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2015年2月28日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第180回

 

私はこれは日本国の大きな欠点であり、この哀れむべき者を傍観するのは同胞として忍びがたいと思い、政府にその解放を建白したところ、政府は早速これを受入れて娼妓解放令を明治5年10月2日に発した。この御布告に従って考えると、我が皇国内において人身を束縛することはどうしても出来ない。人民には皆自由の権利を与えなければならない。この布告の精神から考えれば、娼妓のような弊風は日本中に少しでも増やしてはならないということである。ところが、実際は、新開地に、又は妓楼のないところに妓楼が出来たりしている。既に布告があるにもかかわらず、「牛馬にひとしき者」を増やしている地方長官の気が知れない。かような御役人は、御布告の大罪人と断定出来る。

 大江は、講演をこのように結んだ。太政官布告第295号の重要性を考えるとき、これが、マリア・ルーズ号事件の裁判を進めた大江の建白によって発せられたことは注目すべきことだ。なお大江は「えた・非人」の賎称廃止を建白によって実現させた男である。女郎解放の建白も彼の中で一貫する信念の発露であった。

◇群馬県廃娼20年記念会に於ける主な発言

1、開会の辞  (徳江亥之助)

先ず、前橋市議会前議長徳江亥之助は格調高く開会の辞を述べた。その中で、徳江氏は次のように群馬の「廃娼」の経過を語る。県令楫取素彦は明治15年3月の県会に於ける廃娼建議可決を尊重し、同年4月、明治21年6月を限って県下の公娼を廃止する旨を達した。然るに次の県令佐藤与三は直前になって当分廃娼を延期する布達を行った。これに対し世論は沸騰し「延期」は取り消しとなり、遂に、明治26年12月末日を限り県下全体の公娼廃止を布達するに至った。今や本県は日本全国唯一の廃娼地となった。廃止より満20年に当り、この会を開設した。このように述べた後、次のように結んだ。

「諸君、精神的文明を以て物質的文明よりも優秀のものとせば、利根の水、赤城榛名妙義の山よりも、又古来世に称せられたる群馬の蚕桑織物よりも、全国唯一の廃娼地たる本県はむしろこの一事をもって天下に誇るべきものとならずや」

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月27日 (金)

人生意気に感ず「医師会との懇談。日中青少年書道展。上村君殺害」

◇昨日、医師会と自民県議との懇親会が行われた。公認候補を支援する担当医も既に決められている。私は、「今期で引退します。後継者の萩原ゆうじ君は、一番厳しいので宜しくお願いします」と挨拶した。開業医の先生が本気になってくれれば、その影響力は大きい。

 医業は極めて社会的な仕事である。社会の状況が病の原因にもなるからだ。だから良い政治家を育てることは良医の社会的責任の一端でもある。多くの医師の姿を見ながらふと思った。

◇懇談会を途中で抜け日中青少年書道展実行委員会に出た。群馬県日中友好協会の大切な行事として、今年10月、上海側と合同展を実施する。私は群馬日中の会長であり、実行委員長。この日の会議を仕切った。会場は県庁1Fのホール、優秀作品の選び方、表彰の仕方など多くのことが議論された。副実行委員長にして我が友・郭同慶氏が的確な意見を述べていた。中国側も準備を進めている。

◇中1全裸殺人の全貌が姿を現しつつある。子どもたちの世界に生まれつつある変化の現れかと注目している。隠岐諸島・西ノ島から転校してきた上村遼太君の明るい笑顔、8人組の不良グループのリーダー格の少年のこと、連日殴られた遺体には首の切断を意図したかのような傷が、そして「イスラム国の影響か」という捜査員の声。文春、新潮の2つの週刊誌は特集を組んでこれらのことを報じている。

 社会の状況から敏感に影響を受けるのが子どもたち。社会が異常になれば、子どもの世界にも異常が生じる。連日の日本社会の殺人事件、加えて「イスラム国」の狂気。

これらは子どもたちの世界に衝撃を与えているだろう。最近、小学校で暴力行為が急増しているという。上村遼太君の事件と共に、大きなシグナルを的確にとらえないと大変なことになる。その意味で遼太君の事件の推移を見守りたい。

◇萩原ゆうじ君と行きつけの店のカウンターでラーメンとニラ玉丼を食べた。「こちらが中村さんね」とおかみさんは塩分の少ないラーメンを私に差し出す。背中には谷川岳の写真が並ぶ。ご夫婦は谷川岳のベテラン。「遭難者は750人以上。しかし最近は岩登りが少なくなりました」とおかみさんは語った。岸壁に挑戦する若者の減少は日本社会の弱体化を象徴する。岸壁に張り付くゆうじ君を想像した。「頼みますよ」と言って店を出た。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2015年2月26日 (木)

人生意気に感ず「特殊詐欺の怪。警官の不祥事。ゆうじ君に宇宙を語る」

◇大澤知事は24日の県議会で、県民総参加により特殊詐欺を防止する決意を述べた。金融機関や被害防止に関わる業者などに参加を求める。既存の防犯組織を改編して特殊詐欺対策にあてるのだ。受け子が接点をもつ、タクシー、鉄道、配達業者等にも参加を求める。  昨年一年間の被害額は過去最悪の約8億6300万円。全国の特殊詐欺の縮図、何と不思議な犯罪現象であることか。  振り込め詐欺と言われてきた詐欺の形態は手口を変え進化し、一種の職業と化した感がある。多くの若者がアルバイト感覚で参加。受取りのいわゆる受け子を摘発してもトカゲの尻尾で本質に迫れない。金を持つ年寄を騙しても平気と考えているのか罪の意識が薄いらしい。建物が白ありに侵されるように社会が崩壊していく。放置すれば日本人の規範意識が崩れていく。社会を挙げて取り組まねばならない。大澤知事の決意の意味はここにある。 ◇「人を見たら泥棒と思えという諺がありますが、今は警察官を見たら、ですか」地域を回っていたら、あるおじさんにこう言われた。警察官の不祥事が後を絶たない。おじさんは巡査の未成年者誘拐未遂に憤っていたのだ。  病める社会で育った若者が警察官の世界に入ってくるのだから、警察官の教育と規律の維持は喫緊の課題。犯罪防止の砦が崩れていく。県警本部長は議会で「極めて遺憾。県民に深くお詫びする。厳正に対処する」と決意を述べたが、一つの不祥事の背景に本質的な問題があることに注意しなければならない。欲望の巷と化した社会にあって警官の職業は神聖で誇り高いものだ。サムライの精神が求められる。「めげるな」と若い警察官に声援を送りたい。 ◇忙中に閑。先日、萩原ゆうじ君と地域を回りながら、私は宇宙の話、生命の起源などを話し、彼は熱心に耳を傾けるので、車を止めてしばらく話した。壮大な宇宙は膨張を続けている。知的生命はどこに、そして人類の未来は。  かつて、塾で宇宙の話をすると生徒の目が輝いた光景を思い出した。「先生は宇宙人ですか。ハハハ」ゆうじ君の明るい笑顔は私にエネルギーをくれる。この若者、心の負担は大変な筈だが、決して愚痴をこぼさない。その姿が人々の共感を生み出している。小さな芽は逞しく育っている。もう一歩。乞う声援。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月25日 (水)

人生意気に感ず「大澤知事、出馬を語る。中1殺害の闇。ラジオで楫取」

◇一般質問の第一日目。織田沢幹事長の質問に対して知事は正式に3選出馬の決意を述べた。野党のある議員が2期8年という公約だったではないかと質したのに対し大澤知事は次のように答えた。「公約は守らねばならない。この間、公約の多くを達成した。そして多くの団体から出馬の要請を受け、熟慮に熟慮を重ねた。今、県政は非常に重要な時、県民の審判を受け、支持を得られるなら全力を尽くしたい」

