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2015年4月12日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第191回

 女性解放と人間尊重を目指した楫取の決断は時代の進む方向、世界史の流れに合致していた。だから、楫取の播いた種はその後大きく成長した。私は、特に、「自由廃業運動」の中にそれを見る。

「自由廃業運動」は一外国人・宣教師モルフィによって始められた。娼妓がその意思によって自由に廃業出来るという発想のもとは明治5年の太政官布告に秘められていた。

 太政官布告第295号は、年期を定めて娼妓を拘束することは無効であると宣言した。しかし、その後、布告は守られず巧妙な方法で形をとりつくろって変わらぬ実態が続けられた。巧妙な方法とは、楼主は座敷を貸し、娼妓は場所を借りて自ら営業主となるという手法である。形の上では営業主だから拘束はないのである。娼妓は営業主だから営業を止めることは自由である筈。モルフィは、この理屈を逆に利用したのだ。

 モルフィは、アメリカ人で、プロテスタントの宣教師である。彼は太政官布告によって一旦禁止された筈の人身売買が貸座敷の中で依然として行われていること及び女の悲惨な状況を知って憤慨した。そして、この最大の社会悪を止めさせることを神から与えられた使命と受け止めた。

 モルフィは、裁判を利用して廃娼を実現しようと思い立ったのである。裁判所の判断は国家の意思表示であるからその効果、影響は絶大である。公娼は国家の制度として行われている。自由廃業を裁判で勝ち取ることは、国家の意志で国の制度を崩すことになる。群馬は廃娼が確立していたが他県は違ったのである。名古屋と新潟は特に公娼が盛んだった。モルフィが行動を行こしたのは名古屋だった。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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