影響を与える判決である。最高裁は国会が作った法律が憲法に違反するか否かを審査する、いわゆる違憲立法審査権をもつ。昨日の判決では、一つは合憲、一つは違憲と判決した。

 

◇合憲とされたのは「夫婦は婚姻の際、夫又は妻の氏を称する」と定める民法750条。婚姻の自由を妨げるから憲法違反だとする主張をしりぞけて合憲だとした。原告女性の言い分は、この規定のため多くは夫の姓となり、女性差別だというもの。これに対し、判決は、戸籍は一方に決めるが、旧姓を通称として使用することが認められているからとした。又、別姓については国会で議論すべきだとも判旨。私などは日本の家族の制度を守るため現状がいいと考えている。

 

◇違憲とされたのは、「女は前婚の解消から6か月は再婚出来ない」と定める733条。早く再婚すると腹の子が前夫後夫いずれのものか分からなくなるという理由だ。6か月は長すぎる。女性の婚姻の自由を妨げる。判決は、100日を超える部分につき憲法に違反するとした。

 

 この判決を予想していた法務省は、この日のうちに全国の市町村に100日を超えた婚姻届を受理するよう通知を出した。民法733条は、今後国会によって改正されることになる。最高裁が法令を違憲としたのは10例目。有名なのは旧刑法200条、尊属殺人の規定。現在削除となっている。尊属を殺した者は死刑又は無期となっていた。余りに重く、憲法14条の平和原則に反するとされた。

 

◇今日、多くのイスラムの若者が集まりモスクを開く。私は「松陰と楫取」の紙芝居をやる。警察が関心を抱き見に来るとか。力を入れたい。(読者に感謝)

 

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2015年12月16日 (水)

人生意気に感ず「アジアの留学生を叱る。紙芝居大いに受ける。県議会を訪ねる」

 

 ◇14日、午前中第4回人間塾、午後は紙芝居の実演を。アジア諸国の留学生約40人。月1回の特別授業に、私は若者を授業にいかに引き込むかに工夫を凝らす。日本語が十分に分かる者とほとんど理解出来ない人たちが混ざっている。この若者たちに映像を使って群馬の文化、歴史、産業などを語る。あくび、私語などのだらけた様子を私はどうしても許せない。日本の大学生も酷いものだと聞いている。この日私は一つの挑戦をした。彼らの心に立ち入って本気を引き出せるかどうかに。彼らの中に進み入って聞いた。「私は真剣だ。真剣に授業を聴けない人は出ていけ」傍聴の先生に指示して後ろのドアは開け放たれた。「私が怒ることに不満の者は出てこい。言葉でも腕力でも相手になるぞ」私は机を叩いて言った。広い空間にピリッとした緊張感が流れ、全ての者が姿勢を正した。その後の授業は理想のものであった。このクラスはものになると私は確信した。先生の話によると、「若者は授業で怒られたことがない。怒る先生がいない」とのこと。国の内外を問わず、心は通じる、面倒を避ける先生は怠慢なのだと思う。これは全ての学校教育に通じることに違いない。会場はロイヤルホテルの「まゆだま」の間である。 

◇紙芝居は、クアラルンプールの高校生に見せた。昔街角でおじさんが演じたあれ。木の枠に入れて語る。順に絵を引き出して、ドラマの盛り上がりの所では「ドドンドン」と太鼓を打つ。物語は「吉田松陰と楫取素彦」。「松陰は幕府に逆らって首を切られましたが、彼の心には永遠に私たちの胸に生き続けております」。ドドンドン。アジアの高校生たちは太鼓が面白いらしく、歓声を上げていた。紙芝居は私の夢で、いつか街角でやってみたい。

 

◇昨日、久しぶりに県議会棟を訪ねた。「花燃ゆ」が終わった時点で挨拶がしたかった。幹事長と打ち合わせ、9時半の議員団総会の前の時間をもらった。「花燃ゆは終わりましたが、これを契機に楫取の顕彰に一層力を入れたいと思うので宜しくお願いします」と挨拶。合わせて、今月16日午後10時からGTVで、映画・楫取素彦物語の放映があることを伝えた。私の古巣は新しいメンバーも入って活気があった。皆温かく迎えてくれた。野党の控室を回り、執行部も主な所を回りパンフレットを渡した。教育委員会からは「推薦」の文をもらっているので特にお願いした。(読者に感謝9

 

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2015年12月15日 (火)

人生意気に感ず「靖国事件は大きな警鐘。テロ情報を。トランプとルビオ・両候補の違い」

 

 ◇「花燃ゆ」が終わった。13日はテルサで6時から最終回を観た。懇親会は、会場を移して行われたが、多くの人たちの表情には余韻の火照りが感じられた。楫取素彦5代目当主は挨拶に立って、全く無名の楫取を世に出してくれたことに感謝の意を示し、その中で私の名を挙げておられた。この一言によって、私は楫取素彦顕彰会と共に大いに 

報われたという思いを抱き感激した。鏡割りの儀式には私も参加し、心地よく木槌をふるうことが出来た。

 