◇中1の上村遼太君はグループ仲間に殺された可能性がある。断片の情報から見え隠れするのは結束バンドで縛られて暴行を加えられ死に至ったこと。年上グループから暴行を受けていた。万引きを強要され断ったら暴行を受けた。殺されるかも知れないと友人に打ちあけていた。河川敷近くの防犯カメラに写った姿。不良グループがつかまるのは時間の問題だろう。

 連日、殺人事件のニュースが絶えない。人を殺すことが日常のことのようだ。このような社会の状況は少年たちの心に影響を与えるだろう。暴力団が仲間に制裁を加えるような凶悪な事件が浮かび上がるのだろうか。

◇昨夜、FM群馬の収録を終えた。アナウンサーの対談のかたちで私は数回にわたって楫取を語ってきた。今回は「明けの明星―初代県令楫取素彦」と題して群馬に登場した楫取を語った。

「初代群馬県令としての楫取の功績を」と大崎アナに促がされて、私は教育、新産業、廃娼などについて語った。この番組を聞く人は意外に多いらしい。「聞きました」、「面白かったですよ」という声がいくつも寄せられていた。植木屋さんが作業しながら、ドライバーが運転しながら私の声を聞いていると思うと嬉しい。ラジオの世界が広がっているようだ、

 子どもの頃、ラジオ番組に熱中した思い出がある。耳から聞いて、場面を想像する。テレビと違ってラジオでは聞き手が想像力を働かせて参加する。私の生の声がその役割を果たすと思うと愉快である。「番審でも評判がよく、テープにして学校で聞かせたら」という意見があったとか。番審とは番組審査会。

「今後も、改めて楫取を語る番組を考えたい」とアナウンサー。「是非お願いします」と私。FM萩でも何回かやった。ラジオの登場は今後増えるかもしれない。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

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2015年2月24日 (火)

人生意気に感ず「私大生首都集中の抑制。介護報酬引き下げ。連載小説の予告」

◇地方創生と人口減対策は密接な関係にある。人口減を食い止めなければ地方創生は出来ないからだ。今議会でも重要な課題となっている。さて、人口減対策の重要な柱の一つは大都市への人口移動を食い止めることだ。

 妙案を見つけることは難しい。県議会でも重要な課題となっている。この度、文科省が打ち出した対策は注目すべきものだ。大都市の私大生徒数を抑制する方針。地元の大学生が増えれば地方創生につながる。現在多くの私大は定員を大幅に上回る入学を実施している。文科省は、一定の基準を新たに設けて私学助成金を出さないことにする。

 地方の大学の数は増えるだろう。若者を定着させる魅力ある地域を作らねば目的は達せられない。消滅自治体が叫ばれている。南牧村の名は象徴的だ。群馬県という大きな船が沈んでいくのを救わねばならない。一方で群馬は上昇気流に入ったと言われる。ムードに眩惑されたら船は本当に沈む。地元の大学生の心に何を育てるのかが課題である。地元の教育界の真価が問われている。

◇介護報酬が4月から全体で2.27%下がることは介護の実態に深刻な影響を与えそうだ。萩原ゆうじの運動の一方の責任者Sさんは寝たきりの奥さんの面倒を見ている。食事から下の世話までの愛情ぶりは胸を打たれるが、在宅介護の限界を思わせる。「デイサービスに行く日は助かる」とSさん。息抜きでもあるらしい。職員の介護報酬引き下げが、Sさんの奥さんに影響を与えるかと心配になった。

 介護の現場では既に人手不足が叫ばれている。そして増え続ける待機者。その上に今回の報酬引き下げ。命を預かる介護の現場。利用者の人権の問題だ。人手不足は、拘束や虐待を生む。私は抑制廃止研究会に参加しているが、介護の現場に不足していることは職員の人権感覚である。崇高な職場であることを自覚させるには待遇を改善させねばならない。人権教育と財政難。介護の現場は正念場を迎えた。

◇産経新聞に私の連載小説の予告記事が出た。「至誠の人・楫取素彦物語」。記事には、楫取の生きた姿を会話を中心とした分かりやすい文体で再現しますとある。そして私の次の言葉が添えられている「史実の向こうに疾風の中を生きた楫取や松陰の姿が想像されます。タイムスリップしてその中に突入し、皆さんに報告したいという衝動に駆られています」(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

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2015年2月23日 (月)

人生意気に感ず「無投票選挙。私の議会質問。テロ対策。直下型対策」

◇無投票の地方議会選が増えている。その意味するものは何か。その原因はどこにあるか。ある調査によれば、昨年は全国の市区町村議員選挙で17.2%が無投票であった。30歳の若者・「萩原ゆうじ君」で必死の渦中にいる者とすれば信じられない数字である。

 人口減少や高齢化などの影響だと言われているが本質は違うところにあると思う。現代の若者は小さな自分の殻に閉じこもって面倒な公的問題に関わろうとしない。この深刻な事態を象徴する数字に外ならないと思う。

 私は、萩原ゆうじ君の会合で訴えた。「今の若者は社会の問題に関わろうとしません。このことこそ、日本の社会が元気を失っていく原因ではなりませんか。そんな中で、敢えて渦中の栗を拾おうとする萩原ゆうじという小さな芽を育てようではありませんか」と。

◇長いこと私を支えてくれた人々に最後の議会登壇の案内を出す。次のような文面である。「3月2日(月)、午後2時15分、私は県議会一般質問に臨みます。与えられた時間は45分。私の引退の舞台となります。およそ27年の県議生活を振り返ると感慨深いものがあります。GTVで生放送されますが、当日の傍聴も自由に出来ます。質問項目は検討中ですが最初に『楫取素彦』を取り上げる予定です。

 『知行合一』と『至誠』を実践して教育県群馬の基礎を築いた姿に学ぶべきだと訴えます。教育に力を入れてきた私の基本姿勢は若い後継者・萩原ゆうじ君に託します。多くの方々にご覧いただきたいと存じます」

◇その他に、「次世代ヘルスケア産業について」、「認知症対策について」、「危機管理対策について」、「障害者対策について」等を考えている。危機管理に関しては、テロ、原発、火山、地震、新型インフルエンザ等から絞り込みたい。

 テロについては、「イスラム国」を震源とする脅威がにわかに現実となった。原発との関係も心配だが、日常生活でも備えが必要となった。東京マラソンでは、新たにランニングポリスが登場した。警察官が走りながらあたりを警戒する。おかしな時代になった。平和な国日本を守らねばならない。

◇首都直下が近い。その時、放置車両で道は塞がり救援活動が出来なくなる。国交省はその道路確保計画を発表した。道路を組み合わせて一般車両は走らせない。群馬の役割は。

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月22日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第179回

◇その後の動き

群馬の廃娼は2人の知事の罷免を乗り越えて貫かれた。それはその後どのような経過を辿ったか。廃娼の動きは全国に広がり、いくつもの推進団体が生まれた。それは、楫取が播いた種が成長した姿であった。以下では廃娼推進団体で発せられた発言の中からいくつかを取り上げる。

◇売奴の弊風再燃するを防げ 全国廃娼同盟会大江卓

明治23年、5月27日、全国廃娼同盟会に於いて大江卓が行った演説は興味深い。大江は、かつて、明治5年、マリア・ルーズ号事件に関して、司法卿副島種臣の下で、辣腕を振った熱血漢である。

