« 小説「楫取素彦物語」第14回 | トップページ | 人生意気に感ず「原発ゼロの好機。原発事故検証委報告の衝撃」 »

2015年6月21日 (日)

小説「楫取素彦物語」第15回

幕府がこの情報をつかんでいるかは知らん。しかし、幕府に打つ手はなく、何も備えがないことは確かだ。幕府の狼狽ぶりを高みの見物というけにはいきませんぞ。異国船のことを話したついでにもう一つ実に興味深いことを貴公に伝えたい」

 松陰はここで言葉を止めた。空間の一点を見詰めた表情は長崎の記憶を辿っているようにも見える。伊之助は松陰の口が動くのを待った。

「私は長崎で妙な人物と心を通じることになった。異国の言葉を操り、異国の事をよく知っている。私が長州人と知って近づいてきた。初めは警戒していたが不思議に心を許し合うようになった

「ほほう、何者ですか、その正体は」

伊之助は身を乗り出すようにして松陰の顔をのぞき込んだ。

「その正体は謎だが、幻馬と名乗っていた。アメリカの軍艦の来航が近いことも幻馬の口から出た。この男が、千載一遇の機会を逃さず異国船から学ぶべしと言ったことが今でも耳の底にある。実は最近、この男からが届いて長崎で幕府が取調べた漂流民のことが書いてあるのだ」

「漂流民は珍しくはあるまい」

伊之助は先を急がすように口を挟んだ。

「幻馬は、ただの漂流民にあらずと言うのだ。ジョン万次郎と申す土佐の漁民のせがれで、アメリカで高等の教育を受け、鯨船に乗って世界の海を渡った経験を持ちアメリカの国政を正しく語ったそう。幻馬が言うには、日本の先を開く鍵を握る男だというのだ。

万次郎なる男、腹のすわった賢い人物で異国語を自国語と同じように使いこなす。このような男は今の日本では唯一人、と幻馬は申す。薩摩の島津斉彬公は三顧の礼をもって万次郎から学ぼうとしているそうだ。幻馬が私に注目すべしと言っていることがもう一つある。それは、幕府が万次郎を罰しないばかりか、重用するようになるだろうというのだ。幻馬は私に何を語ろうとしているのか。ずっと思案しております」

「万次郎なる人物に会ってみたいものだ

伊之助が言うと、松陰は大きく頷いた。

※土日祝日は中村紀雄著「小説 楫取素彦」を連載しています。

|

« 小説「楫取素彦物語」第14回 | トップページ | 人生意気に感ず「原発ゼロの好機。原発事故検証委報告の衝撃」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小説「楫取素彦物語」第15回:

« 小説「楫取素彦物語」第14回 | トップページ | 人生意気に感ず「原発ゼロの好機。原発事故検証委報告の衝撃」 »