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2015年8月16日 (日)

小説「楫取素彦物語」第32回

「新しい国が生れることを願っています。その時まで生きる希望が湧きました」

 ある古参の囚人はこう言って松陰の手を握った。その目はすでに罪人のものではなかった。牢名主の五郎八は言った。

「わしたちは、先生によって外の世界の変化を知りました。ここだけでわしたちの一生が終るのではないという望みを持つことが出来ました。わしたちが一番恐れいったことは先生がわしたちをまともな人間と認めておられることでごぜえます。わしたちは罪を犯した罪人でごぜえますが、人間というものは一回の失敗で全てがきまる、そんな簡単なものじゃねえ、人間は心が新しくなれば、新しい生き方が出来るんだ、そういうことが何なく信じられるようになったのでごぜえます

五郎八はこう言って言葉を止め、しげしげと松陰の顔を見た。

先生は年もお若い。新しい時代を生きる人だと思いやす。わしたち、先生に何のお役に立つこと出来ねえのが情けねえ。ただ一同で祈るばかりでごぜえます。先生のことは一生忘れるものではごぜえません。どうか御無事で生きておくんなせえ」

 松陰はどこでも教師である。それは獄中でも例外ではない。いや、凝縮された人間関係が存在する特殊な環境である獄中こそ松陰の教師的要素が発揮される場所であった。

 松陰たちは罪情を素直に認めた。判決は極めて緩やかな内容で、二人は在所において蟄居ということであった。在所とは、郷里のことである。本来、死刑も止むを得ない大罪であるにも関わらずこのような異例の処分になった背景にはペリーの幕府に対する働きかけがあった。

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

 

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