 大江は、この会で売奴の弊風が再然するような状況を指して、「今日の芸娼妓は明治5年10月2日の御布告の精神を失ったものであるといわなければなりません」と訴えた。

 大江は次のように振り返る。

「この廃娼の考えが私の心に浮かんだのは明治5年8月のことです。そして、私は、翌9月に政府に廃娼の建白をしました」

と明かして、大江は明治5年に発生したマリア・ルーズ号事件の顚末を語った。それは次のようなことであった。マリア・ルーズ号というペルー船籍の船からアタクという男が飛び出して命ごいしたことから、その船が奴隷船であることが判明。230余名の者が閉じ込められ売られていくところであった。政府内にはこの問題に関わると面倒なことになるから知らんふりして出帆を許す方がよいという意見があった。しかし当時の外務卿副島種臣は、「横浜という日本国内でこの事件が起きたのだから、これらの者は日本の法律の下で保護しなければならない」と主張した。そして司法省内にもこの件は日本政府が干渉すべきでないという議論があったので、政府は特命をもって大江卓に裁判をさせることになった。そして裁判の中で日本には残酷な売奴があると指摘された。それは娼妓のことだ。実に甚しい不道徳な約束をさせられ、最も厳酷な待遇を強いられているというのだ。

※土日祝日は「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月21日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第178回

 楫取の廃娼決定はこのように紆余曲折、波乱の道を辿った。これは廃娼ということがいかに困難な事業であるかを物語る。楫取の決断がなければ実現しなかったことは明らかである。

 楫取の後、佐藤、中村、草刈の各知事を経て古荘嘉門知事の下で決着となった。星亨(ほしとおる)が「群馬の廃娼は歴史の有ること」と語ったことには重味が感じられる。

①中江篤介。中江兆民の幼名である。広く兆民で知られる。人民主権、社会契約説を唱えた思想家で、自由民権運動に理論を提供。明治憲法の反民主主義性や君主主権を厳しく批判した。一方で群馬県で公娼設置の運動をしたのである。

②星亨(ほしとおる)。幕末に江戸で生れる。赤貧の境遇から刻苦勉励により身を起こした不屈の政治家。投獄の経験もある。衆院議長、東京市議会議長を務める。東京庁内で剣客伊庭想太により刺殺される

③末松謙澄、政治家、文学者、法学者。イギリス滞在中、世界で初めて源氏物語を英訳・出版。伊藤内閣の内務大臣。

④板垣退助、土佐藩出身の政治家。大政奉還に奔走し、明治政府の参与、参議となる。征韓論に敗れて下野。民選議員設立建白書を提出し、自由民権運動の中心人物として活躍した。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月20日 (金)

人生意気に感ず「警察官の不祥事。追い詰められたイスラム国。最高裁大法廷」

◇警察官の10歳女児誘拐未遂事件にショック。逮捕されたのは渋川署の24歳の巡査。私は文教警察常任委として警察官の綱紀粛正につき発言してきた。「パパが交通事故に遭って入院した。すぐに来てくれないか」と誘い出そうとした。「かわいかったので仲良くなりたかった」と供述。無断欠勤もなく控えめな性格だという。

 かわいい子に声をかけて車に誘う。許される日常的な行為と犯罪との境界は微妙な場合がある。しかし、昨今の異常な社会状況下、非番とはいえ警察官。どういう結果につながるか分からない筈がない。県警は若い警察官にどういう教育をしているのか。

 警察官も人の子。享楽の巷で生きている。警察官なるが故に欲望の処理が難しいということがあるかも知れない。警察学校で使命観を育てる教育を徹底させ、同時に警察全体の志気を高めないと不祥事は続くだろう。警察は道徳が崩壊していく社会の砦。そして警察官はそこを守る兵士なのだ。私は昨年警察学校の全生徒を対象に「楫取素彦と吉田松陰」をテーマに講演した。あの時の緊張の光景が目に浮かぶ。今回の事件の背景は社会の深い病理につながる。

◇「イスラム国」の存在とその行動は21世紀の最大の不思議と思える。人質を生きたまま焼き殺したことは世界を震撼させたが、その後、45人の捕虜を焼き殺したことが報じられている。

 ところが今度は、殺害された住民の遺体から臓器を摘出し、資金源として密売している疑いが報じられている。イラクの国連大使は、12人の医師が臓器摘出を拒否して殺害されたと説明している。一連の行為は何を意味するのか。

 資金源が底をつき追い詰められているのか。とことん追い詰められた時何をするか不気味である。人権とか人道という世界の良識は一切通用しないらしい。最大の懸念材料は大量破壊兵器である。「イスラム国」が、万一核を手にしたらどうなるか。更に不思議なのはこのような狂気の組織に世界中から若者が参加していることだ。

◇最高裁が大法廷で「夫婦別姓」と「女性の再婚禁止期間」につき判断する。民法の定めは家庭を守るために必要と考えられてきた。大法廷の今回の判断は家庭の問題に重大な影響を与える。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月19日 (木)

人生意気に感ず「一般質問で楫取を。読本のポイント。産経に連載」

 

◇県議生活の約27年が間もなく幕を閉じる。3月2日の一般質問の大取りで私は初代県令楫取素彦を取り上げる。平成24年の5月議会で取り上げたことに続く。この間に楫取に関して変化もあった。本会議に於ける2回の楫取の登場は県議会の歴史に残るだろう。私にとっては、県議生活の最後を飾り、人生の次のステージの課題につなげる意味がある。

 

◇明治維新からおよそ148年、敗戦から70年の節目を迎えた群馬は、今、上昇気流に乗ったとよく言われる。果たして実態はどうか。もしそうだすれば、それをムードに終わらせるのでなく確実にするためには今日の社会の原点をしっかり見つめることが必要だ。その原点に楫取が立つ。教育県、近代産業、人権の尊重。これらの旗を降った楫取の姿を甦らせる意義は、今日の混乱の中で生きるはずだ。知事、教育長、生活文化部長等に尋ねたい。

 

◇「楫取読本」の売れ行きが好調だ。310円と安いこともあるだろう。いろいろ本を書いてきたが厚いものは読まれないという現実がある。書物離れの世相の中で、「寸鉄人を刺す」の小著の存在意義はあるだろう。

 

 私の「読本」の一つのポイントは「廃娼」である。中学生にも読まれることを意識して書いた本で、敢えてこの問題を取り上げた。「女性解放」を見詰め直す今日的意義は大きい筈。

 

◇3月初頭から産経新聞・群馬版に小説楫取素彦を連載する。週3回で約10ヵ月。最初に執筆の動機として次のような一節を書こうと思う。

 

「史実の向こうに疾風の中を生きた楫取や松陰の姿が見えます。タイムスリップしてその中に突入し、皆さんに私の楫取を届けたいという衝動に駆られています」と。乞うご期待。

 

◇県議選の告示が刻々と近づいている。昨日、「萩原ゆうじ同志会」の会合を開いた。後援会組織が正規軍とすれば、これは非正規のいわば奇兵隊。私の時は「一紀会」とか「水曜会」があった。懐かしい。ゆうじ君は「中村先生と歩く中で民主主義の実態を学んでいます」と挨拶していた。

 

◇今の社会で若い夫婦にとって子育ては至難の技なのだろうか。疲れたと言って子を殺す親が後を絶たない。16日、神奈川県の29歳の母親が2人の幼い娘を殺した。私の子供の頃は親は今よりずっと多い子を育てていた。子供は放っておかれ遊びに夢中。今の親は手をかけすぎ。過保護、過重育児で自滅か。(読者に感謝)

