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2015年8月10日 (月)

人生意気に感ず「長崎の日。20年前の平和宣言。侵略、反省。非核三原則」

 ◇県議の時、長崎を視察し複雑な思いを抱いた。それは、圧倒的な歴史の重みである。江戸の鎖国時代、出島は唯一西欧に開かれたいわば天窓だった。そしてキリスト教の遺産群。この遺産群は富岡製糸場と同時に世界文化遺産に仮登録されていた。カトリックの本山・バチカンをバックに持つ長崎に群馬はかなわないだろうと密かに思ったものだ。それからもう一つ、強く思ったことはキリスト教徒の悲劇の他に原爆が落とされたことだ。神も仏もないのかと思った。

 

◇20年前の8月9日に長崎市長名で出された長崎平和宣言を改めて読んだ。前文には次のような部分がある。「まちは一瞬のうちに廃墟と化しました。るいるいと横たわる黒こげの死体。水を求め、家族を探し、さまよい歩く人々。この世の終わりを思わせる惨状がそこにありました」

 

 加害の歴史を訴える宣言第三項の次の部分を噛み締めた。「私たちは、アジア太平洋諸国への侵略と加害の歴史を直視し、厳しい反省をしなければなりません。私たちの反省と謝罪がなければ、核兵器廃絶の訴えも世界の人々の心に届かないでしょう。日本政府は、過去の歴史を教訓とし、アジア諸国の人々と共有できる歴史観をもって、世界平和の構築に努力してください」

 

 原爆投下の惨害が第二次世界大戦の中で起きたことを重視しなければならない。人間の心理は複雑で微妙だ。ここで述べていることは地獄を経験した長崎の人々の実感に違いない。これに対して自虐史観だと批判する人がいるだろう。

 

◇間もなく発表される首相の「70年談話」に世界の注目が集まる。特に中国・韓国を中心としたアジア諸国の関心が。安倍首相は、この談話で先の大戦に対する痛切な「反省」と共に「侵略」に言及するらしい。先日発表された首相談話に関する有識者会議の報告書でも「満州事変以降、大陸への侵略を拡大し」の文言が明記されていた。

 

 私は安倍首相の毅然とした政治姿勢と相まって「侵略」と「反省」が生きると考える。参院の国会答弁は立派だと思う。長崎原爆の日の記者会見で首相は「非核三原則」堅持の決意を述べた。作らず、持たず、落ち込まずで、これは憲法の平和主義、そして9条と結びつくもの。長崎で語るに適した言葉であった。(読者に感謝)

 

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