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2015年6月 4日 (木)

人生意気に感ず「人権擁護団体で楫取を語る。林健太郎の世界の歩み」

 ◇昨日は、群馬県人権擁護委員連合会で楫取の講演を行った。元総社町の市町村会館の講堂は200人余の人々であふれた。法務省管轄下の団体。人々は人権擁護に当たる民間のボランティア。人権は社会を支える最も重要な原理である。私は人権の観点から楫取素彦を話すことにした。

 

 いつもと違った切り口は、明治5年の奴隷船マリアルーズ号事件である。思えば、十数年前、私は自ら主催する歴史塾で、この出来事を取り上げ、その中で初めて楫取素彦に触れたのである。明治5年(1872)といえば、長く続いた世界の奴隷制はほとんど廃止され奴隷貿易は禁止されていた。ペルー船籍のマリア・ルーズ号は、密かに中国人を奴隷として南米に運んでいた。明治政府は多くの中国人を断固解放したことからペルーとの間で訴訟となった。この訴訟の中でペルー側は、日本にも酷い奴隷制度があると言って、訴訟資料として女郎の証文を提出した。驚愕した政府は急遽太政官布告第295号を出して娼妓解放を宣言した。この布告こそ、形の上では日本で最初の女性解放であり、人権尊重の原点であった。

 

 明治12年の最初の県議会で、湯浅治郎等が中心となって廃娼の建議をまとめ県令楫取が実施に向けて動いた。この動きの背景には奴隷船の物語、そこから生まれた太政官布告があった。

 

 なお、吉田松陰と楫取の教育理念の根底には、身分にとらわれず人間を平等視する価値観があった。今でこそ、日本国憲法の基本原理をなす人権であるが、その源流は松陰や楫取の価値観の中にもあった。「人権」は時を超えて社会を支える価値であることを私は人々に訴えた。

 

◇私は今、書棚の奥から「世界の歩み」を出して読んでいる。岩波新書の上下で、恩師林健太郎先生の著作。先生は文章の達人であると改めて思う。奥深い複雑な歴史の動きを平易な文章で見事に流れるように語る。この本の中で、林先生がフランス革命について熱く語る部分がある。そこで先生は、ルソーについて「フランス革命の精神的な父であった」、「ルソーはフランス革命の創始者であると云っても過言ではない」と語っておられる。フランス革命で出された人権宣言こそ、その後の世界を大きく変えた人権の政治的原点であり、日本国憲法の中にもその価値は流れ込んでいる。憲法改正を考える基礎理論でもある。(読者に感謝)

 

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