 

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2015年2月18日 (水)

人生意気に感ず「また大地震かと。母を餓死させた長男。コロンブスの到達」

◇また東北に大地震かと思った。17日、岩手県沖で2つの地震が起きた。朝のは、震度4、M6.9で津波警報が出た。そして、午後のは、震度5強でM5.7。誰もが一方が他方に影響したと思ったろう。気象庁は、2つについて「直接的な因果関係はあまりないのではないか」と言う。あれから4年近く経つのに、余震だというのだ。

 それにしても、あの巨大地震を想起させ日本人の心を震撼させる2つの地震だった。先日は徳島県で5強が起き、すわ、南海トラフ型かと思ったこともあって今回の不安を大きくした。

◇安倍首相は今国会の施政方針演説で地方創生の前提として災害対策を訴え、大澤知事は16日の県議会冒頭で「誰もが安全で安心できる暮らしづくり」を予算編成の基本目標の一つに掲げた。群馬には浅間をはじめとした5つの活火山とゆだんならない活断層がある。それにも拘らずほとんどの県民は「群馬は大丈夫」と「安全神話」に胡坐(あぐら)を書いている。「3・11」の警鐘が県民の心に響いていないことが心配だ。17日の「2つ」はこの事を思わせた。

◇81歳の母親に食事を与えず死なせたとして55歳の長男が逮捕された。胃に内容物はなく体重は18.2キロしかなかった。「死ぬと分かっていたが食事を与えなかった」と供述。警察は「未必の故意」と判断。

 この母子の事件は何を物語るのか。「格差社会」と道徳の崩壊を象徴するものか。「格差」は今国会で論戦の対象になっている。憲法の大原則である平等を脅かすものが格差の広がりだ。

 道徳の崩壊現象が噴出している。昔は母を大切にすることは道徳の手本だった。茂吉の「死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる」を思いだす。道徳が教科に高められることになった。学校教育だけで道徳の崩壊が食い止められないのは明らかだ。

◇楫取素彦読本の売れ行きが好調だ。それと共にいろいろな意見が寄せられる。その中に貴重な示唆が。コロンブスの新大陸「発見」は「到達」が良いというもの。次の版で改めるつもりだ。当時のヨーロッパ人が知らなかっただけで新大陸には人類の壮大なドラマがあった。西欧中心の文明観は現代の世界の争いの背景でもある。広辞苑は二版の補訂版から「発見」を「到達」に改めたという。広辞苑で面白い発見をされたことがご意見からうかがえる。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

 

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2015年2月17日 (火)

人生意気に感ず「日本国民よ自信を持て。2月議会の群響。群馬の未来と萩原ゆうじ」

◇人口減社会の海に向かう日本丸。今必要なのは勇気と自信。日本人は、これまで、危機の荒海を乗り越えてきた。その最大なものは、幕末明治と敗戦後の社会である。明治維新は若者が中心となって新しい扉を開いた。敗戦は全ての国民を飢えの渕に立たせた。昭和15年生まれの私もシラミと回虫とサツマイモの少年時代を苦しんだ。この時、全国民は復興に立ち上がった。「日本国民よ自信を持て」。敗れて自信を失った国民に、吉田元総理はこう訴えた。復興の戦いに勝ちつつある国民を励ましたのだ。今、これらの歴史的事実に学ぶ時。明治と昭和の日本人に出来たことが、私たちに出来ない筈はない。同じ血が流れているのだから。人生が戦いであるように国家も戦いに身を置いている。それは平和国家として国民の幸を築く戦いである。

◇昨日2月議会が始まった。私の議員生活の最後の舞台。群響の演奏も私を送っているよう感じられた。昭和20年、敗戦の年にスタートした群響は打ちひしがれた県民の心を勇気づけた。極端に物がない時に音楽の文化が泉のように湧いたことは不思議な位だ。その流れの先の光景が目の前で展開されている。カルメンの演奏を聴きながら今までない感動を覚えた。

◇知事は提案説明に先立つ所信表明でいくつかのことを述べた。その中で、今期引退の議員へ敬意を現す言葉があり私は心で受け止めた。また、「群馬の未来を切り拓くには若いエネルギーが必要です」、「新しい人の流れを作り、若い世代の理想を実現する施策を実行して参ります」という下りは、私の若い後継者萩原ゆうじ君のことを思い浮かべながら聞いた。

 議会終了後、私はゆうじ君に、知事発言要旨を渡し、「君のことと受け止めるべきだ」と伝えた。「ハイ」と力強く頷く横顔に若武者の面影を見た。

◇今行われている国会の論戦と県議会の動きは連動している。中央と地方は車の両輪なのだ。安倍総理は述べた。「日本の未来をつくるのは若者です。若者たちには社会でその能力を思う存分発揮し大いに活躍してもらいたい」と。

 日本の若者よ勇気を出せ。黒船に挑戦した松陰は30歳で世を去りその遺志を継いだ楫取は群馬の教育の基礎を築いた。こういう思いで3月2日登壇する。30歳の萩原ゆうじを私は本気で育てようとしている。

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月16日 (月)

人生意気に感ず「知事の選出馬。松陰と楫取。寒風の中をゆうじ君と」

◇昨日、駅ビル・メトロポリタンで国会議員、県会議員の合同会議が行われ、途中で大澤知事が現れ3選出馬の決意を述べた。知事は用意した文章を長々と読んだ。それは2期8年の業績を振り返るものだった。

 その中には、人口減問題に取り組むこと、不退転の決意でコンベンションホールを作ること、特別支援校未設置地域をなくしたこと等があった。この「合同会議」は自民県連の最高の機関。群馬県政の大きな歯車がギシリと動き出した感じがした。

◇安倍首相の施政方針演説を読んだ。くまなく読むのは初めて。その中に、吉田松陰に触れる一節がある。「知と行は二つにして一つ。何よりも実践を重んじ、明治維新の原動力となる志士たちを育てた吉田松陰先生の言葉であります」山口の人は呼び捨てにせず必ず先生と呼ぶ。首相の演説にもそれが現われている。

 私は、松陰の「知行合一」を今議会で使おうと考えていたのでいささか驚いた。2月議会は今日から始まる。私の登壇は3月2日。「楫取素彦」を教育問題の中で取り上げる。次のような文脈になるだろう。

 教育の目的は生きる力を養うことにある。今の教育はその目的を果たしていない。知識偏重である。吉田松陰は知行合一を実践した。それを受け継いで群馬の教育の基礎を築いたのが楫取素彦である。楫取は道徳教育に力を入れたがそれも知行合一の実践である。今こそ、楫取が成し遂げた教育県群馬を甦らせる時だ、と。

◇昨日の寒さは格別だった。風花が舞い、その先の赤城は白いもやの中に姿を隠していた。私は身を切る風の中、萩原ゆうじを連れて案内して回った。朝の合同会議で新人の出遅れが目立つとの指摘があったことが頭をよぎる。黙々と歩く30歳の若者を赤城おろしが鍛えている。迎える老婆のしわの顔が温かい。若者は民主主義の実態を噛みしめているのに違いない。

◇萩原ゆうじ君と歩いていると、時々非常に貧しげな様子に出会う。「格差ですね」と彼がつぶやいた。現実の人々の生のいとなみは、一つ一つが教えである。「知行合一」の実践だと私は心に思った。巨木に囲まれた廃屋のような中に90に迫る老人がうずくまっていた。「あ、中村さん、上がって」。3人でこたつで話した。老人の若者を見る目がまぶしそうに光る。私の将来を見る思いがした。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月15日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第177回

