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2015年8月 9日 (日)

小説「楫取素彦物語」第30回

「借金はいくらある。利子はどうなる」

 誰かが叫んだ。

「借金はないが、港を閉ざしてきた損失は何百万両にもかえ難い。そのために遅れた日本は国家存亡の危機を迎えた」

「お兄さんの罪とどういう関係があるのか」

 松陰は先程の発言者を見、今の発言者に目を移した。まともに耳を傾けてくれている。それが分かると松陰は嬉しくなり獄中にいることを忘れた。

「私は、外国船を打ち払うことを目的にしてきた。ところが黒船を見て分かったことは、容易に太刀打ちできないことだ。私は兵学の専門家で、初めは、夜の暗闇にまぎれて多数の舟に柴や藁を積んで近づき火攻めにすることを考えた。ところがよく観察すると、厚い鋼鉄で出来ている船は、馬より速く動くことが出来る。とてもではないが火攻めは通用せぬと悟った」

「おい先生」

 さらに別の男が口をはさんだ。

「心配になってきたぞ。沙婆にはかかあが待っているんだ。毛唐にやられるようなら今日までくせえ飯に我慢してきたかいがねえ」

「おめえのおっかあがいつまで待っているか分かったものか。毛唐が来る前に、今ごろ誰かに抱かれていらあ」

「何をこのやろう。今のひと言は聞き捨て出来ねえ。あやまらねえなら勝負をつけてやる」

「いいかげんにしねえか。政も虎もここで喧嘩はきつい法度だということを忘れたか。まだごたごたするなら、この五郎八様が血へどを吐かせるからそう思え。まだてめえらの腕の一本や二本折るぐれえのことはわけのねえことだ

そう五郎八が睨みつけると政も虎も静かになった。

それよりも、皆、よく聞け。お侍の話は面白れえじゃねえか。俺たちは娑婆から離されて、お天道様を拝めねえ身だ。今日、こんな話を聞けるたあ、何とがてえことではねえか。坊主の説教なんぞとは違って学のねえ俺たちだってよく分かるというもんだ。この五郎八様が線香くせえ説教をするつもりはこれっぽっちもねえが、お侍さんの話を身を入れて聞こうじゃねえか」

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

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