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2015年10月31日 (土)

小説「楫取素彦物語」第57回

幕吏は尋問した。

 

「萩を訪ねた梅田雲浜と何を相談したか」

 

「時局を論じあったのみ」

 

「京都御所内の幕政を批判した落し文の主はお前か」

 

「私は信念で動く男、落し文など姑息なことをする筈がない」

 

松陰はこれらの尋問を軽くかわした。この時は、取調べの態度も寛大であった。松陰はそこに役人の慈悲を感じた。人が良い松陰は自説が理解してもらえると考え、正義は何かを論じた。

 

老中間部詮勝が朝廷を悩ますのは正義に反する。

 

過ちを正すという正論は取調べの幕吏にも通じる、至誠をもって当たれば動かぬはずはない、この信念が白洲でも通用する

 

松陰は心中こう信じた。しかし、それは松陰の甘さであった。

 

 第一回の取り調べは終わり伝馬町の獄に下る。

 

牢名主は在獄五年の沼崎吉五郎。

 

 訊問は、その後、九月五日、十月五日と続き最後の審理は十月十六日に行われた。この最後の審理はこれまでとは全く異なる厳しいものであった。取調べ側に大きな変化があったことを窺わせる。

 

 判決の要点は、

 

「老中を襲撃して聞き入れられぬときは刺し違えるという計画とは公儀に対し不敬の至り死罪にいたす」

 

というもの。

 

 松陰は、重くても遠島ぐらいに考えていた。死を恐れないと日頃考えていたが、目の前に現実のものとして死が姿を現した。死が一切の妥協を許さない峻厳な姿で松陰の前に立ちはだかったのだ。

 

三十年の人生を閉じねばならない)

 

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年10月30日 (金)

人生意気に感ず「男根切断の衝撃。床の穴から階下の女を。高校生の政治活動」

 

 ◇小番一騎(こいつがいいっき)。名前からして勇ましい。敵陣に乗り込む勇姿を想像したくなるが、切り落としたものは敵の首ではなく男根だった。余程、その男根が恨めしかったに違いない。妻の不倫の相手がこの男根らしい。切断された弁護士はどうなるのだろう。低俗な私は男根の行方が気になる。若い弁護士の男としての将来はあるのか。 

 傷害罪に問われた男の初公判が28日開かれ小番被告は起訴内容を認めた。元プロボクサーで、元慶応大法科大学院生。昔、男根が恋しくて切断した女があった。あれもこれも享楽の世の一面を語るもの。判決に注目したい。

 

◇おかしな事件は続く。つくば市の51歳の男は、自室のマンションに10日間もかけて直径50センチの穴をあけ、その階下の女性を襲った。こういう例を見ると、女性はカギをかけても安心できないことになる。女性は飲食店経営者で男は客だった。スタンガンを押し付けたが抵抗され玄関から逃げた。近くでつかまった時、スタンガンと手錠を所持。今日の社会は野獣が横行するジャングルになっているのかもしれない。

 

◇73歳の認知症の男が歩道に乗り入れ7人を死傷させた。宮崎市中心部で28日に起きた事件。男は歩道を車道と認識し、ブレーキをかけながら運転していたと言われる。警察は危険運転致死傷罪で捜査を進めている。

 

 社会の高齢化とクルマ社会が共存し共に激しく進んでいる。現代社会は増々高度化し複雑になっていく。高齢者に車は必需品だ。弱くなった足腰を補って広く活動出来るのは車のおかげ。一方で、高速道を逆行する高齢者が増え、交通標識は複雑化している。社会の課題は、高齢者の車利用を許しつついかに事故を防ぐかだ。能力がある限界を超えた時、高齢者が車社会から退場するのはやむを得ない。その一線をどのように引くかは重要で難しい。

 

◇高校生の政治活動が一部認められる。近く18歳以上に選挙権が与えられるのだから当然だろう。一部というのは、休日や放課後の校外に限るからだ。次代を担う若者が政治に関心を持ち政治活動への参加が認められるのは当然と言える。教育の目的からしてもしかりだ。

 

 この動きを実のあるものにするのは政治を考える視点を養うべき教育にかかる。歴史と公民を充実させねばならない。特に憲法は考える視座として重要。民主主義に息吹を吹き込めるか。(読者に感謝)

 

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2015年10月29日 (木)

人生意気に感ず「米艦ラッセン南シナ海を行く。ふるさと塾の憲法。」

 

 ◇遂にアメリカが米軍艦を動かした。南シナ海の対中国作戦。世界の批判、非難を浴びる中強引に進めた中国の人工島建設は、かつての日本の満州侵略もかくやと思わせる。アメリカは国力が低下する中で、世界の警察官の役割をやめると表明したが、それを計算した中国の動きである。平和主義者オバマは何も出来ないという読みもあったのではないか。 

 南沙諸島、中国が一方的に主権まで主張する海域の12カイリ内をイージス駆遂艦ラッセンは進んだ。アメリカは数カ月に渡ってこの動きを継続すると決意を示している。

 

 今、世界のパワーバランスは、中国、ロシア、アメリカの力で形成されている感がする。アメリカの対ロシア・中国戦線の最前線に位置する日本はどう生きていくのか。熱い歴史の瞬間にいることを感じる。

 

◇今月の「ふるさと塾」は、憲法の第2回。安保関連法の成立に関して国民の憲法への関心が高まった。先月の第一回はこれを受けてのもの。皆熱心に耳を傾けてくれた。私たちは憲法という土台に立っている。それにも拘わらず、誰もが足もとを見ない。国会周辺で「9条を守れ」と絶叫した人たちは、9条の文言を読まないかもしれないと、ふと思う。マスコミに煽られる中で社会に雰囲気が作られ、その中で小さな流れが集まっていく。こんな風にして歴史が作られていく。民主政治と衆愚政治は紙一重かも知れない。

 

 第二回は、憲法の条文を最高裁の判決と結びつけて説明する。判決の下には生々しい事実がある。例えばある事件で2人を殺した人が死刑判決を受けた。この裁判では、憲法36条で禁じる「残虐な刑罰」に死刑があたるのかが争われた。絞首台に消えた哀れな人生と憲法の条文。人々の心に、遠くの存在だった憲法が食い込まれることを願って講義する。31日午後7時、前橋市総合福祉会館。誰でも歓迎。

 

◇産経新聞の連載小説「楫取素彦物語」が今日で105回となる。昨日打ち合わせを行い、12月23日頃完結の見通しとなった。意外な人から読んでいますよと声をかけられる。物語を貫くものは「人権」である。

 (読者に感謝)

 

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2015年10月28日 (水)

人生意気に感ず「司法取引制度が近づくが。マチュピチュの少年は今」

◇司法取引制度は非常に重大な問題を含む。最近の重大事は裁判員制度の導入であった。刑事事件の判決に一般国民が参加するとはと一時は危ぶむ声が多かったが定着してきた。

 

 多くの国民は、自分は悪いことをしないから関係ないと考え、司法の世界を遠くに見ている傾向がある。しかし、決してそうではない。司法こそ人権を守り、社会の秩序を守り国民の生活を深いところから支える砦なのだ。三権分立は民主主義の柱である。三権の一つ、司法の民主化こそ、一国の民主化のバロメーターである。それは、中国や北朝鮮など独裁主義国家の現状を見れば明らかである。

 

◇司法の分野に、今一般の人は従来予想もしなかった制度が導入されようとしている。司法取引である。極端に言えば犯罪者と取引をする。事件の展開に大きな効果が期待できる一方で司法に不純な要素が入り信頼を失いかねない。制度化される司法取引とは他人の犯罪を明かせば起訴見送りなどが受けられるというもの。ここには、嘘を明かす(自白)ことで他人を陥れる恐れがある。つまり冤罪をつくる危険性だ。だから制度導入には自白の真実性を担保する手だてが必要になる。これが取り調べの「可視化」である。

 

 法案は衆院で可決され、参院に継続中。対象となる犯罪は贈収賄などの経済犯罪と銃器や薬物が関係する組織犯罪。果たしてどう運用されていくか。

 

◇マチュピチュ村と福島県の大玉村が姉妹都市の契約と聞いて「ほー」と思った。このニュースであの光景がよみがえったのだ。平成8年、県会議員団の行政視察で私たちはペルーを訪れ、ヘリコプターでマチュピチュ村に飛び、そこから空中都市マチュピチュの遺跡に登った。刃物で豆腐を切ったように石を重ねた遺跡は驚異的だった。アルパカが草を食べている。遺跡を囲む高い山々は見下ろす神々の姿に見えた。眼下にはウルバンバ川が白い糸のように見える。私は何故か涙があふれ、抑えられなかった。山から下る時、ある出来事があった。バスは急な傾斜をくねくねと回りながら下りていた。その時、一人の少年が「サヨーナラー」と叫びながら追ってくるではないか。少年は斜面を直進してバスの先へ出てはまた叫ぶ。あれからおよそ20年。少年はどうなったか。フジモリ大統領の全盛期だった。その後日本大使館占拠事件があった。(読者に感謝)