草刈の動きは誠に急であった。明治31年11月18日付で存娼令を公布したのだ。着任以来3ヶ月余りの早業(はやわざ)で議会と世論の無視もいいところだ。

「貸座敷営業地を左の場所に指定す」として、前橋市、高崎町、一ノ宮町、桐生町、館林町、沼田町の、それぞれ一定地区を示した。

 これに対し県下の世論は沸騰し、知事を非難する動きが急になった。注目すべきことは、新聞各紙が世論に訴えて知事を攻撃したこと。特に毎日新聞は社長島田三郎自ら筆を執ってこの問題を取り上げた。島田は「群馬の魔風」と題して特別の記事を連載した。

新聞報道から窺えるものはこんな知事もいたのかという驚きである。草刈は仙台市出身で自由党員として活躍した。当時の政党は多額の資金を必要としたが、それを支える制度がなかった。これが収賄に手を出す一因だったと思われる。

 草刈の官邸は自由党壮士の巣窟と化し飲む食うで大変な状況であったらしい。商人たちは金を払ってもらえず前代未聞の貧ぼう知事と噂し、催促する者門前市をなしたと言われる。

 妻を殴るなどで妻は実家に帰り、県庁では部下と対立し大混乱となった。県会の混乱、県世論の激しい反対、このような群馬の動きは全国から注目された。内務省は係官を派遣して調査させ、その結果知事を罷免した。佐藤与三に次いで2人目の知事の免官であった。次の古荘知事は、草刈が出した公娼設置の県令を取り消した。楫取が播いた廃娼の種は、根を下ろし、維持されたのである。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月14日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第176回

 ◇草刈親明知事事件

 これで全て落着かと思われたが存娼派の抵抗はまだ止まなかった。

存娼論は執念深い蛇のように息の根を止められたと思うと息を吹き返す。その命の源は社会の底流にあって、時に死に体の大蛇に妙薬を提供するかのようだ。

最後のあがきともいうべき動きを斉藤は記述する。

 明治31年元衆院議員中江篤助①が鍋屋旅館に滞在し草刈親明知事の官舎に出入りしていた。目的は娼妓貸座敷業の再興運動だった。同年11月、斉藤は大阪で陸軍大演習を参観し次いで神戸港の観艦式に出た。その夜のこと、神戸の宿に前橋から電報が届く。「チジユウカクヲユルシタ」。知事が遊廓を許したとは何としたことか。

 驚いた斉藤は直ちに行動を起こした。夜行で東京に向かい翌日午後、星享②の事務所に着く。電報を見て星は言った。

「群馬の廃娼は歴史のあることだから、軽率に許可すべきものではない。末松謙澄③に相談すべきだ。君も同行せよ」

 馬車で末松邸に随行。星と末松は協議し、群馬県は前に斉藤与三知事の失策があってようやく鎮定したのに又紛議を起こすのは許されない、速やかに処分すべきだと決断した。

草刈知事の着任は明治31年7月28日であった。草刈は公娼設置の意思をもつことを公言したため、根強く存在していた公娼派を刺激し娼妓営業者らの猛烈な巻き返し運動が起きた。草刈を助けた人の中に、高名な民権論者の中江兆民や板垣退助④がいたことは、この問題が一筋縄でいかないことを物語る。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月13日 (金)

人生意気に感ず「中国の原発。小保方晴子。人質事件。萩原ゆうじ」

◇200基を超える原発計画。隣国中国の懸念される原発増設は我が国の脅威だ。中国大国を新幹線で走ると至る所に火力発電の太い煙突が目につく。燃料は多くの場合、石炭だからCOのもとだ。世界の工場、第二の経済大国になってエネルギー不足は深刻。そこで原発大国を目指す。安全監理が心配だ。必ず事故を起こすだろう。中国の技術は信頼できない。人命より効果を重視する国の体質。政府に対する国民の批判を許さない政治状況。これらが原発事故を起こすに違いない。事故を起こした新幹線を直ぐに埋めた姿が全てを物語る。日本の役割は大きい。

◇あのスタップ細胞の小保方晴子の結末は哀れだ。懲戒解雇に相当するとされ、研究費の返還と刑事告訴が検討されているという。学者の世界から永久に消えていくのか。これだけの重圧をはね返して立ち上がる精神力があるだろうか。私は、もしかしてと、最後まで期待していたので残念だ。外からは分からない研究者の世界があるのだろう。「リケジョ」と言われた世のムードに冷水がかけられた感じだ。

◇今回の人質事件で私たちはアラブのことを知らな過ぎることを思い知らされた。これからの世界を生きる子どもたちに、イスラムの世界をよく教えることは焦眉の急である。

 遠く離れた関係の薄い国と多くの国民は考えてきた。その反省を迫る出来事が「2人の殺害」だ。国際理解教育の中で、イスラムの歴史と現在、イスラエルなどを、現実の問題と関連づけて、教室でしっかりと教える時がきた。

 正義とは何か、人権とは何か。きれい事では済まされない。クアラルンプール事件、ダッカ事件などを2月の「ふるさと塾」で話すつもりであったが「選挙」で中止となった。残念。「一人の人命は地球より重い」という美しい理想によって、日本はかつてテロに屈した。テロに弱い国という見方が定着すれば、世界中で日本人観光客が狙われる。平和憲法の下でサムライの国を実現しなくてはならない。

◇「なぜ萩原ゆうじをやるのか」という声が親友から寄せられた。30歳の公認会計士が政治の世界に飛び込むことと、私との結びつきがにわかに理解されないのは当然かも。私は自分の理想主義で受け止めた。小さな芽が本物か問われる。苦しい闘いを耐えている。74歳の身体と心にウルマンの青春の詩が甦る。(読者に感謝)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月12日 (木)

人生意気に感ず「茶会で思う。イスラム国。農協改革。萩原ゆうじ」

 

 ◇昨日、裏千家の茶会に出た。時間が惜しいという気持ちがあったが、忙中閑あり、濃い茶をすすり、和菓子を食べる中で心が静かにふくらむのを感じた。茶席で福田元総理夫人と話した。「先日の日中友好の会で中国大使夫人汪婉さんと話しました。その時歴史が動いたと誰かが挨拶で言っていました」、「主人が欠席したことですね」両夫人は大変親しい間柄であるらしい。前回の日中友好協会の総会に福田康夫さんは急遽欠席した。周近平と密かに会っていたのだ。その後日中は大きく動いた。「その時歴史は動いた」とはこの時のことを指す。 

 戦国時代以来、茶会は人と人との重要な交流の場であった。畳の上の茶碗を見詰めながら思った。

 

◇新たな意味の世界戦争の時代に入った。人質を焼き殺す蛮行には一片の正義もないが、「イスラム国」の背景には複雑な歴史と文明の対立がある。文藝春秋の最新号で、池上彰・佐藤優両氏がイスラム国との「新・戦争論」と題していろいろ語っている。残虐行為を何とも思わない「イスラム国」は追い詰められた時、何をするか分からない。既に化学兵器の使用が報じられている。日本国民が本格的にテロに備える時代が来た。対談では原発が危ないとも語っている。同感だ。原発への脅威は津波や地震以上ではないか。

 

◇安倍政権への支持率が上がっているようだ。人質対応への評価があるだろうが、強いリーダーの下で国民が力を合わせなければという広い意識が背景になって押し上げていると思う。

 

◇農協改革が60年ぶりの前進を示していることにも時代のタイミングを感じる。農は国の大本である。日本は基本的に農業国である。農業と農村は社会を支え国民の生命と健康を支える。

