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2015年4月 5日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第190回  

当時は明治憲法下にあり、憲法上も平等の規定はなく、社会の実情は貧しかった。従ってこのような状況での教授の訴えは理想の空論ともいえた。しかし、群馬県の「廃娼」はその理想を目指した現実の一歩であった。戦後、日本国憲法が出来、男女の平等を含む人間尊重の国是が掲げられた。経済も豊かになり世界の経済大国といわれる迄になった。従って今日の社会は、阿部教授が目指した理想の社会である筈だ。女性は自らの意思を男に対しても主張できる。群馬県の廃娼決議は正に先見の明といえた。現在とて、建前と現実にはかい離がある。しいたげられた女性、生きられない女性は多い。しかし、全体としては社会は進歩し、女性は自らの選択肢に従って生きられる時代となった。 ◇自由廃業運動  廃娼運動の原点は明治5年の太政官布告である。一片の抽象的な法令は画期的な意義を持ったが社会に根を下ろし効果を発揮する迄には幾多の困難を乗り越えねばならなかった。この布告を受け止め現実社会の出来事に結びつけたのが「群馬の廃娼運動」であった。その主役は、楫取県令、県議会の人々、そして、群馬の青年等であった。楫取の功績は特に大きかった。単なる官僚政治家なら新たな道の開拓となる大改革を決断出来なかったろう。楫取は明治15年という時点で県令として廃娼を決断して布達した。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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