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2015年5月12日 (火)

人生意気に感ず「がんの時代の死生観。梅原猛と森喜朗。NASA」

◇私の友人福島浩君が50歳で肺がんで倒れたことを昨日書いた。私の前の妻は40歳で胃がんで亡くなった。あの頃を想像すると、がんの捉え方について隔世の感がある。当時はがんというだけで大変な恐怖だった。恐怖は今も同じだが、3人に1人ということで誰もが罹る身近な病気となった。このことが気持ちを楽にしている面もあるだろう。薬や技術が進歩して治る可能性が高まったこともある。しかし、死に直結する病気に変わりない。自分の身に置きかえてみれば大きな恐怖だ。自分なりの死生観を持たないと乗り切れない。現代の日本人の死生観はどうなっているのだろうか。

 

◇今、社会の大きな問題は健康寿命を伸ばすことだ。そのために、医工連携により新産業を育てることが叫ばれている。これは地方創生の大きなカギでもある。健康寿命は個人の問題であると同時に国家社会の問題なのだ。

 

 私は満74歳。毎朝走れることを幸せに思う。走ることが健康寿命に直結していると信じる。しかし、走りながら、いつかは、その時は、とがんに対面するときのことを考える。

 

 今月号の文藝春秋を買った。梅原猛と森喜朗の記事が目に止まった。満90歳の哲学者は、自分の死生観について面白いことを書いている。それは死生観の極致。「人間は無限の過去から受け継がれてきた遺伝子をもっている。その意味で私の中に過去の永遠が存在する。その遺伝子の未来における発展は計り知れない。私は自己の中に過去の永遠と未来の永遠という二つの永遠を宿している」。こう語りながら、「90歳になった今、死を受け入れる準備が一応出来たと思っている」と言うのだ。私は、この哲学者の思想を時間をかけて考えてみたい。

 

◇元総理大臣の森喜朗は、今年、2度目のがんの手術をしたという。以前のは前立腺がんで、今回は肺がん。両方とも、今話題の腹腔鏡手術。自分のがんのことを淡々と受け止めている。森さんは78歳。のんびりテレビを観る生活より、ぎりぎりまで人の役にたつ生き方が人間として最高と語る。このような単純明快な人生観、死生観がいい。私も同感である。

 

◇NASAで月ロケットの実物を見て度胆を抜かれた。宇宙時代が進んでいる。日本は独自の技術で「スリム」の月面ピンポイント着陸を目指す。「はやぶさ」の快挙を超えてどこまでいけるか夢は果てしない。地球外生命の発見は近いと思う。日本の科学技術は夢を育む。(読者に感謝)

 

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