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2015年11月24日 (火)

人生意気に感ず「ハンセン病は今。地獄谷を訪ねた。大阪ダブル選と今後」

 

 ◇22日午後私は草津の楽泉園へ向かった。来月3日、取材で正式に訪問する予定であるが、壮大な人間のドラマが展開した舞台の雰囲気を事前に受け止めたかった。深津が近づくと、高い山と深い谷がいつもと違った何かを語りかけているように感じられる。 

 私は、昔観た映画「ベンハー」を思い出していた。チャールトンヘストンが主演で、劇中のヘストンの母と妹がらい病に侵され、死の谷に閉じ込められている。谷の洞穴に身を寄せ合う人々の悲惨な姿が瞼に焼き付いている。湯ノ沢部落には地獄谷と呼ばれる場所があったというがどんな所であろうか。

 

 らい病の人たちが助け合って住んだという谷状の地形は旅館街とつながり、死の川と言われた強酸性の湯川は蓋をされている。私は建物群が尽きる前方に目をやった。そこに湯川が深い谷を刻み地獄谷があるに違いないと思った。車を南方に走らせると道の右側に広大な楽泉園が広がり、道路の左側の雑木林は深い谷に落ち込み、車を走を出ると強い谷川の音が響いていた。

 

 楽泉園に移り住んだ人々は、谷底から薪や炭を運んだという。時代を遡れば、生きられないらい病の人々が捨てられたり突き落とされたとも。地獄谷もこのあたりかと想像した。

 

 夕闇迫る園内に入ると、カトリック教会、自治会館、中央集会所、本部事務館等の建物が音もなく佇んでいる。中央集会所を見て、ここで激しい人権闘争が展開したのかと感慨を深めた。また、離れた一角には重監房資料館があった。日本のアウシュビッツと言われた重監はすでに取り壊されている。近くの諏訪神社に足を踏み入れた。社は闇に包まれ、社の裏手から湯川の音が歴史を伝えられるように聞こえていた。

 

 死の川を蘇らせた品木ダム、田代原、尻焼、花敷を経て白砂川を南下して帰路についた。古い歴史を刻むこれらの集落は、らいの人々を支え、彼らが生きた闘いの舞台でもあった。

 

◇大阪のダブル選は維新が勝った。府知事選と市長選はいずれも大阪維新の会が完勝し、橋下氏の影響力は維持されたようだ。風雲児を思わせる橋下氏は政界引退を表明しているが本物かどうかはこれからの行動にかかる。「新大阪都構想」は実現するのか。「副首都」が出現すれば、地方創生という点からも面白い。かつて豊臣秀吉が天下に号令し、江戸に敗れた大阪である。東と西で新たに、発展のために競い合う時代は果たして来るのだろうか。(読者に感謝)

 

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