 

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2015年10月27日 (火)

人生意気に感ず「芳賀小の衝撃度。夕食会で日本を語る。元総社の映画祭」

 

 ◇23日、日中青少年書道展の初日、県庁ホールで開会式を済ませた後、芳賀小学校で書の交流授業が行われた。体育館では全校生が待っていて中国の生徒が一歩踏み入れると「ニーハオ、ニーハオ」の声が起きた。異国の少年少女が衝撃を与えている光景であった。好奇心こそ最大の教育効果を生む。 

◇歓迎会の後、3つの教室に分かれて交流授業が行われた。皆で「感謝」の文字を書いた。10歳のトオ・リンフェイちゃんは、たちまちにして書き上げると、持参したパレットを取り出して、何と絵を描き始めた。「わあ、すげえ」まわりから声が上がる。「すごいって中国語で何て言うの」と男の子が私に問う。「ヘン・ハオだよ」と教えると「ヘンハオ、ヘンハオ」の声が響いた。少女の筆は藤の花房が幾本も下がる様を生み出し、最後に枝に止まる小鳥を巧みに描いた。驚いたことは、この少女、名刺を取り出したのだ。名刺には自身が描いた花鳥の絵が載っている。見事なプロ意識と言うべきか。天才少女は夕食会で将来の夢を聞かれて「画家になりたい」と語っていた。

 

◇眼下では、周りの光を映して利根川が静かに流れている。秋の夜の光景である。夕食会は川を臨むホテルの一角で行われた。中国の子どもたちに日本の印象と将来の夢を語ってもらった。「清潔で秩序がいい」、「一生懸命のもてなしに感動した、一生の宝にしたい」、「食事の時、いただきますと手を合わせることを教えてくれた」、「芳賀小の子ども、とても親切だった。これからも思っていきたい」等々新鮮な答えが聞かれた。天才少女トオ・リンフェイちゃんが将来画家になりたいと語ったのはこの場面のことである。

 

◇25日、授与式の後、正午から祝賀会が行われ、福田元総理夫人、村手副知事、中国大使館参事等、そして多くの受賞者たちが参加した。今回の行事は成功であった。私は、「今回の成果を踏まえ、次回は上海での行事に参加したい」と挨拶。

 

◇この日、元総社公民館で、映画「楫取素彦物語」の上映会があった。元総社は私の故郷。この映画がアメリカで最高賞を受賞した経緯などを説明。「花燃ゆ」は間もなく終わるが、この映画は地域の真の活性化と精神文化の興隆を目指すものでこれからが勝負ですと訴えた。私の「産経」の連載小説も100回を超えた。(読者に感謝)

 

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2015年10月26日 (月)

人生意気に感ず「第一回・日中青少年書道展の衝撃。中国とは」

◇24日、群馬県日中友好協会発足以来の大きな行事が終わった。「第一回・日本中国青少年書道展」である。上海の少年たちの書の技術は素晴らしく、彼らの人柄は純粋素朴で最近の中国の悪いイメージを吹き飛ばす程であった。芳賀小学校の書道交流授業は国際理解教育の手本と言えた。そして、最後に、賞状授与と祝賀会。数々の思い出を作り、また大きな成果を生んで少年たちは去って行った。

◇群馬県日中友好協会の誕生は2013年3月27日。最高顧問に福田元総理・名誉会長に大沢知事、そして会長に私が就いた。協会設立の準備の過程で尖閣諸島をめぐる緊張が生じ、正に嵐の中の船出となった。翌2014年3月、私たちは上海を訪ね、上海人民対外友好協会の幹部たちの誠意と熱意に接した。そこで結ばれた協定書の一項目に「文化・教育・スポーツ・青少年交流」があった。今回の書道展はこれに基づくものであった。両国から50点ずつの優秀作品が選ばれた。上海は1200万人の大都市である。送られてきた作品に対しては、これが小学生のものかという疑問の声も聞かれた。そういう声に対しては、芳賀小で実際に彼らが筆をとった姿を見せたいと思う。

 賞状授与式に於ける私の挨拶の一部を紹介したい。

「中国の皆さんの作品は高いレベルと豊かな素養を窺わせます。また、日本の皆さんの書は簡潔で生き生きとして力強さを現しております。そして、いずれの作品からも日頃の努力を通して培われた心の蓄積が表現されていると思われます。書は心を表わす、書は心を創ると昨日の挨拶で申し上げましたが、皆さんの作品から私はこのことを実感することが出来ました。今回の書道展は日本と中国の子どもたちの心の交流の場となりました。そして、文化というものは、時を越え、国境を超えて普遍的であることを示しました。その意義は誠に大きいと思われます。昨日は更に市内の小学校で書の交流授業が行われました。中国の生徒が日本の教室で、机を並べて、現実に筆を握る姿は日本の小学生に新鮮な衝撃を与えました。子どもたちの好奇心を前に、言葉の しょう壁は少しも問題にならず、たちまちのうちに心の交流が行われたのであります。これこそ、国際理解教育の生きた姿でありました。そして、文化とは何か、日本と中国の民間交流はいかにあるべきかを考える原点になったと信じます」(読者に感謝)

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2015年10月25日 (日)

小説「楫取素彦物語」第56回

 「お寿、お前の役割は非常に重要だぞ。わたしの分身と思って伊之助殿を支えてくれ。やがて来る世の中は、戦いの世ではなく学問の時代となるだろう。伊之助殿のような人物が世の中を支える時代なのだ。しかと頼んだぞ」

「お兄さま寿は

 寿は何も言えなかった。言葉に出さなくも万感の思いは妹から兄に、そして兄から妹に伝わっていた。鶏の声がする。うっすらと夜が明け始めていた。

 

 

留魂録

 

 

 松陰は、安政六年、五月二五日萩を発って江戸へ向った。萩城下を出た松陰の駕籠は涙松と呼ばれている老松の下で小休止した。

「これが萩の見納めとなるからどうか見せて欲しい」

 松陰が役人に頼むと、聞き入れられた。

松陰は駕籠の戸を開け雨で霞む城下をしばらく眺めた。

「帰らじと思ひ定めし旅なればひとしほぬるる涙松かな」

 声に出して詠む松陰の瞳にうっすらと光るものがあった。がすぐにきりっとした顔をあげると、

「さあ、まいりましょう」

 

 六月二四日江戸に着く。七月九日、幕吏の訊問を受ける。容疑は大したことではなかったが、思わず口を滑らしたことが命取りにな。それは老中間部の襲撃計画である。

「上洛中の老中・間部詮勝が朝廷を悩ましているのを聞き、駆け上がり、詰問しようと計画したのみ」

「詰問というが、老中が聞き入れなければ切り殺す意図があったであろう」

 取調べの奉行は厳しく迫った。かくして幕閣の要人暗殺計画という事に発展してしま

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

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2015年10月24日 (土)

小説「楫取素彦物語」第55回

 

 その夜、母滝は、松陰の背を流した。旅の風雪に耐え、牢獄の生活にも耐えた我が子の背を滝はじっと見た。

「大さんや、この家には沢山の思い出がある。お前がそこらでよちよち歩いていた様子、机にすがって書を読んだ姿、玉木の叔父に怒られた様子、昨日のように目に浮かびますよ。どこへ出てもこの家を忘れてはなりません。必ずここに帰ると母に約束しておくれ」

「はい、母上、心配なさらないでください。大二郎は必ずこの家に帰ってまいります」

 風呂から出ると、母は仏壇につけ手を合わせて祈った。ややあって、振り返って息子を見た。その視線が射るように厳しい。

「お前も御仏に頼んでおくれ

 松陰は逆らわずに手を合わせた。

 その夜は次々に訪問客があって忙しかった。一段落した時、松陰は、待たせてあった伊之助と寿に改めて対面した。

「あなたたちに渡したいものがあります」

そういうと松陰は傍らから一枚の紙を取り出して伊之助の前に広げた。それには黒痕鮮やかに「至誠而不動者末之有也」とあった。

「至誠にして動かざる、いまだこれあらざるなり。先程書いたものです。私はこれを心にいれて江戸に向う。長いこと指針にしてきた孟子の言葉。儒学者のあなたには、これにこめた私の気持が良く分かるはず。私だと思って大切にしてもらえまいか。やがて新しい時代が来る。差別のない平等の人間関係の基本は至誠であるはず。それをあなたには是非試して欲しい」

 松陰は、ここで言葉を止めて寿に視線を移した。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

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2015年10月23日 (金)

人生意気に感ず「巨人選手の野球賭博。第一回日中青少年書道展」

 