◇懇親会の席で私の胸に去来したことは、楫取素彦の顕彰活動はこれからが本番だという決意である。本来、NHKの「大河」とは関係なく始めたこと。しかし、「大河」は計らざる援軍となった。「大河」の熱は急速に冷めるだろう。しかし、百回を超える講演活動と「読本」の効果はこれからも静かに広がっていくと信じることが出来る。

 

◇ヒューストン国際映画祭でプラチナ賞を得た映画「楫取素彦物語―生涯の至誠」は、私が企画・原作で櫻井顕監督作品である。NHKの「大河」のような派手さはないが、監督の映画に寄せる情熱と信念が貫かれている。各地で放映しているが、今月26日午後10時、GTVで放映(再放送は来年1月4日午後8時)。この映画も今後顕彰活動の有力な手段となる。産経新聞連載の私の小説・楫取素彦物語は、今月で最終回を迎える予定である。楫取と共に走り、楫取と共に一年を終える思いである。

 

◇インドとの関係が強化される。原発輸出の方向と、新幹線の導入である。日本の原発輸出を可能にする原子力協定の締結に原則合意。原発と原爆は同根である。従って、原発の輸出はインドの核政策に関係することになる。

 

 日本が核エネルギーにつき平和利用の原則を堅持するのは当然であるから、安倍首相は、インドが核実験した場合は協力を停止することを伝えた。日本国内の原発に反対する立場からは原発の輸出を認めることは出来ない。

 

 インド発の高速鉄道計画に日本の新幹線方式導入が決定された。こちらは朗報である。インドは他に6路線の計画があり、今回の決定はこの6路線の新幹線化につながるだろう。新幹線はテキサス州やタイでも採用が検討されている。新幹線が走る美しい姿は日本の技術が安全を乗せて走る姿。インドネシアで中国に負けたことが残念である。(読者に感謝)

 

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2015年12月14日 (月)

人生意気に感ず「花燃ゆ終了と顕彰会。映画・楫取素彦物語。原発輸出と新幹線輸出」

 

 ◇「花燃ゆ」が終わった。13日はテルサで6時から最終回を観た。懇親会は、会場を移して行われたが、多くの人たちの表情には余韻の火照りが感じられた。楫取素彦5代目当主は挨拶に立って、全く無名の楫取を世に出してくれたことに感謝の意を示し、その中で私の名を挙げておられた。この一言によって、私は楫取素彦顕彰会と共に大いに 

報われたという思いを抱き感激した。鏡割りの儀式には私も参加し、心地よく木槌をふるうことが出来た。

 

◇懇親会の席で私の胸に去来したことは、楫取素彦の顕彰活動はこれからが本番だという決意である。本来、NHKの「大河」とは関係なく始めたこと。しかし、「大河」は計らざる援軍となった。「大河」の熱は急速に冷めるだろう。しかし、百回を超える講演活動と「読本」の効果はこれからも静かに広がっていくと信じることが出来る。

 

◇ヒューストン国際映画祭でプラチナ賞を得た映画「楫取素彦物語―生涯の至誠」は、私が企画・原作で櫻井顕監督作品である。NHKの「大河」のような派手さはないが、監督の映画に寄せる情熱と信念が貫かれている。各地で放映しているが、今月26日午後10時、GTVで放映(再放送は来年1月4日午後8時)。この映画も今後顕彰活動の有力な手段となる。産経新聞連載の私の小説・楫取素彦物語は、今月で最終回を迎える予定である。楫取と共に走り、楫取と共に一年を終える思いである。

 

◇インドとの関係が強化される。原発輸出の方向と、新幹線の導入である。日本の原発輸出を可能にする原子力協定の締結に原則合意。原発と原爆は同根である。従って、原発の輸出はインドの核政策に関係することになる。

 

 日本が核エネルギーにつき平和利用の原則を堅持するのは当然であるから、安倍首相は、インドが核実験した場合は協力を停止することを伝えた。日本国内の原発に反対する立場からは原発の輸出を認めることは出来ない。

 

 インド発の高速鉄道計画に日本の新幹線方式導入が決定された。こちらは朗報である。インドは他に6路線の計画があり、今回の決定はこの6路線の新幹線化につながるだろう。新幹線はテキサス州やタイでも採用が検討されている。新幹線が走る美しい姿は日本の技術が安全を乗せて走る姿。インドネシアで中国に負けたことが残念である。(読者に感謝)

 

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2015年12月13日 (日)

小説「楫取素彦物語」第72回

伊之助はこうつぶやいて考え込む。

「居るではないか。吉田松陰殿がいるではないか」

幻馬はこともなげに言った。

「冗談を言っている場合ではなかろう。ことは我が藩の存亡がかかっているのだ」

伊之助は気色ばんで幻馬の目を睨んだ。

「は、は、は、天国の松陰殿を呼び戻せ。長州の存亡がかかる昨今の状況、松陰殿といえど、成仏できず、そこらに居るかも知れぬ」

幻馬は謎めいた笑いを見せて言った。

伊之助は、ほぼ二か月長崎に滞在して長州に帰り、長崎で得た情報をつぶさに藩公に報告した。その中には、幻馬から聞いたことももらさず含まれていた。敬親公は伊之助の報告に満足された様子で、「吉岡絞付」を与えてした。藩主敬親は、戦いは避けられぬと大変悩んでいたが、良い負け方があると聞き目の前が開ける思いがした。

