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2015年5月23日 (土)

小説「楫取素彦物語」第6回

剛蔵は一気に語った。気持の高ぶりを抑えて話す風が窺えたが、心の興奮をその目が物語っていた。久米次郎は、これこそ生きた学問であると受け止めた。そして、陽明学を学ぶものとして、幼い心に深く期するものがあった。

 

 天保九年、久米次郎十歳の時、長州藩は村田清風を登用して藩政の改革を始めた。長州も莫大な借金をかかえ藩政は危機にあった。

兄から大塩の乱の話しを聞いていた久米次郎は藩政の改革ということがいかに重要であるかを知っていたので、改革の行方を子どもながらに見守っていた。

 天保十年から十四年までは、西暦では1839年から1842年に当たる。隣国清は衰えて列強の力に屈しようとしていた。そして、外国の影響は日本にも一層大きな力となって迫りつつあった。

 天保十年、渡辺華山や高野長英が幕政を批判して罰せられた蛮社の獄が起きた。また、この年、高杉晋作と久坂玄瑞が生れた。二人は後に松下村塾の双璧といわれた。久坂は松陰の妹文を妻としながら志士として奔走し禁門の変で自刃するという運命を辿る。

 天保十一年(1840)、この年久米次郎は儒家小田村吉平に請われてその養嗣子となり名も小田村伊之助となった。

 この年、吉平は小田村家に入った伊之助を前にして静かに語った。

「大変な時代が進んでいる。隣国清はアヘンをめぐりイギリスと戦争になったという。この戦は明日の我が国の運命に関わることだ。お前も関心を寄せて学ばねばならぬぞ」

「はい、小田村家の学問を深めるためにも、情報には細心の注意を払います」

伊之助は義父の前に手をついてきっぱりと言った。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説・楫取素彦物語」を連載します。

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