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2015年8月29日 (土)

小説「楫取素彦物語」第35回

 野山獄の囚人たちは多く親族から見捨てられた人々だった。また、いつになったら出獄できるかも分からず将来に望みがもてない人々だった。やがてこれらの人々の心に松陰が光を投ずることになる。

 江戸伝馬町の獄とは大部事情が異なっていた。全が士分ということもあった。世をすねた頑な人たちも松陰の存在には大いに関心を示した。政治的な情報から遠ざけられた人々にとって、なぜ黒船に乗り込んだのか。アメリカで何をしようとしたのか。そして、渦高く積まれた本に囲まれて一心に書を読む姿。これらは牢内の人々に新鮮な衝撃を与えた。そして、時々交わす言葉から松陰の心が伝わるのであった。松陰の胸にはあの伝馬町の獄の光景が甦っていた。

 五郎八たちはどうしているか、思いを巡らしていた時、一人の男が松陰に声をかけた。

「幕府は黒船と戦うのか。長州は攘夷を貫いてきたが黒船を破れるのか」

 暗く沈んだ表情の男は恐る恐る、こう尋ねた。人間を信じていないという目の色である。

「はい、幕府内でも初めは戦うかどうか議論があったことでしょう。しかし、勝てる見込みがないので、戦わず、条約を結んだのです。

 長州は強気ですが、長州一国で戦える相手ではりません。私は黒船に立って、その凄さを肌で感じました」

 人とまともな会話をした経験がないようなこの男は、松陰が丁寧に答えたことが外であったらしい。礼の表現がわからないためか、白い歯をすこし見せて笑った。

 借牢という制度は、判決に基づくものでないから期限がない。牢を借りた家族の同意がない限りいつまでも入れておかれる。松陰入獄時の同囚の人たちの存獄年数は3年から19年までの者が10人、なんと49年という長きにわたる人が1人いた。長い存獄が人間の心を破壊するさまを松陰はまざまざと見せつけられるのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

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