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2015年11月15日 (日)

小説「楫取素彦物語」第63回

形見分け

 

  松陰が世を去ってから暫くしたある日、杉家の人々が集まった。松陰の遺品を分けることになったのだ。それぞれが松陰の思い出と繋がる品を選んだ。

 

「寿と文には特に渡したいものがあります」

 

そういって滝は布の包みを取り出した。

 

「寅次郎が江戸送りになる前夜です。私と二人だけになり、私は必ずこの家に帰れと言いました。寅次郎は、はいと答えながら、母上万一の時、気になるのは寿と文です、と言うのです。伊之助も、玄瑞も、いつこのようになるやも知れぬ、夫を支え強く生きなければらない。心にしっかりといいきかせるよう母上から渡してくれとあの子は申したのです」

 

そういって滝は包みを解いた。現れたのは二振りの短刀であった。

 

「まあ、大兄さんが私たちに」

 

文が叫んだ。

 

「それぞれ殿様から拝領した品ですよ

 

「兄さんは、私たちのことをそんなに心配されておられたとは」

 

寿は涙を拭きながら言った。

 

「寅次郎は指定したの、こっちは寿に、こっちは文にと。さあ、心して受け取っておくれ」

 

二人はそれぞれ、手にした短刀をじっと見詰めた。ずしりとした手ごたえに松陰の思いが伝わる。二人は、短刀の上にはらはらと涙を落とした。武士の妻として短刀は強く生きよと訴えている。

 

「武士の常とは申せ、残された女は辛いものです。それに、世を去っていくものはもっと辛いものだということを忘れず、この品を大切にしておくれ」

 

「はい、寿は兄の分身と思ってこの品を大切にいたします」

 

「はい、お母様、文は、いつも大兄さまのことを思って強く生きていきます」

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

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