« 随筆「甦る楫取素彦」第172回 | トップページ | 人生意気に感ず「朝の走りと柴犬。斬首と世界。秋葉原事件に死刑」 »

2015年2月 2日 (月)

人生意気に感ず「後藤さん殺害。テロの現実が近づく。大災害と享楽」

◇遂に起きてしまった。早朝5時頃のニュースで後藤さんが殺害されたことを報じた。解放されると願っていただけに信じられぬ思い。安倍首相は「決して許さない」と語った。

「イスラム国」の声明は、今後日本人がこうなるのだと警告した。遠い世界の出来事が身近かな現実になった瞬間である。

 この出来事は、平和ぼけの日本人の目を醒まさせ、冷静なテロの現実に目を向けさせる。日本が「イスラム国」の脅しに屈し、委縮するなら世界に笑われる。日本人は誇りを持てないことになり「サムライ日本」も口に出来なくなる。

 私は、平和憲法が益々重要になったと信じる。なぜなら、平和と人権の理想を高く掲げた日本国憲法を踏まえた上で、「決して許さない」という毅然とした決意を示すのでなければ、単なる仕返しと見られるからだ。今回の事件は日本国憲法が本物かどうかが問われていると言える。

◇「イスラム国」の狂気は唯事ではない。都市の中央で、斬首、生き埋めなどの公開処刑を行い、子どもたちに見せるという。イスラム教を掲げるといわれるがイスラム教の本質はそんなものではない筈だ。

「イスラム国」の現実は、宗教とは何かを私たちに突きつける。そして、宗教と政治を一致させた結果は、政教分離の意義を改めて教えている。

 それにしても、世界の若者が1万数千人も「イスラム国」支援に参加していることは何を意味するのだろう。「イスラム国」を囲む我々の世界にある矛盾が一因ではないか。

◇国際テロの脅威に日本は備えなければならない。テロを効果的にやろうとする人々は日本の原発をターゲットにするかもしれない。防備は大丈夫なのか。「3・11」の原発事故の再来は御免だ。

 あれから4年近くなるが、人々の関心は急速に薄れている。「3.11」から教訓をという掛け声を強めなければならない。「群馬は大丈夫」という「安全神話」を破らねばならぬ。

◇新人・萩原ゆうじ君の関係で、「大災害が迫る」、「享楽にふける人々」と文章に書いたら抗議が起きた。前者につき、昨年の記録的雪害を初め常態化してきた異常気象、首都直下地震の恐れなどを説明した。安全神話の信者なのだ。享楽にふけるとは、私たちが反省すべき今日的な通常の生活を言っているつもりなのだが。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

|

« 随筆「甦る楫取素彦」第172回 | トップページ | 人生意気に感ず「朝の走りと柴犬。斬首と世界。秋葉原事件に死刑」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人生意気に感ず「後藤さん殺害。テロの現実が近づく。大災害と享楽」:

« 随筆「甦る楫取素彦」第172回 | トップページ | 人生意気に感ず「朝の走りと柴犬。斬首と世界。秋葉原事件に死刑」 »