◇巨人軍の3選手が野球賭博に関与していたことに驚いた。衝撃度は震度6とか7以上だ。私は、漫画「巨人の星」のファンだった。星飛雄馬が活躍する根性ものは、全国の少年の心をとらえた。今回の事件は全国の少年の心に冷水をかけるものだ。

 

 松本、笠原、福田の若い3投手。賭博罪が成立するとみられている。背後に暴力団の影がちらつく。今後どのように発展するのか。「巨人の選手は常に紳士であれ」という球団の金看板は泥にまみれた。かつて、相撲賭博が発覚して大騒ぎになったことがある。賭博ではないが国際サッカーも、収賄などの疑惑で揺れている。公平、真実、正義の象徴と見られるスポーツ界も中味はこんなものという絶望感が広がりそうだ。次の東京五輪に野球とソフトが採用されることに対するマイナス要因になりそうだ。

 

◇山口組の分裂で暴力団の問題がいつものように社会の表に現れ、その資金力の凄じさに世間は圧倒されている。賭博は昔からヤクザの世界と切り離せない存在だ。プロスポーツの世界では選手は勝敗に命をかける。新聞やテレビを通じて国中の目が集中される。賭博にとっては格好のターゲットだ。暴力団が資金源として巣を作っているのは常識だ。今回の事件で図らずも名球団・巨人と賭博のつながりが判明した。暴力団の関与があるとすれば、徹底的に追及しなければならない。

 

◇今日、群馬県日中友好協会の重要な企画が県庁ホールで開かれる。「第一回日本中国青少年書道展」。昨夜、上海の少年少女が前橋に着いた。両国の子どもたちの優秀作品50点ずつが選ばれ、昨日県庁ホールに展示された。

 

 群馬県日中友好協会は2年前、嵐の中で船出した。この間私たちは、国同志は争っても、民間の交流が健在ならば必ず道は開かれるということを学んだ。これは長い日中の歴史が教えることでもあり、国際化時代において普遍的に通じる真実である。このような共通認識に立って、昨年、上海との間で協定が結ばれ、今回の企画実現となった。書は心の文化である。素晴らしい作品が揃った。そこでは日中両国の子どもたちの心が躍動している。午前10時から開会式、11時からの書の交流授業は前橋市立芳賀小学校で行われる。ここでは給食を共に食べる計画も組まれている。明日は表彰式である。会長として頑張るつもり。(読者に感謝)

 

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2015年10月22日 (木)

人生意気に感ず「小渕氏の謝罪と日本の民主主義。韓国民主主義の醜態」

 

 ◇小渕優子さんが自らの責任は重いと謝罪した。二人の秘書が政治資金規正法違反で有罪判決を受けた。秘書の一人折田さんは小渕事務所で優子さんの父の元首相以来、後援会の采配を振るっていた人で、私も親しかった。政治の世界では、今回の事件は誰でもやっていたことで運が悪かったという見方がある。優子さんの産経相就任を機に調べられて表面化した。後援者へのサービスの実態は長く続いていたのに、サービスをする側も受ける側も大きな船に乗っているという安心感があった。サービス合戦の歴史を辿れば、かつては「福田食堂」「中曽根食堂」と言われた事態があった。 

 今回の事件は、一度び正式に追求されれば大変なことになることを示したことで、世の政治家の肝を冷やし、改革の大きな一歩になる筈だ。政治資金規正法を甘く見ていた人々は、眠っていた峻厳な刃が振り下ろされる時の恐怖を感じたのだ。

 

 優子さんのクリーンなイメージが不起訴の背景にあると思われる。調査をした第三者委員会についてはお手盛りという批判がある。この事件は、政治不信を高めた一因かもしれないが、反面教師的に政治改革を大きく進める要因にもなるだろう。有権者の中には一票をやるのだから当然のサービスという意識がある。選挙は民主主義を支える大きな柱。しかし民主主義の理想と現実の間には大きな隔たりがある。その距離を一歩縮めたのが今回の事件だった。

 

◇韓国の法廷は産経の記者に懲役1年6か月を求刑した。韓国全体が民主主義を演じる三文劇場に見える。引火性の高い国民が観客であるが、その外野席では世界の冷静な視線が鋭く注ぐ。

 

 日本では首相を批判することは当たり前のこと。最近の国会デモ、連日の新聞、週刊誌は首相の批判であふれている。これらの言論を支えるものは、憲法21条の「表現の自由」であり、これは民主主義の根幹をなす。

 

 記者が書いたコラムが問題とされた。あの「セウォル号」沈没の時、朴大統領の所在が不明だったことを書いた記者が大統領の名誉を傷つけたというもの。韓国の裁判は政治権力の動向で動くという感がぬぐえない。大統領が権力を失うと一転して死刑判決を受けるということがあった。今回の政治状況は、「慰安婦」をめぐり最悪であったが、安倍朴会談が実現する見通しで、両国関係は好転しようとしている。検察は大統領に「強い処罰意志」があるという。この意志は変わっているのでは。(読者に感謝)

 

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2015年10月21日 (水)

人生意気に感ず「人間塾とアジアの留学生。県民会館の在り方検討委。マラソンの秋だ」

 

◇19日、多くの留学生を前に「日本の歴史と群馬の文化」と題して話した。中国、インドネシア、タイ、ベトナム、ペルー等の日本語を学ぶ若者たち。日本を深く知ってもらうために始めた「人間塾」の第2回。月1回の特別講義である。今回は日本の敗戦からスタートして群馬の現在までを映像を使って話した。初めの映像は次の文である。「日本は先の大戦で侵略によってアジアの人々に多大な迷惑をかけました」。次いで原爆のキノコ雲。「これは何ですか」という問いに、ほとんどの若者が分からぬことに驚く。歴史を教えることもこの塾の目的の一つなのだ。戦後の貧しい時代を経て、場面は現代の群馬に至る。温泉やダムが登場する。混浴が認められている宝川温泉では笑いが起きた。「八ツ場」ダムは勿論読めない。後ろの席の若い先生に質問を向けると「ヤンバです」と笑顔で答えた。「正解です。日本人でも読めない人が多い」と言うと、どっと拍手。人気の先生らしい。トイレタイムにネパールの少年と腕相撲。周囲からお前と推された若者は強い。私が勝つと、「もう一度」と闘志を示し、次は私が負けた。私の力も落ちたものだ。「尾瀬ヶ原」で、「夏が来れば思い出す遥かな尾瀬」と歌うと女子学生が拍手した。

 

 授業中スマホをやっている少年がいて注意したがまたすぐ始める。机を叩いて大きな声を出したら頭を下げ本気で止めた。叱られることに慣れていないらしい。私の心が届いていることは、多くの若者の目の色から感じることが出来た。この「人間塾」は国際化、特にアジアの国際化の縮図である。この塾を進化させ若者たちとの絆を育てたい。次回、11月16日が楽しみだ。

 

◇16日、県庁舎13階で行われた「県民会館の在り方検討委員会」に出て、一委員として発言。座長は熊倉教授。公募の委員も2名いて、積極的な意見が出て、活きている委員会と感じた。文化振興課の対応もよい。この種の委員会は兎に角行政主導で形式的になりがち。駐車場問題やベイシア文化ホールという名称のネーミングライツの問題につき発言、特に改革には行政中枢の姿勢が重要だと反省を込めて話した。

 

◇スポーツの秋。マラソンの季節。県民マラソン(10キロ)のゼッケンが届く。コースもかわり新たな闘志が。昨日は警察マラソンの案内も届けられた。これは10月30日。この日75歳に。11月2日夜、東大で講演。県民マラソンは翌朝である。(読者に感謝)

 

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2015年10月20日 (火)

人生意気に感ず「横山ゆかりちゃんに新たな展開。連続失踪との関連。県民マラソン近づく」

 

人生意気に感ず「横山ゆかりちゃんに新たな展開。連続失踪との関連。県民マラソン近づく」

 

◇私が現職の県議の時、横山ゆかりちゃんの失踪事件を度々取り上げた。太田のパチンコ店で忽然と消えた。防犯カメラには不審な男が写っていた。あれから20年近くが経つ。今でも多くの情報が寄せられるそうだが決め手になるものがない。幼児を犯罪から守るために犯人の逮捕はどうしても成し遂げねばならない。犯人逮捕は同種の事件の発生を防ぐためにも不可欠である。

 

◇民法テレビがこの事件について新たな展開を報じている。特殊な映像技術を駆使して防犯カメラの映像をカラー化したのだ。これによりパチンコ店内の状況と共に

 

容疑者の姿がより鮮明になってきた。帽子のつばに白い線が入っている。首が細い。腕の動かし方に特徴がある。身長が157センチ位と小柄できゃしゃ。これらから、犯人は女性の可能性があるというのだ。

 

 河野大臣もテレビの中で見ていた。群馬県警も見ていたに違いない。この機会に県民の関心を高めて新たな一歩を切り開いて欲しい。

 

