随筆「甦る楫取素彦」第195回
楼主の側はそれが重大な営業妨害と分かると配下のヤクザ者、用心棒を使って排撃にかかった。救世軍は旗を折られ太鼓を破られ、彼ら自身ボコボコにされ血を流した。しかし、このような行動が繰り返される中で、それが遊びや軽い気持から出たものでないことが伝わり、新聞が真剣に取り上げるようになり、世論を動かしていくようになる。今日の、テレビの時代にこのようなことが起れば、テレビは絶好の話題として取り上げるに違いない。
新聞では毎日新聞が熱心であった。明治13年から15年の頃、群馬県議会の廃娼問題を特集を組んで取り上げたのも毎日新聞であった。明治33年(1900)8月7日の毎日新聞は、「廃娼と救世軍」と題した記事を載せた。要点を取り上げる。
「救世軍なる一団体が実践を主としてキリスト教を下層社会に宣布せんとして一日も怠ることがないのはひそかに感服するところなり。この団体が今回、醜業婦救済所を起し、多くの賎業にたえられない者を救済する企てを始めた。築地に家屋を借り避難所に当て、機関誌・『ときの声』主筆の山室軍平氏夫婦が専ら担当した。去る三日、
救世軍は、運動の手始めとして吉原遊郭で廃娼演説をしたがたちまち妓夫等の妨害にあって乱打された。しかるに、この同じ日、矢吹大尉は新宿遊郭に入り込み、今回の事業を説明した女郎衆に与ふる書を配布した」と。そして、記者は次のような感想を述べる。「この勇壮猛烈なる運動は今後継続され、救世軍は負傷者を出す毎にその勢をふるうに違いない。私は近来の一大快事であると感じざるを得ない」と。
※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。
5月6日からは「小説 楫取素彦」を新連載します。
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