 

 日本の農業が生きて発展するためには、グローバル化の中で改革を断行し強くならねばならない。今回の農協改革の重点は、地域農協の創意工夫を活かせるように、いままでの強力な規制をゆるめることにある。首相の強い意志が改革を推進させた。

 

◇萩原ゆうじ選対の緊急会議を開いた。危機感を共有しエネルギーに変えるためだ。私は選対本部長として、選挙に関しては人生最後の戦に臨んでいる。30歳の若者は、ぎりぎりの緊張感によく耐えている。私は、松陰と楫取が掲げた至誠をもって人に接することを教えている。民主主義の原点は選挙にある。人生を賭けた戦だ。(人生意気に感ず)

 

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2015年2月11日 (水)

随筆「甦る楫取素彦」第175回

なぜなら知事は政府が任命する天皇の役人である。今日と違って議会より上位の存在なのだ。だから、議会に追い詰められた知事を辞めさせることは議会に味方して知事を追い落とすことになるからだ。

もっとも、県議会の人たちはこのような理論を理解していなかったふしがある。

 5人の代表は翌日帰県し集まった同志に上京の結果を話し、川上、品川から注意されたことを話したが皆聞く耳を持たなかった。幹部は上京して軟化したと批判、この人たちに任せられない、我らは臨時会で再び知事を攻撃すると憤怒は激しく到底鎮めることは出来ない状態だった。

 しかし、各所で小集会をして協議したが結局良策はなく止むなく幹部に一任となり臨時県会は無事終了となった。幹部は早速上京し、川上、品川の両氏に報告、知事の交替を懇願した。その後、佐藤知事は休職となり後任の中村元雄知事は廃娼延期を取り消し、明治26年12月31日限りで公娼全廃を布達した。以上は斉藤寿雄の「群馬県廃娼顚末」によった。

①川上操六、薩摩藩士、日清戦争に備えて軍政を近代化し勝利に導いた。又シベリアを視察して日露戦があることを確信、その準備に尽くした。空前絶後の名参謀長といわれた。磯部で群馬の県会議員と会ったことは正に奇遇。

②品川弥二郎。萩市に生まれ、松下村塾で吉田松陰に学ぶ。高杉晋作、久坂玄瑞らとイギリス公使館焼き討ち事件を起こす。新政府が徳川追討軍を進めたときの「宮さん宮さん」の詩を作った。後内務大臣など歴任、武断派の政治家だった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月10日 (火)

人生意気に感ず「日中友好パーティーと楫取。教員のメール禁止。萩原ゆうじの情勢」

◇昨日、日中友好協会の新春交流パーティーが行われた。開会前の一時、利根川を臨む一室で私は中国大使夫人汪婉さんと対談した。「日本は中国に悪いことをしたことばかりが報じられますが、明治の初め中国から大変感謝されることをしました」、「まあ、どんなこと」

 私は「楫取素彦読本」を渡しながら、初代県令楫取のことを語りその中で奴隷船マリア・ルーズ号事件に触れた。奴隷として運ばれる230人の中国人を明治政府が解放した話に汪婉さんは驚いていた。

◇私は群馬県日中友好協会会長として挨拶。その中で、群馬の日中友好協会は尖閣をめぐる嵐の中で船出してよく耐えてきたこと、民間の交流が果たす意義が如何に大きいかを学んだこと、そして、今年10月、両国青少年の書道展を実施するに至ったことなどに触れた。

 汪婉さんは流暢な日本語で、群馬の日中友好協会が大変な時期をよく耐えたと讃えた。立食パーティーは和やかな雰囲気の中で進み人々は絆を深めた。その中に私の後継者を目指す萩原裕司君の姿があった。

◇教員のメールやラインを多くの教育委員会が禁止を始めた。11県と3政令市。その中に群馬はない。禁止の目的は、教員のわいせつ行為を防ぐためだ。

 文科省によれば13年度、わいせつで処分された教員は205人。かつての聖職のイメージはない。おおくがメールやラインを手段にしている。

 日本人のモラルが低下していくことを象徴するのが教員や警察官のわいせつ行為である。盗撮などがあとからあとからで驚かなくなった。2つの職種は社会のモラルを守る砦の筈。

◇私は今議会で楫取素彦を取り上げるが、一つの論点は教育者楫取が道徳教育に力を入れたことの意義を学べと言うこと。教育県群馬の復活は道徳教育を基礎に据えなければならない。楫取が精魂を傾けた「修身節約」は当時、全国的に普及した。これは、当時の教育県群馬を語る事実である。

◇3月2日から産経新聞で私の「小説・楫取素彦物語」が連載される。週3回で113回、年末まで続く。人生の次のステージの一歩でもある。

◇昨日、県議団総会があり、県議選のことが議題となった。それぞれの地元事情を映して議員の表情は異なる。新人萩原ゆうじを囲む状況は厳しい。激戦地前橋で7期を戦った私も苦しんでいる。生みの苦しみを再度味わう(読者に感謝)

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2015年2月 9日 (月)

人生意気に感ず「心の基盤が崩れる。新たな世界戦争。ゆうじ君とブログ」

◇日本人の精神の基盤が病魔に侵され崩れていく。そんな思いに駆られるのは私だけではないだろう。次々に不可解な事件が起きる。19歳の女子名大生の「殺してみたかった」殺人に仰天したばかりなのに、今度は5歳の男児が住宅街の空き地で複数の凶器で刺殺された。どうなっているのだろう。数日前に死刑が確定した秋葉原無差別殺人犯も同じ黒い渕から浮き上がって来たように見える。

◇7日未明、これを書いている時、和歌山県警は中村桜州容疑者(22歳)を逮捕した。紀の川市の小5の森田君を殺害した容疑。現場から約50mの所に居住。心臓、頭頂部、両腕など計10か所も切られていたという。怨みなのか、それとも、また「誰でもよかった」のか。動機を知りたい。

◇大丈夫なのか。中村桜州容疑者(22歳)の逮捕。職がなくぶらぶらしておかしな行為、被害者宅から近い、これらは状況証拠にもならない。決め手は「目撃情報」だと警察。容疑者は一貫して否認。「男の子を殺していない、見たこともない」と言っている。逮捕を急ぎ過ぎたという感を抱く。冤罪でないことを祈る。

◇ヨルダンのパイロットは、空爆による瓦礫の中を歩かされた。その映像と同時に「イスラム国」は空爆で焼け死んだ人々の映像と焼き殺されるパイロットの映像を放映した。「イスラム国」のこの残虐さは私たちの尺度では到底測れない。空爆で人々を焼くのも、捕虜を焼き殺すのも同じと思わせようとしているのだろうか。

 ヨルダンの国民感情は激高し世論は怒りにふるえている。その一部の動きは政府への批判に転じたがリシャウィ死刑囚の死刑執行の情報によって口笛と拍手の渦になったという。感情的なナショナリズムの炎は怖い。ヨルダンの報復は必至となった。

 今や「イスラム国」は戦いの坩堝(るつぼ)に化しつつある。ここからテロが世界に広がる状況と合わせ考えると新たな世界大戦が始まりつつあるともいえる。

◇ムアーズパイロットが生きたまま焼かれたことへの報復攻撃。ヨルダンの空軍機数十機が「イスラム国」への空爆を開始した。ああ。

◇ブログの読者から萩原ゆうじがブログで発信しないのはやる気がないのではと指摘を受けた。感謝したい。作戦の重点の置きどころが問題なのだ。本人は睡眠時間をつめて必至であるが謙虚に受け止めねばならない。毎土曜小集会をやっている。第19回となった。(読者に感謝)