◇テレビの中で河野大臣は「他の4つの事件と連動している可能性がある。先入観にとらわれずに追求する」と発言していた。他の4つとは、福島万弥ちゃん(当時5歳、79年)、長谷川有美ちゃん(当時5歳、84年)、大沢朋子ちゃん(当時8歳、87年)、松田真実ちゃん(当時4歳、90年)。これらは失踪後遺体が発見されている。いずれも栃木県との県境の近接したところで発生。同一犯の可能性がある。私は栃木県警と協力してこれら未解決事件に全力を尽くすべきだと訴えた。

 

 再審で無罪となった菅谷さんは「真犯人が捕まらなければ自分は一生グレーのままで白とは思ってもえない」と真犯人逮捕を訴えた。これに応えて足利市議会で市長も「警察当局の尽力を期待したい」と答弁している。「文藝春秋」は、「群馬県議会でも県警本部長が足利事件と横山ゆかりちゃん事件との関連を問われている。市民の感覚なら当然のことだろう」と書いた。2011年2月号、429頁。私の発言を指すと思われる。群馬県警は、初心に返って、また、威信をかけて頑張って欲しい。

 

◇県民マラソンが近づきナンバー、コース図等が届いた。フルマラソンの取り入れで私の10キロコースも全面的に変わる。

 

 75歳、脚も心も健在。県議を止め新たな世界を走る今。昨日はアジアの留学生に人間塾で話した。(読者に感謝)

 

 

 

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2015年10月19日 (月)

人生意気に感ず「傾くマンションは全国を揺さぶる。姉歯氏は今。暴力団の存在を否定せよ」

 

 ◇傾きマンション問題はどこまで広がるか測り知れない。三井側は住民と協議を進めている全棟を建て替えるという。くい打ちを行った旭化成建材の社長は部下の管理者を悪者扱いして説明しているようだ。2005年の耐震強度偽装の姉歯事件と構造的に似ていると思えてならない。 

 くいが基礎まで届かない。注入するセンメント量も不足。マンションは地盤が弱い埋め立て地に多く建てられている。大災害の時代が進行中である。マンションは一生に一度の買い物である。絶望感と不安におののく人は無数にいるに違いない。

 

 住人は無力である。政府がリーダーシップを発揮して解決策を見出すべきだ。全国的な問題なのだから民間に任せておくべきではない。安倍政権の信頼度、支持率がこの問題に大きく掛かっている。

 

◇あの事件から10年もたつ。あの時は先ず、「姉歯」という奇妙な名に驚いた。この人はどこのテレビでも連日袋叩きにされた。前橋市にも中央駅の近くに姉歯物件があると分かった。「袋叩き」からは、悪い奴なのだからこの際みんな仕事と関係ないことも洗いざらい暴いてやろうという意図が窺えた。余りマスコミの攻撃が厳しいので、私は密かに同情心を抱いた程だ。

 

 最近、姉歯事件を調べた人がいる。それによれば「3・11」後、姉歯物件はひび一つ入らなかった。震度5か6でパターンと倒れると報じられていた。年収2千万を超える収入、愛人にマンションを与え月15万の小遣いを与えた、何億円もの隠し預金。これらの事実は一切なかったという。自殺した妻だが、事件前から精神的な問題を抱え闘病中だった。この妻はブランド品を買いあさり、高級フランス料理店でグルメ三昧、ホストクラブ遊びと報じられたが、一切これら事実はなかったという。その通りだとすればマスコミが殺したようなものだ。追い詰められた弱い立場の人は反論が出来ない。天下の公器を担うマスコミにはそんな体質があるのか。大災害に際しテレビの役割は大きい。

 

◇山口組と神戸山口組の分裂に伴う抗争が懸念されている。いつも不思議に思うことは、巨大な犯罪集団の存在が法的にも認められていることだ。暴対法で規制を厳しくしているが、それも社会的存在を前提としている。河野大臣は公安委員長を兼ねるが、この点を検討すると発言した。暴力団の存在を許すことは法治国家の名に恥じることである。(読者に感謝)

 

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2015年10月18日 (日)

小説「楫取素彦物語」第54回

 この時、松陰は静かに語り出した。

 

「違勅問題等で追い詰められた幕府のあがきだ。大義のない幕府が、幕府に反対する者に大弾圧を加え出した。非を繕うために非をもってする。自ら墓穴を掘るとはこのことだ。私は天下の正論をもって幕府の不条理に対決するつもりだ。正論は至誠が支える。至誠が通じぬ人はいないはずではないか

 

「しかし、誠が通じるのは、相手の心が正常の場合だけだ。心が狂っているとき、心の鏡が曇っているとき、至誠は正しく映らないでありましょう」

 

 玄瑞が言った。彼は松陰が一途に突っ走ることを密かに警戒している風であった。

 

 ここで先ほどから黙って考え込んでいる様子の伊之助が口を開いた。

 

「松陰殿、今度という今度は、あなたの人生にとって最大の危機、最も重要な舞台でありますぞ。生きのびることが何より肝要です。この事をくれぐれもお忘れなきよう

 

 冷静な伊之助にしては珍しく感情を込めた話し振りであった。

 

 伊之助と玄瑞の背後に寿と文が身を固くして座っていた。寿は烈婦と言われただけに気丈で、動じる様子はなく男たちのやりとりを全身を耳にして受け止めていた。一方文は小さな肩を小刻みに震わせ、必死に耐えている様子であった。

 

 最後に松陰が言った。

 

「わたしたちは、学問を通して、村塾を通して、兄弟の縁を通して、幾重にも結ばれた間柄です。この結束は崩してはならぬ。だれかが欠けることがあってもこうして培われた心の絆はどこまでも受け継いでいきたいもの。そのことを誓って欲しい」

 

 一同は、頷いたが、松陰の遺言のようにもとれて釈然としない気持であった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

 

 

 

 

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2015年10月17日 (土)

小説「楫取素彦物語」第53回

「吉田松陰は江戸に出頭せよ」

この幕命が安政六年四月に発せられた。松陰のまわりは俄に騒然となった。

 松陰が東送の檻に入れられるのは五月二四日である。司獄福川犀之助は数日間思案に暮れていた。犀之助は自問自答した。

松陰は囚人であるから例外なく厳格に扱わねばならない。しかし、同時に尊敬する師である。江戸へ送られれば恐らく生きて帰れまい。家に帰して一夜でも肉親縁者と過ごさせてやりたい。しかし、それは藩法に反する。他囚への示しがつかなくなる

苦慮の末犀之助は一計を案じた。

「吉田松陰に一夜の転牢を申しつける。厳重な監視が付くことは持論であるが万一約定の時刻に戻らぬ等、誤ちある場合は一族に責任が及ぶことを覚悟せよ

 犀之助は同囚の者を意識して申し渡したが犀之助が師に対してぎりぎりの情を示したことを同囚の者は感じとっていた。

 五月二十三日の夜、父母、親戚が別れを惜しんだ。伊之助夫妻、玄瑞夫妻の姿もそこにあった。ローソクの炎が揺らぐ中、重い沈黙が狭い部屋を支配していた。

「大変なことになりました。無念です」

伊之助が沈黙を破った。

「江戸の裁きは意外な程軽かったのに、今度の東送の命とは。幕府め何を血迷ってか」

玄瑞は空間の一点を睨み、唇を噛んで言った。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年10月16日 (金)

人生意気に感ず「傾くマンション。東洋ゴムの不正。西郷と聖書。謎の事件」

 

◇日本の企業は信頼出来る筈ではなかったか。三井不動産系の傾くマンションと防振製品の東洋ゴムの不正で社会は騒然となっている。

 

 かつて、姉歯という変わった名の一級建築士の不正設計による建物が世間を騒がせた。ああいうことは極く例外かと思っていた。今回の三井不動産とか三井住友建設という一流企業にも不正があったと聞くと、今日の騙し合い社会の風潮は社会全体に例外なく及んでいるのかと疑いたくなる。

 

 どこかの国で風もないのにビルが倒壊した事件が報じられたことがある。ああいうのを笑えないのが事実なのか。日本では巨大地震が近づいているのだ。マンションを支える柱が、基盤岩盤に届いていなかった。

 

 東洋ゴムの不正は3度目である。地震国日本にあっては大きな建物は免震装置としてゴムが使われている。巨大地震に対して大丈夫なのか。

 

 日本の技術は世界のトップレベルと言われ世界の信頼を得ている。金城鉄壁も蟻の一穴から崩れる。今回の2つの企業の不正を見てあらゆる企業は謙虚な姿勢で原点に立つ思いで足元を見詰めるべきである。

 

