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2015年8月27日 (木)

人生意気に感ず「上野村小で映画。県議会の歴史、執筆進む」

 

◇昨日は上野村小学校に出かけ、映画「楫取素彦物語」を上映した。深山幽谷に分け入るように進んだ先に山の小学校はあった。30年前空前の航空機事故があった御巣鷹の尾根は近い。校舎は、木材が多く使われて活気ある子どもたちと調和しているように見えた。 

 私は以前、この地域に2度訪れて楫取の講演をした。小学校と中学校である。今回は映画会ということで、小・中の生徒の他、地域の人も参加して、会場は満員であった。

 

 櫻井監督と私が紹介され、私は述べた。

 

「楫取素彦の生涯を知ることによって皆さんは生きる力を身に付けることが出来るでしょう。皆さんの心に生まれる小さな芽が大きく成長し大切な財産になると信じます」

 

 映画が終わって、中学生の女子生徒が御礼の挨拶をしてくれた。

 

「前に楫取さんのお話しを聞いたので、映画がよく分かりました。今日、私たちがこうして勉強出来るのは楫取県令のお陰だと思います」

 

 山の学校の生徒たちの純粋な心に楫取の至誠の生涯が染み込んだに違いない。

 

◇今、「県議会の歴史」を書き進めている。私は議会の経験を通して個々の事実に関して語る。1例を紹介する。昭和20年の11月議会、敗戦後初の県議会の1コマと私のコメントである。

 

―菅谷議長が登壇し訴えました。

 

「必勝の信念を堅持してあらゆる苦難欠之に耐え忍び国家の総力を挙げて闘い続けたが一億敢闘も空しく大御心に副い奉ることあたわず敗戦の屈辱を見るに至った。我等国民はいかなる事態に立ち至っても平和日本再建のためにあらゆる苦難を突破しいばらの途を切り拓き民族永遠の発展を企図せねばなりません」

 

 県庁は幸いにも爆撃を免れましたが、前橋は全市廃墟に化した状態でした。人々は、「国破れて山河あり」の心であったことでしょう。議長の心中には過酷な占領政策が描かれていた筈です。古来、敗者の運命は悲惨でした。男は奴隷状態に落とされ、女は犯され、社会は壊滅的打撃を受ける。こう考えた人が終戦直後は非常に多かったと思われます。私の父もその一人で、家族の安全と食糧事情を悲観して赤城の山奥での開墾生活を決意したのです。原爆を2個も落とし2つの都市を消滅させた残虐非道の国アメリカに破れた日本の将来を限りなく悲観的に捉えたことは無理からぬことでした。(原稿はいずれ発表する予定)

 

(読者に感謝)

 

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