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2015年11月10日 (火)

人生意気に感ず「楽泉園入所者証言の衝撃。赤城山中の文化の拠点」

 

 ◇最近私をとらえている本がある。上中下の分厚い3冊。「栗生楽泉園入所者証言集」である。私の県議生活の終わりに近い頃、議会で入手したが書斎の片隅におかれていた。読み始めた時、直ぐに感じたことがある。大変な書物だということと、これまでこの世界に近づかなかったことに対する自責の念である。 

 3冊をしっかり読み通しこの世界に歩みを進める決意を固めた。人権ということに力を入れて県議を続けてきたつもりの私として、なぜもっと早く実態に迫ることをしなかったか。自責の念とはこのことである。

 

 無知が偏見を生む。紀元前からの癩の歴史を振り返りこのことを噛み締める。重監房で凍死した人々の実態はアウシュビッツ以上だ。人権闘争が一気に火を噴いたのは昭和22年。前年の日本国憲法公布が、人々を長いこと暗黒の渕に閉じ込めた重圧を吹き飛ばしたのだ。

 

◇今月5日、叙勲伝達式の後、私は担当部長と会い、楽泉園自治会の人々に会いたいことを告げ段取りをお願いした。12月上旬に実現するものと思う。出来れば取材を重ね物語を書きたい。証言の中には、六合(くに)や花敷や荷付け場などが出てくる。「遥かなる白根」で書いた私にとって懐かしい地名。天と地、そして東西南北の6つを合わせて「くに」作るという日本書にある古事記にならって六合村(くにむら)の名称が出来た。この日本書紀に癩のことが出ている。吾妻の歴史も、癩の歴史と結びついて私を駆り立てる。戦国の武将大谷刑部はこの業病の持ち主で、彼の口にした盃を石田三成は平気で受けた。三成の頼みで、刑部は不利な西軍に敢えて参加して散ったと子どもの頃読んだ。謙虚な心でハンセン病に挑戦し、楽泉園に接しようと思う。

 

◇8日午前、赤城山中のある山荘の茶会に招かれた。いくつもの茶室が木立の間に建ち、小雨の中で赤いかえでが鮮やかだった。一つの茶室には大きな丸い瓦が乗り、それは東大寺のものだという。別の茶室で山口県から来た陶芸家小川浩延という人に会った。長門市三隅に住む人と知って驚いた。二条窪、楫取山、極楽寺などが話題に出た。茶室に並ぶ、萩焼も変化に富み興味をそそられた。楫取につき話をとすすめられ、楫取素彦の功績の一つは人間尊重の思想を基礎にした女性解放、廃娼を進めた点にある、人間の平等の信念こそ、若者を動かすエネルギーで、近代群馬を創る力だったと語った。(読者に感謝)

 

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