敬親公は伊之助を密かに呼び出して言った。

「帰ったばかりで大義であるが、再度長崎に行き、異国人から最新式の銃砲を可能な限り買い付けよ」

かくして伊之助は三月に再び長崎に出向き、異国人相手に銃砲購入に携わった。

 

御高祖頭巾のお綱の仲介で幻馬の世話になったことはいうまでもない。

元治元年七月十九日、巻き返しをって長州は京へ兵を出し、禁門の変を起こした。長州は破れ久坂玄瑞は自刃した。二六歳の若さだった。

この報が届いた時、文の落胆は激しかった。一人仏間にこもり、夫からの書を抱いて泣いた。杉家の女たちが集まった。母滝が重い口を開いた。

「大二郎に続くこの度の不幸。お国のためとはいえ誠に辛い。誰を怨めばよいのだ。皆さん、ここで泣いていては命を捧げたお方に相済みません。家を守るのが女の役目です。文を支えていきましょう。私たちの心が一つになっていることが、大二郎と玄瑞殿の霊を安心させることです」

 女たちは滝の言葉の一語一語を噛みしめていた。女たちが静かな戦いに望む場であった。

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月12日 (土)

小説「楫取素彦物語」第71回

 

伊之助の声はいらだちを隠さない。

「最良の策は何といっても戦わぬことだが、それは考えられぬ彼らは、すでに理由もわからぬまま長州から砲撃を受けている。これに対して何も出来ないようでは今後の外交政策が成り立たない。彼らはそう考えてるのだ」

「負けると決まったものでない。陸上に誘い込んで戦えば、地の利を知り尽くした我が方に分があるだろう」

「いや、敵はそんなに甘くない。長州の砲撃から七か月が過ぎた。この間を彼らが無為に過ごしたはずがないではないか。陸戦に備えた研究を十分にやったとみなくてはならぬ。西洋の集団戦法は実に巧み。それに小銃の威力は我が国の比ではない。これは、アヘン戦争で清が破れた時の状況が雄弁に語ってる」

 幻馬は、ここで話すのを止め、伊之助の反応を窺っている風であった。

幻馬という男、何でも知り尽くしている。益々もって謎だ

と伊之助は目を閉じて幻馬の言葉を心に刻み、次に何が語られるのかを待った。

「打つ手はある」

幻馬はぽつりと言った。

「何ですか、それは」

伊之助は身を乗り出して言った。

「良い負け方をして、それを和睦に生かすこと

「ほう何と。して、良い負け方とはどんな負け方をいっておるのか」

「長州は手強い相手、追い詰めるのは得策でないと思わせることだ。この長崎の地で優秀な小銃を手に入れよ。わしが力を貸そう。そして、和睦の交渉。姑息な手は通じない。誠意をもって、巧みに攻めるのがいちばん。ほかに手はない

「うーむ。つまりということか。そのような交渉が出来る人物が我が長州におろうか」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月11日 (金)

人生意気に感ず「中国の拷問状況。小林多喜二.トランプ発言とイギリス。前高OB会」

 

 ◇「過去に例を見ない規模の摘発で身柄を拘束」、「虐待が激化している」。これは国連の人権に関する委員会が、中国当局の弁護士、活動家に対する拷問を指摘したもの。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は、先月の報告書で、中国の拷問を次のように発表した。「電気ショックを受け、殴られ、蹴られ、水を入れたボトルや靴で打たれ、睡眠を許されず苦痛を伴う姿勢で何時間も鉄の椅子に固定され続けた」と。 

◇戦前、昭和8年の小林多喜二の凄まじい拷問死を連想させる。特高によるなぶり殺しだった。老母は屍にすがって「ああっ、いたましい。いたましい。よくも人の大事な息子をこんななぶり殺しできたもんだ。おおっ、兄ちゃ、どこがせつなかった?どこがせつなかった?」と声をあげて泣いた。

 

◇中国の拷問状況は、共産党一党独裁の行き詰まりを示している。天安門以来の国民を抑圧する政策が続いている。中国が真の世界の大国になるには、この人権問題を乗り越えねばならない。人権は「人間」の問題であるが故に、国内問題に止まらず、普遍的な問題なのである。

 

◇大統領を目指す不動産王トランプの「イスラム教徒入国禁止」発言に対しイギリスの世論が激しく反発している。トランプをイギリスへの入国禁止にせよと9日夜までに30万人以上の署名が集まったという。オズボーン財務相の下院での次の答弁に注目する。「トランプ氏のような人物の見解に対する最善の策は、なぜ彼の主張が間違っているかに関する民主的な議論に彼自身を関与させることだ」

 

