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2015年11月 8日 (日)

小説「楫取素彦物語」第61回

 松陰亡き後の伊之助と玄瑞

 

 松陰は日本を襲う逆巻く大波の天辺(てっぺん)で世を去った。安政六年から翌万延元年にかけては、日本の歴史上でも特筆すべき大事件の多い時期だった。

 

 橋本佐内、頼三樹三郎、吉田松陰等の処刑が行われた安政の大獄は、安政六年終わり、あければ万延元年である

 

 万延元年は、西暦では1860年、一月ポーハタン号と咸臨丸がアメリカに向かい、三月の大雪の朝井伊が斬られた。

 

 ポーハタン号の目的は、大老井伊が勅命に逆らって断行した条約の批准であった。

 

 三月、水戸の浪士たちは、大老の行列の見物者を装って待ち、一斉に抜刀して切りかかり大老を外から刺し殺し、引きずり出して首を切った。護衛の侍たちの多くは刀を抜くことも出来なかった。激しい雪の中、刀に柄袋をかぶせていたからだ。赤い鮮血が白い雪を染めた。

 

 煙管で煙草二服のむほどの間に八人が殺され十人が重軽傷を負った。有村次左衛門は大老の首を切って愉快愉快と叫び走った。首の所在が一時分からなかった。幕府は三月末まで大老の死を隠した。

 

「倹約で枕いらずの御病人」

 

「遺言は尻でなさるや後大病」

 

江戸の町民はこのような川柳を作ってひやかした。

 

 安政六年の暮、杉家の人々は、松陰の悲報を知って悲しみの底にあった。

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

 

 

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