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2015年11月 2日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾の憲法。新旧憲法の天皇。降伏文書。天皇の責任」

 

 ◇先週の「ふるさと塾」は気合の入った講義が出来た。憲法の第2回。天皇、9条、法の下の平等、表現の自由などを具体的事件を通して説明出来た。憲法を遠くから見ていたであろう人々も憲法が身近で、しかも自分たちにとって、そして、日本という国にとっていかに重要かが分かってくれたと思う。 

 冒頭、私は述べた。「先日の国会を囲むデモ、あれは憲法21条の表現の自由の問題です。9条を守れと絶叫する人々の中には、9条をしっかり読んだことのない人もいると思います」と。

 

◇「天皇」は旧憲法と新憲法を比較。ここでは天皇の戦争責任にも及んだ。大日本帝国憲法では、「天皇は神聖にして侵すべからず」、「天皇は戦を宣し和を講ず」など。映像は、御前会議、戦艦ミズリー号、マッカーサーと並んで立つ姿、東京裁判の法廷などを使い話題は尽きない。御前会議で「戦を宣し」、ミズリー号で「和を講じ」ました。昭和20年9月2日、重光外相は政府を代表し、天皇の名をもって降伏文書に署名。これが正式な終戦であり敗戦である。マッカーサーは「戦は終わった。恩讐は去った。神よこの平和を永遠に続けさせ賜え」と語り、艦上は砲台の上まで世紀の瞬間を見守る米兵であふれた。

 

◇終戦間もなく天皇は元師を訪ねた。並んで立つ写真に多くの日本人は衝撃を受け、激怒する人も多かった。平服で傲然と立つマッカーサー。2人の姿は正に戦勝国と敗戦国。しかし会談後、元師の表情は一変。回顧録で「私を骨のずいまで揺り動かした」と語る。天皇は命乞いをすると思ったら、戦争の一切の責任は自分にある。自分はどうなってもよい。国民を救って欲しい」と訴えた勇気に感動したのだ。マッカーサーは、天皇を法廷に立たせないと表明。この天皇を戦犯にしたら大変なことになる。天皇を利用して統治する必要を痛感したのだ。

 

◇日本国憲法では一変して「象徴」となった。「押し付けられた」憲法は人間の象徴、基本的人権を基盤とする最も理想のもの。このような内容を押し付けたアメリカの統治政策は当然ながら信じられない程寛大だった。しかし、この背景には、間もなく始まった米ソの対立があった。日本を民主陣営の最前線として自立させる必要性だ。「国民統合の象徴」の文言には天皇を信頼する日本国民の伝統が現れている。(読者に感謝)

 

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