 

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2015年2月 8日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第174回

川上はきっぱりと斉藤に告げた。「至急議員に会いたい。僕の家に来て欲しい。二三名が適当である。この件は内務省に直接行くのはよくないと同僚にその旨伝えて欲しい。君は早速帰県して同志と共に又来られるがよい」

 即日前橋に帰ると同志は皆待っていて今日は巡査の尾行もなく気味悪く思っていたという。川上邸のことを話すと皆大喜びで、早速急便をもって同僚を臨江閣に集めたが今度は巡査も来ないので実に愉快で十分に相談が出来た。上京希望者が多く、協議がまとまらず幹部に一任となり5名が総代として上京した。

 川上操六は諸員の前で改めて言った。「出来得る限り尽力しよう。ついては臨時会を無事に終了させるべきで、そうでなければ知事の交替は難しいだろう」と。深慮の人川上は、臨時会を無事終わらせることの重要性とその難しさを十分承知して斉藤一人でなく代表者たちの前で発言したのだった。このことは、その後の議会の動きが示すことになる。一同は、御注意の件は同志と協議して御意見の徹底を期すると約して川上邸を退出した。

 ここで更に、細野次郎と斉藤は品川弥二郎②と懇意だからということで一同を誘って代々木の私邸を訪問し知事交替を頼むことになった。品川は言った。「精々尽力する。ついては臨時県会を無事に終了しなければ駄目だ。そのことをよく相談すべきだ」と。品川は川上と同じことを注意したのである。2人は県議会が荒れていることを新聞等を通じて承知していた。このまま議会が知事を激しく攻撃し追い詰めた状態になれば政府は知事を交替させることは出来ない。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月 7日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第173回

「この夜中、何事ですか」と問われ斉藤は話し出した。「過日、磯部で拝顔したのを御縁として参りました。県会解散後知事の処置はいかにも乱暴で黙視できませんが他に訴えるところもないのでどうかお聴き下さい」こういって政情を詳しく説明すると、川上は、ならば明日9時に来なさいと言う。喜んで退出し、明日9時に出頭すると門番は前夜と大違いの態度で奥へ通された。川上が現れ「今朝内務省に電話したから誰か来るだろう。昨夜の話を詳しく話したらよかろう」と言う。

 斉藤の胸の内が私には手に取るように分かる気がする。私も仕事柄、難しいことを人に頼むことがある。その時、どこまで押すべきかを悩む。遠慮と強引、ぎりぎりの兼ね合いが重要である。決断の線は切羽詰った胸のうちが決める。川上操六は後に空前絶後と言われた名参謀総長となった人だ。斉藤寿雄はこの時、川上が将来そのように偉大になる人とは知らなかった。磯部でたまたま湯に入ったことがきっかけとなった。人の縁とは不思議である。斉藤の行為を見て、「至誠にして動かざるは未だあらざるなり」という松陰の言葉を思い出す。川上操六については後述する。話しがそれたが、川上邸の応接間に戻す。

 程なくして役人らしき人が現れ、「局長は会議があって出られないので拙者が代理に参上致しました」と。川上は、斉藤に向って、この人は警保局次長の大浦兼武氏という人だから群馬のことをお話しなさいと言う。そこで斉藤は事細かに説明。大浦は委細を局長に報告する、又話の中にあった巡査の尾行は甚だよくないことだから早速何とかしますと言って退出した。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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2015年2月 6日 (金)

人生意気に感ず「19歳の名大生。台湾植民地と日本。萩原ゆうじ事務所」

◇19歳の名大生は大内万里亜。斧で老女を殺し、「ついにやった」とツィート。「人を殺してみたかった」、「日常を失わずに殺人を楽しめることが理想なんだと思う」などのつぶやきも。週刊新潮は少年法の禁止にも関わらず、実名と顔を公表した。祖父は東北大教授も務めた物理学者で父親も東北大講師を務めた。恵まれた環境に育った子が異常な殺人を犯す例が後を絶たない。地下に共通な水脈が流れているのではないか。だから時々、地表に流れ出すのだろう。日本人の心が病魔に侵されている不気味さを感じる。19歳の名大生を育てた教育とは何だったのか。このような少年が無数存在するとすれば正に日本人の危機、そして日本国の危機である。

◇台北市の柯文哲市長が興味ある発言をし、その後取り消した。中華圏の文化水準について「植民地化が長い地域ほど発展している」と発言。台湾や韓国が日本統治によって発展した事実は否定できない。英・仏・蘭・独などが植民地支配した他のアジアの国々についても同様なことがいえる。しかし、支配された過去を持つ国の政治家が発言すると波紋を起こす。与党内から「日本統治で傷ついた台湾人への同情心に欠け植民地を美化している」と批判を浴びた。日本の政治家が同様の発言をしたら大変だろう。

 富士見出身の羽鳥又雄は台湾の発展に尽くした。楫取素彦の次男道明は台湾の教育事業に尽くしたが明治29年、暴徒に襲われて殺された。日本はまだ植民地支配の歴史を引きずっている。

◇萩原ゆうじ事務所に、ある地区の支部長が自ら書いた書を貼った。「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」。天の時よりも地の利よりも人の和が一番大切という意で出典は孟子。選挙ごとには絶えず争いがつきまとう。多彩な人が集まるから、個性と感情がぶつかり合う。長いことこのような渦の中で生きてきた。もう、これも終わりだと思っていたら、後継者が現れ、新たな渦中に。しかし、いよいよ最後かと思うと、この人間模様を懐かしくも思う。それにしても我が後継者は良く耐えている。慶応出のボンボンと言われがちな萩原ゆうじにとっては良き試練なのだ。人の和に苦心するとき、松陰の「至誠にして動かざるものは未だ有らざるなり」を思い出す。これも孟子の言葉。時を超えた真理。(読者に感謝)

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2015年2月 5日 (木)

人生意気に感ず「ふるさと塾の休みと楫取。パイロット焼殺。安倍首相の過激発言」

 

 ◇本来なら今ごろ「ふるさと塾」の案内を出すのだが、萩原ゆうじ君がらみで4月まで休みにする。中近東の「歴史と現在」を取り上げようと思っていた。この歴史塾、振り返れば長いこと続けてきた。退任しても続けるつもり。バッジを外せばより自由に発言できる。中味を工夫し進化させていきたい。 

◇退任を控えて、本会議の質問に立つ。項目の一つに楫取素彦を取り上げる。楫取とは何か、その現代的意義は何か。平成24年の5月議会で大澤知事に楫取を問うた。その続きである。

 

 楫取を私が語り出したのは十数年前の「ふるさと塾」だった。奴隷船マリア・ルーズ号の事件とその波紋の中で群馬県議会や楫取を登場させ、吉田松陰と楫取の教育者の姿を語った。とくに楫取については女性解放の先駆者であることを強調した。

 

 マリア・ルーズ号事件は明治5年。明治の外交官はサムライの意気軒昂で大胆不敵だった。船内の中国人を解放したためペルーとの間で訴訟となった。訴訟の中で女郎の証文が出され、日本の奴隷制が指摘された。政府は太政官布告で解放を宣言した。太政官布告295号の精神は現民法90条「公序良俗に反する法律行為は無効とする」の中に受け継がれている。

 

 この布告の影響の及ぶところに群馬県議会とそれを囲む人々があった。県令楫取や新島襄の弟子・湯浅次郎等である。彼らが果たした廃娼の意義は人権史上輝かしいものだが多くの人々は語ろうとしなかった。人権感覚のとぼしさを示すもの。楫取の功績の中で注目すべき点はむしろここにある。女性の地位向上が叫ばれている今日、楫取が投じた一石は今日的である。今議会では、この点も質問してみたい。

