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2015年11月13日 (金)

人生意気に感ず「癩の歴史。風雪の紋を読んで。アウシュビッツか。日中今思えば」

 

 ◇私は「栗生楽泉園入所者証言集」と「楽泉園患者50年史・風雪の紋」を読み強い衝撃を受けた。証言の中には「特別病室」を日本のアウシュビッツと指摘する表現があるが、実態を知って、私の知る限りでの、ナチスのアウシュビッツ以上の過酷さに慄然とした。「特別病室」に入れられた92名中22名は「獄死」した。病棟である筈が、実態は極限の「獄」で壁には呪いと怨みの文字が記されていた。「特別病棟」はハンセン病(らい)患者処遇の象徴である。 

 無知が偏見を生んだ。恐るべき風貌の奥に息づく人間の心を国も県も地域社会も汚物のように忌避した。大きな変化が訪れたのは昭和22年である。人間回復のための人権闘争が始まる。前年に人間尊重を柱とする日本国憲法が公布されたことが園内の人々を目覚めさせ勇気づけたと私は信じる。

 

 明治の初め、県令楫取素彦と県議会は、公娼廃止という人権の問題で顕著な業績を残した。昭和22年以降の人権闘争で動いた政治勢力は共産党や社会党だった。知事と保守系県議はもっと役割を果たすべきであった。私は、人権の観点から楫取を取り上げてきただけに、それと比べて、この感を強く抱く。12月3日、県保健予防課の協力を得て栗生楽泉園を取材することになった。資料館を見たい、湯ノ沢部落のあとも見たい。そして、出来ることなら私の思いと筆でかつての「地獄」を甦らせたいと考える。

 

◇昨日(12日)、先日の日中友好青少年書道展に関わった実行委員会の反省会を行った。結果として成功であったが今後に生かすべきいくつかの指摘もあった。その一つは、県庁の会場で日中の子どもが筆をとることであった。芳賀小の交流授業はそれなりに意義のあることであった。

 

 この席で友人の書家郭同慶氏が興味ある発言をした。中国を理解するにはという話題の中でのこと。最近、日中が戦争したらどちらが勝つかというアンケートをしたら、日本が勝つという意見が多くあったというのだ。日本は一つにまとまるが、中国はばらばらだからというのがその理由らしい。私は、日本が一つになって一つの方向に走り出すことは日本の危ないところでもあると発言した。中国を知ることは難しい。誰かが「群盲象を撫でる」と言った。5千年の歴史を生きる象である。(読者に感謝)

 

 

 

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