◇最近、珍しい本が贈られた。「聖書を読んだサムライたち」。幕末のサムライたちは、西洋の知識を求め、宣教師に接触している者が多かった。注目すべきことは、西郷隆盛が聖書を熱心に読んでいたということ。この本は、西郷の座右の銘「敬天愛人」の背景には聖書があると書く。平成20年鹿児島市の西郷南洲顕彰館で開かれた「敬天愛人と聖書展」では、西郷が聖書をよく読み、それを人に教えていたという証言が紹介されたという。

 

 このことを例に、筆者は「敬天愛人」は、新約聖書マタイ伝が出典箇所だと主張する。事実だとすれば興味をそそられる。幕府がキリスト教を厳禁した時代であるが、幕府の権威は衰え、反幕府の価値観、及び西洋の知識への強い関心をもっていた西郷が聖書に親しんだことは十分に有り得ることと思われる。

 

◇館林の女性死体遺棄から半年。遺体の主は、当時84歳の化粧品販売業者の萩原さん。同時期に行方不明となり遺体で発見された板倉町の40代女性と関係があるらしくこの人の車から萩原さんの血がついた衣服が見つかった。この二人の共通の足利市の知人女性が登場し、事情聴取が行われた。謎の事件の捜査は水面下で進んでいるに違いない。(読者に感謝)

 

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2015年10月15日 (木)

人生意気に感ず「アメリカが水没。アジアの留学生たち。短大で語る」

 

 ◇マイアミ、ニューオリンズ、果てはニューヨークまで水没の危機とは。最近の研究結果が今月の米科学アカデミー紀要に発表された。最近の異常気象は唯事ではない。瞬間最大風速81メートルと聞くと信じ難い思いと共に、この状況は更に加速されるのかと強い不安に駆られる。このような異常気象の中で、アメリカの「水没の危機」は現実味を持ち、他人ごととは思えないのである。「温暖化」は過去の地球的気候大異変とちがって人類がつくり出したもの。人類は自らの過ちを何とか出来ないものか。 

◇この科学アカデミー紀要は、このまま手を打たなければ、4.3mから9.9m海面が上昇すると警告し、水没リスクが高い都市の名を具体的に挙げる。そして、CO2排出量が減少に転じない場合、ノーフォークは、「2045年に運命の日が来る」としている。

 

 海面上昇はもとよりアメリカだけの問題ではない。既に住民の避難が始まっている南の島国はどうなるか、そして、日本の東京に広がるゼロメートル地帯の運命は。危機は刻々と身近に迫っている。

 

◇昨日、2つの若者の集まりで話をした。アジアの留学生の入学式と某短大に於ける講演である。150名程の留学生は日本語学院への入学生で、中国、ベトナム、スリランカ、インドネシア、ネパール等々多彩で、しっかりした表情から新興国の若者の心意気が窺えた。いくつかのグループの代表が挨拶したがいずれもしっかりした内容で感心させられた。彼らの多くは母国の大学で日本語を習っている。日本語学院では彼らに日本語だけでなく、日本の文化やおもてなしを教えている。その中心が寺子屋「人間塾」である。私は名誉学院長、そして人間塾塾長である。激変と緊張の国際環境の中での交流に私は確かな手ごたえを感じる。私は、「世界は一つ、アジアは一つ、共に学び合おう」と挨拶した。

 

 某短大の講演は注文によって私の人生を語るもの。昭和15年から現在に至る人生をこの間に私が関わった歴史的出来事と関連させて話した。太平洋戦争、敗戦、新憲法、戦後の混乱と復興、大学時代、妻の死と県議選挑戦等々。他の大学も通じて感じることは、現代の若者には元気がないことだ。平和で豊かな時代の現象だろう。その実、大変な危機が迫っていることを自覚させられないことは教育の貧困と危機である。(読者に感謝)

 

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2015年10月14日 (水)

人生意気に感ず「記憶遺産。北京虐殺とシベリア抑留。中国人帰国者の釣り。マイナンバー」

 

◇世界記憶遺産登録をめぐって、中国とロシアの記憶が巨大な亡霊のように目の前に現れた感がする。中国については「南京虐殺」。中国は「30万人」と主張し、日本兵が後ろ手に縛られた中国人を斬首する写真等を問題にしている。

 

 私は日本軍の残虐行為があったことは否定できないと思っているが、30万人は多すぎる。ユネスコの制度を政治的に利用しようとする意図は明白だ。「白髪三千丈」の国中国にとって30万人は物の数ではないのだろう。

 

◇シベリア強制抑留は「北方領土」、そして最近のクリミア併合と共に恐い国ロシアを想起させる。

 

 私の「望郷の叫び」は靖国神社の「文庫」に永久保存となっているが、この際多くの人に読んで欲しいと思う。平成16年7月、元抑留者たちとシベリアの収容所跡地等を巡った。

 

 酷寒、飢え、強制労働の悲惨さは言語に絶するものだった。今、多くの関係者がこの世から去ろうとしている。正しく記憶に刻まねばならない。拙著の第5章「日本人が最後に意地を見せたハバロフスク事件の真実」及び第6章の「スターリン大元師への感謝状」には、現代の日本人の心に刻んで欲しいことが書かれている。

 

 ハバロフスク事件ではサムライたちが日本人の意地を示した。中枢にいた一人、永井さんは倉敷の施設におられたがまだ存命であろうか。この文を書きながらお会いしたくなった。

 

 「感謝状」は、ハバロフスクの国立古文書館で女性館長エフドキーモヴァ氏の特別の計らいで入手した。日本人としてこの文書を持ち帰り紹介したのは初めてと信じている。帰国したい一心でスターリンを偉大な人類の指導者にして天才と持ち上げ、日本のことを「強盗的日本帝国主義」と貶める。正に、「自虐」とはこのようなものを指すというべき。

 

◇先日(11日)、敷島公園で中国人帰国者のマス釣り大会があった。私は、群馬県残留帰国者協会の顧問である。人々の中には、先年、日本への怨みを展示した吉林省「満州博物館」を共に訪れた顔も見られた。

 

 戦後70年を機に満州の体験等を体験集にまとめることになった。既に多くの文章が寄せられた。私は満州生まれではないが、関わりある者として一文を

(

したた

)

、巻頭言も書いた。

◇「マイナンバー」で官僚が収賄容疑で逮捕された。国民の生活が情報技術の波に飲まれていく。一兆円市場が生まれ利権に亡者が群がる。(

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2015年10月13日 (火)

人生意気に感ず「性犯罪の厳罰化。強姦罪とは。小渕氏元秘書の有罪判決」

 

 ◇強姦罪が厳罰化の方向で動く。殺人と共に象徴的な犯罪。欲望が渦巻く現代社会で性犯罪の実態は、私たちの認識と予想を超えて酷いらしい。厳罰化の動きの背景である。「魂を殺す犯罪」と言われるのは、被害者の深刻な心の傷が長く続くからである。 

 現行刑法は、暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は強姦の罪とし3年以上の有期懲役に処する(177条)となっている。そして、被害者の告訴がなければ罪に問えない(親告罪)。これは被害者の名誉を考慮するからだ。

 

 改正の主な点は、3年を5年とし、告訴を不要とし、親の立場などを利用した性行為の罪を創設し、肛門性交なども強姦と同様に扱う。更に注目すべきは、被害者を「女子」に限らないことにする点。男性に対する強姦罪が成立することになる。強姦の名称も変わるのだろうか。いつの時代も、社会の実態が先行し、法規制がそれを追う。性犯罪は人間の自由と密接する微妙な問題を伴う。成熟社会の倫理や道徳を守る防波堤の一つに刑罰は果たして成り得るか。

 

◇小渕氏の関連団体の虚偽記載に関し、東京地裁は元秘書2人に、執行猶予付きの有罪判決を下した。裁判長は、「政治活動に対する国民の不断の監視と批判の機会をないがしろにする悪質な犯行」と述べた。

 

 刑に対しては、重い、軽いなどいろいろな見方がある。私は長く政治に関わったものとして、この事件の背景にはサービスを求める大衆とそれに安易に迎合する政治家の悪しき慣習があると思う。振り返れば、過去の実態はもっとひどかった。この事件を機に、有権者と政治家の対応はまた大きく変わるに違いない。この判決は、サービスの面に限らず、有権者に迎合する政治の在り方に鉄槌を下したと見るべきだ。

 

◇先日、ロイヤルホテルで、同志が実行委員会をつくり、私の感謝の集いを開いてくれた。2千円の会費はホテルの格別の計らいで実現した。ところがこれに対し、冷たい烏龍茶、冷たい弁当、タクシーで行ったのに等々指摘する厳しい手紙が届けられた。「うーん」。こういう世界から離れるのだという思いと共に一抹の寂しさがある。強い信念と神経がないと政治は出来ない。民主主義が衆愚政治から抜け出すことが出来るか。今、曲がり角にあると思う。(読者に感謝)

 

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2015年10月12日 (月)