「イスラム国」発の衝撃波に世界の民主主義がヒステリックになり、パニックに落ちようとしている。この現象こそ、「イスラム国」の思う壺ではないか。オズボーン財務相の発言は紳士の国イギリスらしい、民主主義を支える言葉というべきである。

 

◇昨夜、恒例の県庁前高OB会があった。毎年、県議会特別委員会の日に開かれる。私の隣りの席は小笠原校長。校長は学校の近況報告で昨年初めて実施したオックスフォード、ケンブリッジ両大学への研修会について話した。参加した生徒の意識改革にめざましいものがあったという。国際社会で活躍できる人材が求められている。前高生全体に対する刺激になる。いい企画である。今年度も参加者30名が選抜され準備が進んでいる。成果を期待したい。(読者に感謝)

 

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2015年12月10日 (木)

人生意気に感ず「校長と教科書出版社の見識。中国赤色警報の行方。トランプの暴言」

 

 ◇小中学校の校長や教頭が教科書の出版社から5万円をもらい懇親会と宿泊の費用まで出してもらったと報じられた。報道によれば先生たちは軽率だし、出版社は検定制度の意義、教科書作製の使命感を忘れたものと言われても仕方ない。 

 出版社は三省堂。検定中の教科書を閲覧させた。検定中の教科書を見せることは禁じられている。教科書は子どもたちに大きな影響を与える。選定される過程は公正でなければならない。憲法は検閲を禁じる(21条)。かつて検定が検閲に当たるのではないかを巡って激しく争われた(家永訴訟)。教科書選択に関するあの緊張感と重大性を教師も出版社も忘れてしまったのではないか。教育委員会は、教育の原点に関わる問題として真剣に対応すべきである。

 

◇中国の大気汚染は凄まじい。遂に最悪の「赤色警報」が出た。テレビでは、窓の内側から隙間に目張りする邦人の家庭が報じられた。小中校は休校になり、車の運転も規制されている。冬になり中国中で石炭をもやし始めたことが状況を一層悪化させている。中国を新幹線で走るといたる所に太い煙突が目につく。火力発電所の光景である。中国のエネルギー事情は限界に違いない。この状況の先にあるのは原発である。近い将来驚くべき数の原発を計画している。風下の日本にとって大きな脅威である。中国に原発の適切な管理を期待するのは難しい。原発の管理は、国民個人の生命を第一に考える政治体制かどうかが深くかかわるからだ。

 

 汚染大気の中の「PM2・5」には発がん物質が含まれている。「赤色警報」は健康への赤信号を意味する。近い将来、中国のがん状況は想像を超えて深刻化するのではないか。既に至る所に「がん村」が発生していると言われる。

 

 資本主義は本来、矛盾を抱えている。それを長い道のりの中で一つ一つ克服してきた。中国は政治は社会主義を掲げながら経済は自由主義という二本立てで一気に矛盾の中に突き進んだ。独裁政権は黒い霧を抜け出せるのか。

 

◇共和党の大統領選候補指名争いのトランプがイスラム教徒の入国禁止を主張した。国内外のイスラム教徒の存在を考えないのか。自由の国のトップを目指す者が。「イスラム国」征圧にはイスラム教徒の力も必要なのに。今後も支持率が伸びるとすればアメリカの民主主義がおかしいことになる。(読者に感謝)

 

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2015年12月 9日 (水)

人生意気に感ず「米国のテロとトランプ氏の躍進。移民の危機。県内のヒロンギャ」

 

 ◇世界中にきな臭さが漂い出している。それを、米仏の選挙で顕著に感じる。仏では極右の躍進が報じられ、米国でも過激な発言で注目されてきた共和党の大統領候補を目指す男が勢いずいている。「イスラム国」を震源とする国際テロが世界に広がっている。社会に危機が迫る時、民主主義は一見弱い。正に、今、民主主義は危機に直面している。テロの恐怖に煽られて民主主義が理性を失うとき、それは衆愚政治に落ちる。 

◇カリフォルニア州の14人が亡くなった乱射事件はテロだったらしい。2001年のニューヨークの同時多発テロのあの光景は脳裏に焼き付いている。ガソリン満載の飛行機が超高層ビルに突き刺さる瞬間の映像は信じられない現実だった。

 

 カリフォルニアの乱射事件がテロだとすれば、それは、2001年以来、テロ対策に最も神経質になって取り組んだ筈のアメリカ国内に於いても、テロは容易に行われ得ることを示した。そして、テロを防ぐ超巨大な軍事力を脅かす弱小勢力の有力な戦略となった。

 

 オバマの影が薄くなっていると感じられる。史上初のアメリカの黒人大統領として、世界最大の権力を手にした。期待が大きすぎた為気の毒な気もする。世界はアメリカが役割を果たさないと混乱が起き収まらないのが現実だ。

 

 通常の大統領選らなピエロのような存在ではないかと思われる不動産王トランプ氏が共和党の指名争いで独走している。元国防長官のゲーツ氏は「多くの国民は政治指導者に激怒し、トランプ氏のような人物を通じて怒りの声を上げようとしている」と指摘した。オバマの対テロ対策を非難しているのである。フランスでも極右政党が躍進した。米仏のこれらの突出した動きは移民受け入れを拒否しようとしている。これらの動きは、新たな移民の受け入れだけでなく、国内の異民族の差別の問題とつながる。日本も今後真剣に考えなくてはならないことである。

