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2015年5月 4日 (月)

随筆「甦る楫取素彦」第199回

果たせるかな、楼主は届出書への連署押印を拒絶した。そこで、代理人・弁護士は直ちに届出書をそのまま浅草警察署に呈出した。警察は方式が欠けるとして受理を拒否。

浅草警察署と代理人との間で、届書の呈出と突返しがあった。争いは、警視庁令の解釈の違いによった。警視庁令は、32条で届書には加印をなすべしとし、37条は、廃業したときは3日以内に警察に届け出るべしとあった。綾衣側は37条を重視して、廃業したのだから届出さえすればよいと解釈し、浅草署は32条を重視して加印がなければ駄目と主張した。

二六社は遂に実行に移った。つまり、綾衣は既に廃業した①、届出の手続きも済ました、後は綾衣の意思で郭から外に出ることである。

暴力の妨げがあれば裁判に訴える決意で臨む。ところが意外にも何の抵抗もなく綾衣は外に出ることが出来た。自由廃業が現実に成功した事実であった。

既に記したが、大審院は、娼妓契約は太政官布告第295号によって無効と判示していた。つまり廃業は娼妓の意思で自由に出来るとした。だから綾衣が自由廃業を表明した段階で廃業は完成した。あとは、届出に関する現実の壁があったわけである。

  二六社は綾衣(あやぎぬ)こと中村八重の救済成功に快哉を上げた。この一娼妓を救うことが日本全国幾十万の同じ境遇の婦女子を救うゆえんと報じた。その通りだと思う。報道機関がこのような社会的事業を敢えて行ったことに驚きを覚える。

  もっとも、この例のように娼妓救済の実行行使がいつも成功するとは限らなかった。当時の時事新報は、綾衣騒動の同じ日に、洲崎の郭から娼妓を救済しようとし暴漢に襲われ失敗した山室軍平等救世軍の例を報じている。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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