小説「楫取素彦物語」第52回

「まあ、きれい、このようなものを私に」

 文は人形を胸に抱きしめた。人形を見つめる文の頭が玄瑞の胸に触れた。髪の香を吸って、玄瑞は思わず文を抱き寄せた。数日間の隔たりは人形と共に若い二人を一挙に結びつけた。静かな村塾の中で、恋の炎が燃え上がった瞬間であった。

 安政四年、前年のうち松陰は許されて野山獄を出たが、天下の風雲はますます急を告げていた。その中心的事件は日米修好通商条約締結の動きである。総領事ハリスは江戸城の大広間で大演説をぶち通商条約の必要性を訴えていた。天下の動きは松下村塾にも伝わり塾生たちは時至れりとばかりにまなじりを上げ、口角泡を飛ばして議論に盛んであった。

 この緊張感を和らげるような噂が少し前から流れていた。

「ヘエー、あの文ちゃんが」

「ほんとかのう」

「そういえば、この頃、塾の周りで見かけんが」

 こんなことが囁かれ始めてからしばらくして、噂は突然現実のものとなった。高杉と共に村塾を代表する秀才、久坂玄瑞との結婚であった。美丈夫、長身の久坂十八歳、文は十五歳華燭の典は安政四年、十二月五日にとり行われた。

 実は、この安政四年十二月五日の日付で松陰は文に手紙を書いている。

「久坂玄瑞は訪長年少第一流の人物である。だから、また天下の秀才である。私の妹の稚劣を考えると、妻にふさわしくないのではと心配である。しかし人は自ら励み、自ら努めればどんなことでも成し遂げられる。まして婦人の道はそんなにむずかしくない。ただ成し遂げようとしないのを憂えるのみ

 ざっとこのような意味である。嫁ぐ末の妹のことをこんなに思いやる兄がいるだろうか。杉家の人々の絆の強さがうかがえる。又松陰の妹を思う一途な心、愛弟子玄瑞への誠意が現れている。

 動乱の時代は明日さえ分からない。男女の人生の船出は激流の中の木の葉のようだ。松陰は末の妹文をいつまでもあどけない少女と見ている。この文が激流にさからうような生き方をしている玄瑞と生きて人生を全うできるか限りなく心配なのだった。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年10月11日 (日)

小説「楫取素彦物語」第51回

玄瑞の胸の鼓動が伝わるようであった。十五歳の少女にとって夢のような出来事であった。兄松陰の門人の中で、高杉晋作と共に村塾の双璧と言われ、特にその美丈夫ぶりは目立っていた。

文は玄瑞を別の世界の人間と遠くで仰ぎ見ていたが、いま、一挙に身近かな存在になった。玄瑞が去った後も、文はその場に漂う炎にからめ取られたような気分であった。文の胸に未知の何かが入り込み根を下ろしつつあったが、文にはまだ、それが何か分からない。その後、村塾で視線を交わすごとに、胸の中の何かは次第に成長していった。 

 玄瑞は初め可愛い妹のように見ていた。血風の中を駆け、家族のない玄瑞にとって、文と交わす短い言葉は、心地よいいやしであった。しかし、いつしか、文の視線の熱いものに気付いた時、玄瑞は自分の胸にも何かが生まれつつあることを知った。

 ある時、玄瑞の姿が村塾から消えた。そっと兄松陰に聞くと、火急な用で京へ行っている、数日で戻るということだった。文には、その間が随分と長く感じられた。玄瑞が再び村塾に姿を現したとき、文は胸をときめかして喜んだ。

 文がいつものように教室を片付けて掃除をしていると、玄瑞が現れた。

「まあ、お帰りなさい。京へ行かれていたのですか」

「そうです。しばらくでした。今日は文ちゃんに京の土産を渡そうと思って。皆の前では憚られるので戻ってきました」

 玄瑞はそう言って布を広げた。現れたのは可愛い京人形であった。玄瑞は驚いて身を固くしている文の手をとって、人形を握らせた。玄瑞の手の温もりが文の手から胸に流れた。

 

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年10月10日 (土)

小説「楫取素彦物語」第50回

 時には、文は塾のお兄さんに字を教えてもらうことあった。塾生が去った後の教室で、後片付けをしていた文は机の下に一片の紙を見つけた。力強い美しい字が躍っている。どなたのものであろうか。文は引き込まれる思いで不思議な文字を見詰めた。

 その時である、戸がガラッと開いて大きな影が現れた。

「やあ、文ちゃん、お掃除ご苦労さんです。忘れ物でもどりました。あっ、その紙です。松陰先生の大切な話を記録したものです。あってよかった。文ちゃんありがとう」

村塾でも一際目立つ美丈夫、久坂玄瑞であった。

 文は突然のことでどきまぎし、頬を真っ赤に染めて言った。

「かってに読もうとして申し訳ありません。この初めの二文字が目について何だろうと思っていました。私には読めません」

「ああ、それはじょういと読みます。せっかくの機会ですから、今日は、私が文ちゃんの先生になります。お座りなさい」

「まあ、そんな、私のような者に申し訳ありません」

 少女は瞳を輝かして言った。冬の日差しが静かに部屋に流れていた。

「攘は、はらいのける、夷は、異人、つまり外国人のことです。だから攘夷は異人をこの国からはらいのけるという意味です。今、この国は、外国に支配されてしまうのかどうかという大変な時なのです

「ふーん」

文は驚いたようにうなづいた。

今日は、外国にどう立ち向かうかということで大激論しました。松陰先生は進んだ外国に学ぶことが大切だと申されました。しかし学ぶ前に負けてしまったらどうするか。私は大変迷って先生にぶつかりました。文ちゃんも勉強して考えて下さい」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

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2015年10月 9日 (金)

人生意気に感ず「元プロレスラー馳浩と脱原発の河野太郎。ベルリンの壁は語る」

 

 ◇元プロレスラーと聞くと猪木を思い出す。初入閣の馳浩氏。長州力のジャパンプロレスに入団。バックドロップで一時心肺停止となり臨死体験したこともあるから本物のレスラーだった。得意技ノーザンライト・スープレックスは元祖。ブリッジの美しさは他に類を見ないと評される。誰かがプロレスラーに文部科学大臣が務まるのかと言った。 

◇馳氏は国会議員として真剣勝負をしているらしい。「児童虐待の防止等に関する法律」の制定、改正に一貫して関わり、漫画、アニメ・ゲーム、映画を規制する「青少年健全育成基本法案」の担当者として長年関わっている。

 

 専大の学生時代は、古典文学の全集を片端から読破し、海外遠征の時は「源氏物語」を持参した。また、受験雑誌「蛍雪時代」の古典講座で連載をしていた。レスリングはオリンピックにも出場した。当選は衆院6回、参院1回。

 

 安倍首相は面白い人物を文科相に選んだ。私はプロレスの大ファンだった。八百長と言われるが真実もある。変身した国会議員として国会というリングで死力を尽くして欲しい。文科大臣としての行動に注目したい。

 

◇今度の組閣で注目する一人に国家公安・行政改革担当の河野太郎氏がいる。歯に衣着せぬ発言で、異端児と言われる。脱原発が持論。フルシチョフと渡り合って引かなかった祖父河野一郎を思い出す。大臣となれば今までのような訳にはいかない。行政改革は現在の日本に最も重要な課題の一つ。河野氏がどう発言し、どう行動するか注目したい。

 

◇私の書斎の目の前に広げた手のひらに乗る程の一片のレンガがある。平成3年(1991)10月にベルリンで入手した「ベルリンの壁」の一部。視察の当時、壁はまだ残り、ところどころに弾痕があった。1989年に壁は崩壊し、1990年東西ドイツの統一は成った。今、深夜である。目の前のレンガにドイツの歴史が浮かぶ。数百万人のユダヤ人を虐殺したヒットラーのナチス。同時にアフリカ戦線のロンメル将軍の姿や潜水艦Uボートの活躍、そして長距離ミサイルV2号を開発したフォン・ブラウンを思い出す。ドイツは廃墟から見事に立ち直り、血塗られた過去に学ぼうとしている。多くの難民が「ドイツ・ドイツ」を連呼してドイツを目指している。9月だけで20万人を受け入れた。ナチス時代の反省が背景にある。

 

◇先日の夜、10キロのコースを完走。11月3日が近い。75年の酷使に耐えた私の足は健在である。(読者に感謝)

 

 

 

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2015年10月 8日 (木)

人生意気に感ず「TPP合意の意味。マイナンバー詐欺。元警察官に18年」

 

 ◇沸き立つような社会状況が続く。安保国会の嵐がひとまず去り、次の大波はTPP。安倍首相は経済最優先を掲げるが、TPPの動向が日本経済に深く関わる。太平洋を囲む壮大な経済圏、海洋国家日本が躍進する時が来た。通商新時代の到来なのだ。安政5年(1858)の日米修好通商条約を起点とする貿易の歴史がここまで発展したことを思う。 