 

◇ヒロンギャと館林市民の交流会実現に注目。ヒロンギャはイスラム教徒少数民族である。6日夜、館林市内のモスクで行われた。

 

 礼拝の様子を見学したり、イスラム教の戒律に沿った家庭料理を味わった。現在、イスラム教徒というと身構えるような雰囲気がある。「知らない」、「無知」が誤解と偏見を生む。国際化の中で避けられない問題である。(読者に感謝)

 

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2015年12月 8日 (火)

人生意気に感ず「草津の湯の川。りー女史の墓。露天風呂。開善学校」

 

 ◇日曜日、快晴の下、吾妻草津を目指した。6時にジョギングをし、7時に出発。道路状況は順調で午前9時に湯川のほとりに着くことが出来た。 

 らい病の人たちが共に生きた湯之沢部落のあとを流れ下る湯川に直接接することが第一の目的であった。中沢ビレッジ側から、雪が積もる、腰丈以上の笹をわけて流れに近づき、スケッチした。ゴンゴンと音を立て石灰で白濁した水は私が捜そうとする歴史を語りかけている。この近く、かつては人骨がごろごろ出たと言われる。

 

◇中和工場管理組合の一角には資料展示コーナーがあり、地域の歴史の一端を学べたし、そこでボランティアで働く3人の男性から、湯之沢部落のことも聞くことが出来た。資料で読むことは実態に触れることを意味し、発酵度が高まり、想像の世界を広げることが出来る。

 

◇昼食を済ませ、楽泉園を目指す。先日訪れた正門の少し手前の道端に「コンウォール・リー女史墓所入口」の石柱が目につく。車を止めて足を踏み入れる。キリスト者の墓地はそこから登った小高い丘にあった。聖バルバナ協会納骨堂とその側に立つ2つの墓は、三上チヨの墓と服部けさの墓である。

 

 リー女史の墓前には、「病者の救済に私財を投じ、遺言により骨は信者と共にこの納骨堂に眠る」とあった。服部けさ、三上チヨは、リー女史の要請で草津にやってきた。服部と三上は、リー女史が開いた聖バルバナ医院のそれぞれ初代医師、初代看護婦だった。けさは42歳で死ぬが吹雪の夜でもらい患者の往診を厭わなかったと言われる。私は墓群から強い感銘を受けた。

 

◇品木ダムから、白砂川を経て白根に向かう。途中、京塚温泉の露天風呂に入る。近くの豆腐屋で500円を支払い鍵がついている温泉手形を受け取る。鍵を受け取ると、谷川を眼下に見渡せる風呂に温が落ち湯気が立っている。簡単な境を隔てた隣りは女湯である。500円で借り切った湯は、素晴らしい借景を前にして最高。いい穴場を発見したものだ。

 

◇花敷、尻焼を経て開善学校に向かう。尻焼には湯につかって一杯やっている人々の姿が。長男周平との思い出が濃い曲りくねった坂道。先生として働く浄土真宗の寺の娘さんに会うのが一つの目的だった。きれいな目をしたこの女性はこの坂をマラソンで走るという。土曜日なのにパソコンに励む生徒の姿があった。(読者に感謝)

 

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2015年12月 7日 (月)

人生意気に感ず「イスラム国の影は伸びる。アメリカの女性兵士。三太逃げる」

 

 ◇世界には矛盾と不正義が広がっている。それは長い人類の歴史の過程で絶えることがない。このことは、現代、民主主義が世界の大勢を支配したとしても変わることがない。それどころか、目も眩むような物質的豊かさと自由は、貧困と差別に苦しむ若者たちの目には許し難い不正義の象徴と映るだろう。「イスラム国」は、そのような世界の若者に影響を与えている。宗教の名の下に広い国土を支配し、石油による豊富な資力をもつ。宗教は心に入り込むから手に負えない。「イスラム国」の指導者が、世界のイスラム教徒を指導するカリフ制を宣言し指令を発し、これに従う人々が世界に多数存在する。その脅威が日本に近づいてきた。 

◇中国で弾圧されているウイグル族がイスラム国に渡り戦闘に参加し、現在中国に戻りテロを起こそうとしていると言われる。それ以外でもマレーシア、インドネシア、フィリピンなどのアジア各地に「イスラム国」に忠誠を示し、支持する組織が存在する。クリスマスのにぎわいが近づく。日本ではサミットなど国際大会も控える。「イスラム国」は、日本もターゲットに挙げる。折しも、日本には世界から観光客が押し寄せる時代になった。豊かで安全な国日本が危機に晒されている。

 

◇アメリカは、女性兵士をこれまで制限されていた全部門へ配置する計画だという。重装備で機関銃を握る美しい兵士の写真を見た。オバマ大統領は「歴史的な前進であり、軍を更に強くする」と語っている。国民の半分は女性なのだから、この動きは米国民の軍への協力を強めることになり、男性兵士の志気を高めるだろう。日本の自衛隊の今後にも影響を与えるのではないか。

