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2015年5月24日 (日)

小説「楫取素彦物語」第7回

 

 三、松陰の家庭。

 

 

 団子岩の丘を登る人の声が聞こえた。耳につくのは若い男の子の声。春であった。丘は緑であふれ、梢を渡る風は木々の葉を揺るがしていた。耳をそばだてると、漢詩を唱えそれを復唱する声らしい。やがて親子らしい二人が姿を現した。篭を背負い本を手にした男が大きな声で詩文を発声し、後に続く少年が時々立ち止まり、空に向って大きな声を出し、小走りに追いかける姿である。

 二人の行手に粗末なあばら家が建っている。そこに辿り着くと萩の城下が一望でき、その向こうの海面に指月山を背にした萩城の天守閣がそびえていた。

「寅次郎、今日はよく頑張ったな」

汗を拭きながら男が振り返って笑顔を見せた。

「はい、父上、天気もよく気持ちよく学べました。これで玉木の叔父に怒られずに済みます」

少年の声は弾んでいた。その瞳は木々の緑を映したように澄んでいた。

「は、は、は、文之進はお前に大きな期待を寄せているの。過ぎたところがあっても耐えねばならぬ」

おとこは愉快そうにそして諭すように言った。

「はい父上、よく分かっております」

少年の声が即座に反応した。

 二人は寅次郎(松陰)とその父杉百合之助親子であった。松陰の家は萩の外れの団子岩といわれる高い丘にあり、父と母滝を中心にした大家族であった。子どもだけでも六人いた。松陰の三人の妹は、順に千代子、寿、文であった。これら家族の他に病人を含む親戚の者が何人か同居し、母滝の苦労は並大抵ではなかった。滝は温かい、心の広い人柄で家族をよく支えた。後に松陰は子どもを育てる上で母親は特に大切な役割だと述べているが母の影響が身にしみていたのであろう。峻巌で容易に人を誉めない松陰の叔父玉木文之進も滝だけは「丈夫も及ばぬ」と嘆称したという。

 

※土日祝日は中村紀雄著「小説・楫取素彦物語」を連載します。

 

 

 

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