◇TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が大筋で合意となった。県会にいた時、TPPは主に農業に関して語られた。群馬の農業が壊滅的打撃を受けるというものだった。見えない敵の影に怯える感もあった。

 

 参加国の関税が下がるから、輸出が増え、輸入も増える。安い農産物が入ることで日本農業は厳しい競争に晒される。しかし、農業改革で乗り切れるだろう。それを見越して農業関連株が値上がりしている。安倍首相は農業分野を重点に万全の処置を講じると決意。具体的には全閣僚が参加する総合対策本部の設置である。

 

◇世界経済の4割近くを占める広大な経済圏が出来、そこでの共通なルールが作られる。首相は「アジア太平洋に自由と繁栄の海を築き上げるTPP」と評価する。オバマは、「世界経済のルールを作るのは中国のような国ではなくわれわれでなければならない」と表明してきた。

 

 TPPに中国が参加していないことには重要な意味がある。中国は新たな海洋国家を目指し太平洋に大きな影響力を作りだそうとしている。かつて太平洋を舞台に死闘を繰り広げた日米が力を合わせて「繁栄の海」を築こうとしている。

 

◇マイナンバー詐欺が早くも始まった。新しい制度に便乗した手口によって70代の女性が数百万円以上の被害を受けた。「偽のマイナンバーを伝えた男」、別の男から「公的機関に寄付をしたいのでマイナンバーを貸して欲しい」、第三の登場人物が「マイナンバーを教えたことは犯罪になる」等の電話。支払った女性は混乱したのだろう。役割分担は正に「劇場型詐欺」。私のケータイにも頻繁に「劇場」が伝えられひっかかる人がいるだろうと懸念していた。倫理なき社会は弱肉強食のジャングルか。

 

◇大阪府警の元巡査長に18年の判決か。妻の存在を隠して女性と交際し殺した。現職時の犯行に裁判長は「人の生命を守るべき義務に反し強い非難に値す」と。全国の警察に対する警鐘である。(読者に感謝)

 

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2015年10月 7日 (水)

人生意気に感ず「ノーベル賞!微生物に感謝。ニュートリノに感謝」

 

 ◇ノーベル賞週間が始まった。二人の受賞に感動。まず一報は微生物研究の大村さん、そして、次は夜中のケータイで物理学の梶田さんの受賞を知った。日本は凄い、日本人は凄い、と素朴に嬉しく思った。大村さんの研究は、人類の日常に役立つもの、梶田さんのは、人類の夢を広げる。どちらも人類の存在と発展に不可欠だ。 

大村さんはゴルフ場の土の中の微生物を研究して寄生虫薬の開発につなげた。特効薬イベルメクチンはアフリカの人々を救いアフリカに光をもたらしている。定時制の教師時代に働きながら学ぶ生徒から学問への情熱を学んだと語る。私は自分の定時制時代と重ねて思いを深くした。「微生物に感謝」と語る。微生物は地球の生命の起源につながる。そこに隠された凄い能力は私たち生命の根源に結びつく神秘的なもの。大村さんの研究は足元の目に見えない存在も地球の一員として役割を果たしていることを改めて教えるものだ。

 

◇本郷の東大キャンパスの宇宙線研究室が喜びに湧いた。ビッグバン、この瞬間も続く宇宙の膨脹。膨脹は止まるのか。果てしなく続くのか。それは宇宙の質量の総体にかかわる。梶田さんは宇宙線ニュートリノに質量が存在することを発見した。梶田さんは語る。「ニュートリノの研究はすぐに役立つものではない。人類の知の地平線を拡大するようなもの。純粋科学にスポットをあてられて嬉しい」

 

 カミオカンデで知られる小柴さんの受賞が大きな基礎になっている。すぐに役立たない研究に税金を注ぐことこそ、日本の文化の姿勢を示すものだ。アメリカは、広い宇宙の知的生命体発見のためにロケットを飛ばしている。

 

◇日本人のノーベル賞受賞は、大村さん、梶田さんを含め24人。7日は化学、8日は文学、9日は経済学の分野の受賞者が分かる。ワクワクの感動を教育の現場に結びつけて欲しい。日本のノーベル賞の現状は先進国の名に値する。元気のない日本と言われるが、そんなことはない。世界の目が日本に注がれている。平和、文化、科学の国として誇りを持つ時である。

 

◇5日、長く私を支えてくれた文化団体、ボランティア団体の人たちが「中村のりお7期を振り返って」を開いてくれた。7期の実績を今後に生かすために「手をつなぐ会」を発足させた。定時制時代の旧友が当時を語った。(読者に感謝)

 

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2015年10月 6日 (火)

人生意気に感ず「東大弁論部で講演。マイナンバー始まる」

 

 ◇徳富蘆花が一高弁論部で記念講演をした状況が新聞で報じられた。大逆事件で幸徳秋水等が処刑された直後。一高の大教場は蘆花が大逆事件で何を語るかと数百人の聴衆であふれかえったという。 

 弁論部の伝統は今日に至るまで続いている。その機関誌「一高東大弁論部・縦の論壇」に私は何度か投稿した。今年の総会は11月2日、午後7時かえら神田の学士会館で行われ、私は「初代群馬県令・楫取素彦」を語ることになっている。

 

 東大の弁論部は、いわゆる弁論術を競う場ではない。様々な時の課題について考え、議論を交わし自らを高めることを目的とする。私は駒場寮の弁論部に入り多くの人と知り合いになった。あれからおよそ半世紀が夢のように過ぎた。振り返れば、東大も一つの通過点であった。数年前、駒場を訪ねたら寮は取り壊され既に跡も形もなかった。かつて、立て看板が林立し、あじ演説が繰り返されたことが嘘のようだ。その静かさは、学問の府の正常の姿なのか、それとも覇気を失った若者を象徴するものか。11月2日の夜は遅くなるであろうが前橋に帰り、翌日11月3日は、県民マラソンで10キロを走る。私の誕生日は10月30日なので、今年の県民マラソンは、私の75歳の世界を走ることになる。私の人生の先には何が待受けるのか。どこかから聞こえてくる。「人は疑惑と共に老ゆる。人は恐怖と共に老ゆる。人は失望と共に老い朽ちる」。サミュエル・ウルマンの詩の一節である。

 

◇長年議論されてきたマイナンバー制度の実施が現実となる。国民一人一人に12桁の番号が割り当てられる。来年1月から運用が始まる。国や自治体の行政事務を効率化するのが目的。コンピューター技術が驚異的に進んだ情報化社会の出来事である。増々複雑化する行政事務を効率化する利便性は画期的なものだろう。一方でリスクも懸念される。情報の流出と悪用、国民の管理が強化されるなどだ。又、全ての国民が番号で扱われるという抵抗感もある。血の通った行政を変質させてはならない。カードの通知が今日から始まる。住民票の住所に届けられるが、住民票以外に届ける特例も認められる。DVの被害者など住民票の住所にいない人のためだ。

 

 9月時点の特例希望者は県内で1936人。そのうちDV被害が129件。DV被害の多さを窺わせる。新たな詐欺も増えるだろう。(読者に感謝)

 

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2015年10月 5日 (月)

人生意気に感ず「ある死刑囚の死と司法の信頼。中国人強制連行と如意寺」

 

 ◇再審請求を続けた死刑囚が4日、89歳で亡くなった。名張毒ブドウ酒事件。三重県名張市の公民館の宴会で起きた事件。ブドウ酒を飲んだ5人の女が死亡。奥西勝が自白。津地裁は無罪。名古屋高裁は死刑。最高裁で確定。以降、再審請求が繰り返され、一度は再審開始決定となるが、それも取り消され、現在第9次の再審請求の審理中だった。昭和36年(1961)に起きた事件。当時奥西氏は35歳だった。 

 第1審の判決と江川紹子のレポートを読んで、私は有罪に疑問をもっていた。チッカリンTと呼ばれる農薬が死の原因。これを運ぶことに関わったのは奥西氏の他に2人。警察の的はやがて奥西に絞られる。奥西氏は不倫していたという。不倫相手の女性及び妻が亡くなった5人の女性に含まれていた。三角関係を毒殺によって清算しようとしたと警察は見立てたのだ。

 

◇奥西氏から弁護団に届けられた手紙には死刑囚の恐怖が綴られている。「毎日午前中には死の恐怖との戦い、午後になると今日は助けられたとホッと胸を撫で下ろしの毎日繰り返しの生活です」と。死刑執行は午前中なので、死刑囚は午前中自分の部屋の前に靴音が止まるかと息を殺して待つのだという。

 