 

◇さん太がまた逃げた。先週の金曜日、グリーンのリードを引きずったまま、自由の天地にまっしぐらに飛び出したに違いない。警察に届けたら遺失物として受理された。愛犬家の知人から保健所のことを教えられた。既に夕闇の中、市役所の当直を通して問い合わせてもらうと、この日、小坂子で保護された柴犬が似ているという。「月曜日に4千円をもって」という指示を待てず、保健所を訪ね「顔だけ見せて」と懇願。さん太は収容施設の檻の中に。「どうしたんだお前」。尻尾を振って私の手をなめるさん太。別れを告げ、ドアを閉めると中からキュンキュンというなき声が続いていた。(読者に感謝)

 

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2015年12月 6日 (日)

小説「楫取素彦物語」第70回

「小田村伊之助と申す。義兄松陰から貴公のことを聞いたことがありました。奇遇で

「まことにもって松陰殿は残念であった。あの男、不思議な魅力をもっておりました。濁世のちりの中を突っ走る光の渦のような」

「松陰はあなたのことを謎の男と申していた。謎は謎としておくことがよさそうでな」

「は、は、は、松陰殿と比べたら、小さな謎がな。長州のためにいささか役に立てればという思い。この部屋でよく松陰と話したもの。ここで貴公とこうして会うのも、松陰殿の引き合わせかも知れない」

「長州に大きな危機が迫っておる。いくら天皇の命とはいえ、四国(よんごく)を砲撃するなど小児にも分かる愚挙。世界を相手に長州一藩で、本気で戦争するつもりなのか」

「長州は朝廷を仰ぐ正義を貫こうとしてる。二六〇年の正義が守れなければそのことで長州は消える。長州人の心の問題なのだ」

「このままでは、国破れて山河ありとなるのは明らか。正義を守って山河だけ残っても意味があるまい

「なんのむざむざ破れはしない。私が長崎に来たのも備えをるため新しくて威力のある兵器を集めたい。確かな情報がほしい。幻馬殿に会えたのは、正に松陰の導きと思う。今、強いことを申したが、実は、、長州の滅亡が迫っていると思えてならん。良い知恵をお貸しいただきたい

「貴公を松陰殿と思って腹蔵なくお話しいたそう」

 伊之助は、この謎の人物を信じることにした。松陰が心を通わせたと言っている。天国の松陰が保証人となっていると思えるのであった。

「今年中に四国からの報復攻撃があるのは間違いない。わしの情報網では、すでに連携して準備を進めてる。火器の威力の差は歴然。まず長州に勝ち目はない」

うーん、どうしたものか。よい策はありますか

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年12月 5日 (土)

小説「楫取素彦物語」第69回

「吉田松陰様とご縁のある小田村様とうかがってお訪ねいたしました」

 

 意外なことを口にする女の顔を伊之助はいぶかしげに見詰めた。

 

「私は幻馬と申す男に仕える者でございます。幻馬と申せば、小田村様はあるいは承知しておられるかもしれぬと申しました」

 

 伊之助は、はっとして改めて不思議な女の顔を凝視した。幻馬と聞いて目の前の女がしく輝くように感じられたのだ。

 

 嘉永五年の江戸の長州屋敷のことだった。松陰が長崎のことを語る中で、幻馬と名乗る謎の男と心を通わすことになったこと、その男は世界の情勢を語る中で、黒船の来航が近いことも話した、松陰がこのように話していたことが今、鮮やかに甦るのであった。

 

「おお、松陰が幻馬という男のことをしきりに話していたのを覚えています。して、なぜあなたはここに参られた」

 

「はい、幻馬様が是非あなた様にお会いいたしたいと申しております」

 

 伊之助は大いに心を動かされた。今自分は長崎聞き役としてこの地に来ている。通り一辺のものでなく裏の情報を知りたかった。この幻馬という男こそ、重要な情報を握っているに違いない。松陰の話では随分と信用できる人物のようだ。

 

「あいわかった」

 

「では改めて御連れ申し上げ、ご案内いたします」

 

 約束の日に御高祖頭巾が現れ、導かれるままに伊之助は後についた。大きな屋敷の黒い塀にそって進み細い路地に入った。路地をいくつか曲ると、突き当たりに松の枝が中から伸びる料亭があった。御高祖頭巾は腰をかがめて後ろに促す様子を見せた。一室の戸を開けると、中の男がいきなり言った。

 

「やあ、小田村伊之助殿か。お呼びだてして済まない。幻馬と申すものです

 

 眼光鋭い髭をたくわえた小太りの侍が言った。女は軽く会釈して辞した

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年12月 4日 (金)

人生意気に感ず「栗生楽泉園のこと。重監房に入る。プロミン秘話。靖国の爆発」

 

 ◇昨日、草津の楽泉園で藤田三四郎さんの話を聴き、重監房資料館を見た。元患者で89歳の藤田さんの記憶力は正に驚異的。そして、重監房の実態はこの世の地獄というべきで、私は四畳程の空間に横たわり壁に残る呪いの字を見た。 

