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2015年8月30日 (日)

小説「楫取素彦物語」第36回

 一人の質問の様を見て、人々の様子に変化が見られた。まともに聞いてもらえるという空気を感じたのだ。別の男が、もぞもぞと躊躇している風であったが意を決したように口を開いた。

「長州はどうなるのですか、長州は幕府に逆らってきた。あなたの黒船乗り込みも幕府に逆らうことだ。幕府に取り潰されることはないのか」

「幕府は落ち目。長州には勢いがある。時代の流れは長州に味方している。幕府に取り潰されるなど断じてありません。長州の力は歴史の中で培ってきた団結の力です。長州の時代が近づいています。これから予想されるのは新しい長州を実現させる産みの苦しみなのです」

 質問者と答える人、このような光景は、野山獄の歴史で見られなかったことだ。人々の表情に生気が甦りつつあることが感じられた。

 このような場面が重ねられた後のある日、興味ある出来事が見られた。

 末席にいた一人の女がおずおずと手を挙げたのだ。実はこの野山獄には一人の女囚がいた。三九歳の女囚は、高家の未亡人で久子といった。被差別部落の男性と交際したとし咎められて下獄していた。なかなかの美形で、殺風景な獄舎では一際目立つ存在であった。

「女の身でお許しください」

首をかしげた姿が艶っぽい。

「新しい時代とはどんな世の中なのでしょうか。身分の差のない世の中になると、偉い先生から聞いたことがあります。本当なのでしょうか。その時、私ども女の立場も変わるものでございましょうか」

 女は、男とのあらぬ噂を立てられて苦しんだ。そして4年にも及ぶ獄中生活。これも女故のことと、世間を恨みつつ毎日を過ごしていたのだ。

松陰は答えた。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

 

 

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