 奥西氏は病死したが再審請求に向けた審理は続けられる筈だ。死後に無罪が確定されるということも有り得るのだ。奥西氏は死刑の執行はなされなかった。仮に執行されたとしても、執行後の再審は有り得る。だから死刑執行後に無罪が判明することは有り得る。死刑廃止の論拠の一つは冤罪である。私は基本的に死刑に反対だが、最近の犯罪状況を前に迷っている。死刑の犯罪抑止力は否定出来ぬと思うからだ。結局、「犯罪が増えても、冤罪による死を避けねばならぬ」という価値観を認めるかどうかだ。帝銀事件の平沢死刑囚の事と共に日本の司法制度に重くのしかかる事件である。

 

◇昨日、月夜野町の如意寺を訪ねた。東京都の疎開児童の寮として使われた。かつてこの寺の住職は強制連行され働かされ死んだ中国人を時の権力に逆らって手厚く葬った。境内には殉難者の碑が建てられている。証拠がないと言われた強制連行の証拠が発見されたことはNHKの報道番組で報じられた。歴史が凝縮されている。境内で、当時の住職の勇気に胸を打たれた、人間の尊重は国境を越え時を越える。(読者に感謝)

 

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2015年10月 4日 (日)

小説「楫取素彦物語」第49回

我が身を案じて少しでも手を抜くなら、そのことが我が心を傷つける。しかし、身内の忠告は温かい励ましとして受け止めます。お寿も心配していることだろう。母やお文にも私から言えぬことはあなたから言って欲しい。あなたの心を受け入れて、命を軽く考えることはしない、それは約束しましょう

 松陰は伊之助の手を固く握って言った。

 しかし年を経ずして、伊之助が恐れていた事が生じた。この年の暮、十一月二九日、遂に藩命が下った。学術不純にして人心を動揺せしむるとして、松陰は一室に厳囚されることになり、翌、十二月五日、野山獄に再度、投獄の身なった。

 松下村塾が、塾の域を超えて政治的結社の様相を示していたために藩として幕府の手前もあり放置できなかったのだ。

 松陰が野山獄に入った後、伊之助は官職の一部を辞して松下村塾で教え、小数の塾生がこれを助けたが長く続かず、村塾はすっかり下火になった。

 安政六年五月四日、遂に伊之助が最も恐れた事態が現実となった。幕府の松陰江戸檻送の命が届いたのだ。

 

 

 文の恋・別れ

 

 

 松下村塾に血気の若者が出入りする中で、人々の微笑を誘う一人の少女がいた。松陰の末の妹文である。時々物陰で兄の話を聴く姿が若者たちの心を和らげていた。文坊とか文ちゃんと言って頭を撫でる塾生もあり、文は塾生に無邪気な笑顔を返していた。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年10月 3日 (土)

小説「楫取素彦物語」第48回

 この年九月、安政の大獄起こる。重大な情報が伝わる中で松陰は居ても立っても居られない。そして、門弟たちに直接行動を促すようになる。その計画には老中間部詮勝襲撃もあった。藩は松陰の過激な言動に眉をひそめる。

 そんなある日、伊之助が松陰を訪ねた。

「松陰殿、時局は風雲急を告げ、大変な事態が進んでいます。慎重な行動が肝要かと思う。目下の天下の情勢は一刻も目が離せぬ。しかし、急いでは事をし損じる。藩が幕府に気兼ねして村塾に圧力をけることも有り得ることだ。井伊大老の狂気は尋常ではない。萩にも幕府の密偵が入っている気配もある杉の一族も心配している。身内として敢えて申したい

 松陰は伊之助を正視した。伊之助の誠意、身内の温かさを受け止めている表情である。

「下田の黒船の時もあなたの忠告を受けた。振り返って感謝しています。今回のこの事態は単に天下の一大事では済まぬこと。今まで学問に注いできた全てが試される。今こそ、私の全存在をかける時、そのために村塾がどうなるかは小さなことだ。我が身がどうなるかも同じこと

伊之助は松陰の気迫に圧倒された。

「しかし、村塾は明日の日本を開く力を生みつつありますぞ。あなたも、生き延びて新しい国を開かねばなりません」

松陰は伊之助の言葉を無視して続けた。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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2015年10月 2日 (金)

人生意気に感ず「ケータイに15億の寄付が。白内障の手術。警察官の不祥事」

 

 ◇数日前から私のケータイに異変が生じた。「15億差し上げる」、「再生事業の対象に指定されました」、「子宮頸がんで余命がない」等々。一番念入りで、もっともらしいのは15億円だ。身寄りがなく死期が迫っているという。発信ごとに後見人の行政書司の言葉が添えられてくる。遂に御臨終で亡くなった。口座に振り込む準備が出来たそうだ。 

 共通なのは、こちらの連絡を待っていることだ。中には、連絡しないと大変まずいことになると恐怖心を抱かせるものも。もし連絡したら、ストーリーはどう展開するのか。

 

 振り込め詐欺が一向に減らない背景に、いろいろな不気味な実態が存在することを知った。この世は無数の罠が仕掛けられている。美しい花や光る宝石に目を取られ罠に近づく足をじっと待っている犯罪者の群れ。

 

◇警察力には限界がある。醇風美俗を以て特色とした日本の伝統が崩れつつある。指先で操作して見えない相手を動かす機器の発達が詐欺社会に拍車をかけている。現代社会はある意味機械との対決である。

 

◇28日、前橋日赤病院で左眼の白内障の手術をした。3日程目が使えないというのでブログの書き溜めをした。眼帯をとると実によく見える。わずかなことから目の不自由な人の大変さを理解した。病院に一歩踏み入れて健康の素晴らしさを噛み締める。大病院には別の世界が広がっている。人生が長くなった一方で様々な病で病める人々が広がっている。一泊の入院、夜の静けさの中で、40数年前、この病院で亡くなった前妻のことを思い出した。

 

◇最近の犯罪現象には異常さを感じる。殺人が日常茶飯事のように報じられている。交際相手を殺す。孫が祖父母を殺す。人間の欲望が増々盛んになり、それを抑える規範意識は増々低下する。「殺すなかれ」、「犯すなかれ」。これは人間社会の発祥以来の掟である。これだけ殺人が多くなると、殺人罪の神秘性が薄れてくる。警察官の使命は実に重い。

 

◇その警察官の世界にも変化が生じているのか。警察官も人の子、社会の子だが不祥事が多すぎる。大阪府警の元巡査長に懲役20年の求刑が。妻がありながら交際し、命乞いにもかかわらず絞殺し浴槽に沈めた。警察官にも病める社会の弊風が忍び寄っているに違いない。今月30日、警察マラソンに昨年に続いて参加する。こういう企画は良いことだ。(読者に感謝)

 

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2015年10月 1日 (木)

人生意気に感ず「オバマの弔辞」

 

 ◇先日、この欄で、世界の権力の頂点に立った黒人大統領オバマについて書いた。その時、ネルソン・マンデラへ捧げたオバマの弔辞を思い出していた。国家反逆罪で27年の獄中生活を送り、出獄して1993年ノーベル平和賞を得、翌94年に南アフリカ共和国の大統領になった人。享年95歳だった。南アのヨハネスブルクのスタジアムで葬儀は行われ、オバマは語りかけた。 

「今から30年以上前、私がまだ学生だった頃、マンデラ氏とこの美しい土地で繰り広げられた闘争について学び、私の心の何かを震わせました。そして、人と自分に対する責任に目覚めて旅立ち、あり得ないようなめぐり合わせを経て、私はここにいます。(中略)そして夜の闇が濃くなってきた時、不正が私たちの心に重くのしかかってきた時、最善の計画がとても達成不可能に思えた時には、彼のこと、そして獄中で彼の慰めとなった言葉を思い出して下さい。

 

 いかに門が狭かろうと

 

 いかなる罰が与えられようと

 

 わが運命の主は私

 

 わが魂の司令官は私

 

なんと素晴らしい魂でしょう。彼がいなくなって私たちはとても寂しくなります。マンデラ氏に神の祝福がありますように。南アフリカの人々に神の御加護がありますように。」

 

 27年間の獄生活で光を失わなかったマンデラの魂は人類の希望である。

 

◇オバマと習近平の会談が25日に行われた。気になるのは、サイバー攻撃、人工島、空中接触の危険等々。それにも増して重要なのは、アメリカが中国を対等な大国と認めるか否か。世界の秩序を乱すレッドドラゴンが太平洋を二分して支配するようなことを許してはならない。

 

 南シナ海の人工島では滑走路が完成したと伝えられる。これと合わせ3本の滑走路の計画が進んでいる。完成すれば、南シナ海は中国が事実上実効支配することになる。巨大な人工島を元に戻すことは事実上不可能だ。世界はやり得を許すのか。

 

◇山本太郎参議院議員が安保関連法案採択の時、議場内で喪服を着用し、焼香の仕草をした。国民受けをすると思ったのか。馬鹿なピエロに見える。議長は厳重注意した。「良識の府」は厳しく制裁を加えるべきではないか。(読者に感謝)

 

 

 

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