 「楽泉園」には全国にない特色が2つある。1つは「患者の自治」の一帯が存在すること、もう一つは「重監房」の存在であった。自治会は現在も健在で前記の藤田さんは自治会長である。重監房は、「特別病室」と呼ばれたが、病室の実態は皆無で、裁判もなく入れられる「刑務所」であり、アウシュビッツ以上のものであり、差別と偏見が生んだ極致であった。

 

 重監房は昭和13年(1938)から昭和22年(1947)まで続いた。日本民族が体験した狂気の時代と重なることが重要である。太平洋戦争勃発は昭和16年末であるが、実質的にその一部というべき日中戦争は昭和12年に始まっていた。「らい」(ハンセン病)の人々に対する差別と偏見の歴史は古く、かつ悲惨であるが、戦争の気運が進む中で、らいは国辱と見られる傾向が加速した。

 

 らいは遺伝病であり恐ろしい伝染力をもつという誤解を基礎にした「らい予防法」による隔離政策が進んだ。強制収容だから抵抗が生まれる。らいの人々を正式に裁判にかけ通常の裁判所に入れることは出来ない。そこで生まれたのが楽泉園の「重監房」だった。療養所の所長に秩序維持のため「懲戒検束権」が与えられ、この権限に基づいて、所長の判断で重監房に入れられた。裁判手続きなしだから人権無視もいいところ。じゃがいもを盗んだとかで入れられた人もあった。94名が入れられ23名が死んだ。零下20度。暖房はなく、狭い空間には電気もない。証言をもとに再現された四畳の部屋の薄い布団に私は横になった。見上げる視線の先に怨みの文字があった。「本日まで七十余日、無実の罪で入る、石井・・」

 

◇藤田三四郎さんから興味ある話しを聞いた。特効薬プロミンの原形のものはアメリカにあったが、当時日本はドイツと手を組んでアメリカと戦争中。ドイツから提供された戦闘機の片隅に一冊の医学書があり、これが東大薬学部に渡り、石館守三教授のプロミン合成の成功につながった。プロミンの効果は絶大だった。

 

◇靖国神社の爆発の犯人として、韓国人が浮上している。重大な問題に発展しそうだが改めてテロの危険とその容易さを痛感した。(読者に感謝)

 

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2015年12月 3日 (木)

人生意気に感ず「中国の大気汚染とコップ21。テロと通信の秘密。火山対策」

 

 ◇中国の大気汚染はすさまじい。北京でも遠い内陸のチチハルでも、人々は全てマスク。そして200m前方はスモッグの中で何物もよく見えない。中国社会の先行きを示す光景ではないか。北京では、1日、PM2・5を含む汚染指数が600を超えた。最悪レベルの「危険」が301~600だから、600超えの異常さが分かる。多くの北京市民が目や喉に異常を訴えている。 

◇地球温暖化は深刻で、今有効な手を打たねば手遅れになる。地球の気候変動の枠組みを協議する会議「COP21」がパリ郊外で開幕した。オランド仏大統領は「世界が直面する最も重要な課題は、テロと地球温暖化だ」と訴えている。この2つは、今や国境を超えた人類共通の問題だ。日本は、比較的に温暖化の影響が少ない国だが、異常気象は唯事ではない。とんでもないことが近づいていることを肌で感じるこの頃だ。

 

◇日本はテロを防ぐことが出来るのか。高い壁を設けたり、人が集まる所に多くの警官を配備する。このような対策で、最近の高度なテロを防ぐことは不可能である。最も有効な対策の1つはテロ情報を少しでも早くつかむことだ。

 

 平成12年に通信傍受法が施行された。これは犯罪を事前にキャッチするものではない。犯罪が行われた後に裁判所の令状を受けて行われる。テロが起きた後の犯人の捜査のために使う。世界では、テロが起きる前の段階で行われる傍受が広く取り入れられている。アメリカがヴィンラディンの隠れ家を突き止めたのも、事前の傍受が功を奏した。日本国憲法21条は「通信の秘密は侵してはならない」として、通信の秘密を強く保護する。

 

 事前の傍受を憲法は許さない。大量の一般市民の命を憲法は守れないのか。基本的人権も「公共の福祉」の制限を受ける。テロを防ぐことは最大の「公共の福祉」ではないか。外国では、法律による厳しい条件の下で、事前の「傍受」(司法傍受でなく行政傍受)を認める例が多いと言われる。日本の現状をもどかしく思う。

 

◇内閣府は、活火山の噴石対策として、シェルター設置の手引きをまとめた。昨年の御嶽山噴火に促されたのだ。本県は5つの活火山があるが、浅間や草津白根は不気味な存在である。国が強いメッセージを発した。それを受け止めるのは地方である。新しい事態に対し行政の肩を押すのは議会の使命ではないか。(読者に感謝)

 

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2015年12月 2日 (水)

人生意気に感ず「新たなハンセン病訴訟が。ローマ法王のメッセージ。4千万のテロ予備軍。水木しげるの死」

 

