人生意気に感ず「選挙戦中盤の状況。ゆうじは戦う」
◇昨日、各紙に、選管による選挙公報が折り込まれた。一頁の最初、一番目に付くのが萩原ゆうじ。パッと目に飛び込む。私は天の助けと思った。運も戦いに勝つ重要な要素。
長年選挙をやってきた者として、空気の変化が何となく分かる。「頑張って」と電話、窓から振る手、車から向ける笑顔。30歳の萩原ゆうじの認知度が上がっている。人々の期待感が高まっている。
過密なスケジュールの中に時々、小さな短時間の座談会が入る。「この戦いには大義があります」、私がこう発言したら、ある老人が言った。「君のために前橋は選挙になった。無投票当選なんて民主主義の自殺だよ。君のセールスポイントを1つ挙げるとすれば何だね」
緊張していたゆうじ君の表情が変化した。選挙戦で初めて見せるような笑顔を作って答えた。「はい、聴いて下さい。私は公認会計士として企業の決算を監査し、アドバイスしてきました。県は7千億の予算を持つ大企業です。これを公認会計士の視線でチェックします。県民の宝である税金が正しく使われるかを分析します」、老人が大きく頷いた。
◇毎日、夜のほぼ同じ時間帯にいくつもの会場を動く。昨日は、中心市街地から北の富士見、南の広瀬へと飛んだ。私とゆうじ君がメインであるが、前後を何人もの弁士が補って何とかこなしていく。
広瀬町の集会室では満席の人々が待ち受けていた。疲れが飛ぶ。最後の会場だ。遅れるゆうじ君が現れる迄飽きさせないで話そうと決意してマイクを握る。この会場には他とちがった特色があった。あちこちに中国人の顔があった。私の同志ともいうべき人々。中国北部からやってきて、多くの人々が国籍を得ている。元残留孤児の顔も見えた。私が「炎の山河」で書いた松井かずさんの姿はもうない。
「この会場で何度も皆さんに集まってもらいました。今回が最後です。私の政治生活の最後のお願いです。私に寄せて下さった温かいご支援をどうか後継者、萩原ゆうじにお与え下さい」大きな拍手。窓の外に選挙カーが近づく。ゆうじ君が現れる。会場が沸いた。ゆうじ君は白い歯を見せ手を振った。疲れが消えた顔である。「あとわずかとなりました。どうか勝たせて下さい。中村先生の後継者として恥ずかしくない県会議員になります」と若い声。(読者に感謝)
☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。
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