 ◇ハンセン病元患者の「家族」が国に対して謝罪や賠償を求めて訴えを起こすことになった。「元患者」に対しては平成13年、熊本地裁判決によって国の責任が認められた。国は長い間、ハンセン病(らい)の患者を隔離したがその実態は筆舌に尽くし難い悲惨なものであった。この隔離政策の根拠となったのが「らい予防法」であった。熊本地裁は、このらい予防法に基づく隔離政策を憲法違反と断じ患者への賠償を命じた。塗炭の苦しみを味わったのは家族も同様であったが家族がかえり見られることはなかった。 

◇ハンセン病(らい)の歴史は洋の東西を問わず紀元前から続いてきた。有名な映画・ベンハ―では死の谷に入れられたハーの母と妹の姿が描かれている。日本では天罰ととられ天刑病と言われた時代もあった。遺伝病で恐ろしい伝染力を持つ故に隔離が必要と信じられた。一度、この病が出ると、その家の女は嫁に行けない、嫁にいっていれば離婚される、子どもは学校でいじめられる、等家族の苦しみは大変であった。無知や迷信が偏見と差別を生んだ。

 

私は県会議員退任後、「栗生楽泉園入所者証言集」(上・中・下)と「風雪の紋」を貪るように読んだ。これらの中に、元患者と共にその家族の悲惨な運命が描かれている。ハンセン病(らい)の歴史は人権抑圧の歴史である。この度、「家族」が国を相手に訴訟に立ち上がることは、この病を通して、人権の歴史の新たな一頁が開かれることを意味する。明日3日、私は草津の楽泉園を訪れる。

 

◇現在行われているローマ法王のアフリカ訪問は宗教の役割、そして、IS(イスラム国)に関する重大なメッセージを全世界に発している。私はカトリックに関わる者として法王の勇気から久々の感動を覚えている。法王は次のように訴える。「社会を分裂させ不和と恐怖を広めるため、宗教の名の下に、若者が先鋭化させられている」、「暴力憎しみを正当化するために神の名が使われてはならない」

 

 法王が訪問した中央アフリカには広大な貧困地域が広がる。ここには4100万人のテロ予備軍が存在すると言われる。貧困は宗教と結びついて暴力と憎しみを生む温床である。法王は、この事実を訴えている。

 

◇水木しげるが死んだ。長い間ファンだった。「夜は墓場で運動会、楽しいな楽しいな」の歌が聞こえるようだ。(読者に感謝)

 

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2015年12月 1日 (火)

人生意気に感ず「ローマ教皇の勇気。宗教とは。イスラム国の脅威が近づく」

 

 ◇ローマ教皇フランシスコの勇気ある行動が胸を打つ。南米大陸出身の初めての教皇。アルゼンチン出身である。現在、ケニア、ウガンダ、中央アフリカの3カ国を歴訪中。これらの国々はテロの危険性が高い。白人が勝手放題をした歴史を引きずっている大地だ。 

 ケニアの首都ナイロビでは2013ショッピングモールの襲撃事件、ウガンダの首都カンパラではW杯決勝を観戦中レストランの客を狙った襲撃事件。そして、中央アフリカではイスラム系住民とカトリック系住民の内戦が続いている。しかも、パリの大規模テロの直後。教皇は防弾チョッキも防弾ガラス付乗り物も使用しない。命は天にありという決意と信念を示すものだろう。

 

 カトリックは歴史の上で大きな罪を犯した。コロンブスに続いて進出した新世界では、スペイン、ポルトガルがその侵略政策によって膨大な原住民を迫害したことと無縁ではなかった。南米アルゼンチン出身の教皇の胸にはそのような歴史の悔恨が根づいているのかも知れない。

 

 しかし、カトリックには人間の良心があった。スペインの政策を批判した神父ラス・カサスがあったし、戦国時代の日本に飛び込んできたザビエル、そしてアウシュビッツの餓死室に進んで入ったコルベ神父もいた。このような例は枚挙にいとまない程だ。

 

 キリスト教は宗教改革を経て進化した。イスラム教に宗教改革と言えるものはあったのだろうか。宗教と結びついて自爆テロを実行することをどうしても理解できない。暴力に対して力で対抗することでは根本の解決にはならない。教皇の勇気ある行動は爆撃機による軍事行動にまさるものだ。

 

◇世界の多くの若者がイスラム国に集まり、洗脳されて帰国している。アジアにはイスラム教徒が多い。中国の奥地、そしてインドネシア、フィリピンなど。専門家によれば、インドネシアでは、シリアからイスラム国の戦闘員の帰国が始まっているという。バリ島で日本人を含む200人以上が犠牲になった2002年の爆弾テロはアフガンから帰国した過激派が起こしたものだ。イスラム過激派は今、「イスラム国」の影響下で東南アジアにテロの受け皿組織を作ろうとしている。テロの拠点が遠い中東から一歩一歩日本に近づいている。彼らは弱い所を狙う。弱いといえば日本だ。丸腰で国家と国民を守れるのか。このことが今、突きつけられている。(読者に感謝)

 

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