 

◇信じられないニュース。ヨルダン軍パイロットが鉄のおりに入れられ焼かれたとか。「イスラム国」の狂気の処刑。事実とすれば全世界はどう受け止めるのか。日本時間4日未明。世界中から参加しているという若者は文明人として耐えられるのか。

 

◇安倍首相は、鳩山邦夫氏の会合で、「日本は変わった。日本人にはこれから先、指一本触れさせない決意と覚悟で事に当たる」と述べた。その通りだと思うが、不言実行で行くべきではないか。首相として天下に公表すればいたずらに「イスラム国」を刺激することにならないか。心配だ。(読者に感謝)

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2015年2月 4日 (水)

人生意気に感ず「後藤さんの死と教育界。ベルリンの壁。ワイツゼッカーの死」

◇後藤さんへの共感が内外で広がっている。その取材の姿勢と視線への注目と共に。つねに、子どもの生活や実態に焦点を当てていた。戦火の中、学校で学ぶ子どもの姿は凄い。日本の教育界に鋭い問題を投げかけている光景だ。「憎しみや敵視からは何も生まれない」生死を賭けた体験から生まれた後藤さんのメッセージである。東京都の、後藤さんが講師を務めた小学校は、後藤さんの死に関して、「事実を見極めることの大切さ」を子どもたちに伝えた。現地の悲惨な事実をしっかり見つめることの大切さである。

◇ヨルダンで2人の日本人の死を悼み日本と連帯する動きが広がっている。日本大使館前にヨルダン各地から集まった市民は「ヨルダン人と日本人は共にある」、「ヨルダン人を代表し日本の市民と犠牲者の家族に支援の気持ちを表すために来た」などと語っている。後藤さんの死はヨルダンをはじめとする中東と日本を接近させた。

 後藤さんの母は「迷惑をかけました」と詫びた。後藤さんの行動を批判する声もある。私は、後藤さんの勇気と紛争の中で生きる子どもたちの姿を伝える視線に感動した。

 私は吉田松陰と楫取素彦を研究しているが、幕末に下田沖の米艦に乗り込みアメリカ行きを嘆願した松陰の姿を今思い出す。松陰は30歳で斬首された。後藤さんの死は、今後の日本にどのような波紋を生むだろうか。

◇私の書斎に広げた手のひらに乗るレンガのかけらがある。私の字で「ベルリンの壁、平成3年10月28日」とある。平成3年(1991)にドイツを視察した時、ベルリンの壁崩壊の現場で入手した。前年に東西ドイツは統一した。統一後の初代大統領ワイツゼッカーが1月31日死去した。ナチスドイツのユダヤ人大虐殺へのドイツ人の責任を強調した人物。「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる」。この演説の言葉は有名。第二次大戦で日本と共通の運命を辿ったドイツ。空前の大虐殺にも関わらず、現在、ドイツを非難する声は少ない。歴史を直視した結果だ。日本として学ぶことは大きい。

 退任を目前にして「歴史に学ぶ政治家になれ」と県民会館で私に語った元東大総長林健太郎先生の姿が甦る。萩原ゆうじ君が最近の挨拶の中で歴史に学ぶ政治家になりますと訴えていた。

 昨日は豆まき。お菓子を求める多くの小さな手が目についた。平和な日本を象徴する行事だ。(読者に感謝)

 

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2015年2月 3日 (火)

人生意気に感ず「朝の走りと柴犬。斬首と世界。秋葉原事件に死刑」

◇毎朝、7時25分に萩原ゆうじ君が訪れる。その前に私の一日の主要な部分が済んでいる。その中に「走り」がある。走ることは私の全存在を支える要素である。約25分、踏みしめる大地から確かなメッセージが伝わる。「頑張れ強く生きよ」と。フードをかぶり、マスクを着け襟巻を巻く。妻が心配することもあって重装備なのだ。東の空が赤い。顔に突き刺さる寒気は心地よい刺激である。

 昨日、面白いことがあった。柴犬を連れた人と立ち話。我が家のさん太に似て人なつっこい。体中で喜びを現している。「何歳ですか」、「12歳かな、平成15年10月30日生まれです」。生年月日を覚えておられることに驚いたが、それ以上の驚きは10月30日ということ。私の誕生日なのだ。尾をふる柴に新たな親しみを覚えた。朝のひと時のほほえましい情景から生きる喜びを得た。この時、後藤さんの斬首のことが頭をよぎった。

◇後藤さんの斬首のことが世界を駆け巡っている。平和の風を切り裂く狂気の黒い光となって。発生源の「イスラム国」とは何か。熱砂の中の幻なのか。

 改めて中東の地図を見た。多くの国々は定規で引いたような直線の国境線で分けられている。その不自然さ。多くの民族が激しく動き攻防を繰り返した地なのに。

 「イスラム国」は、第一次世界大戦後に英仏ロが中東を支配するために勝手に引いた国境線の破壊を主張している。真っすぐな国境線は列強の植民地支配の証拠であり、中東の地がナイフで切り裂かれた姿であり、更には、中東の人々の心を切り刻んだ証拠なのかも知れない。

 この度の事件で、日本は「イスラム国」によって敵と見なされていることがはっきりした。誤解であるにしても、「イスラム国」がそうみていることが重要なのだ。米国は、「イスラム国」と闘う有志国連合のメンバーに日本が加わっていると説明している。

「イスラム国」は、「今後、あらゆる場所で日本人を殺す、日本にとって悪夢が始まる」と警告した。2人の日本人の殺害は単なる脅しでないことを物語る。先ず国外の日本人、特に中東地域の日本人が心配だ。

◇秋葉原の7人死亡の無差別殺人事件の犯人に死刑が確定した。平成20年の事件、加藤智大被告は32歳。死刑にどんな心で対面するのか。後藤さんの最期は立派だったらしい。死を受け入れるには信念がいるのだ。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

 

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2015年2月 2日 (月)

人生意気に感ず「後藤さん殺害。テロの現実が近づく。大災害と享楽」

◇遂に起きてしまった。早朝5時頃のニュースで後藤さんが殺害されたことを報じた。解放されると願っていただけに信じられぬ思い。安倍首相は「決して許さない」と語った。

「イスラム国」の声明は、今後日本人がこうなるのだと警告した。遠い世界の出来事が身近かな現実になった瞬間である。

 この出来事は、平和ぼけの日本人の目を醒まさせ、冷静なテロの現実に目を向けさせる。日本が「イスラム国」の脅しに屈し、委縮するなら世界に笑われる。日本人は誇りを持てないことになり「サムライ日本」も口に出来なくなる。

 私は、平和憲法が益々重要になったと信じる。なぜなら、平和と人権の理想を高く掲げた日本国憲法を踏まえた上で、「決して許さない」という毅然とした決意を示すのでなければ、単なる仕返しと見られるからだ。今回の事件は日本国憲法が本物かどうかが問われていると言える。

◇「イスラム国」の狂気は唯事ではない。都市の中央で、斬首、生き埋めなどの公開処刑を行い、子どもたちに見せるという。イスラム教を掲げるといわれるがイスラム教の本質はそんなものではない筈だ。

「イスラム国」の現実は、宗教とは何かを私たちに突きつける。そして、宗教と政治を一致させた結果は、政教分離の意義を改めて教えている。

 それにしても、世界の若者が1万数千人も「イスラム国」支援に参加していることは何を意味するのだろう。「イスラム国」を囲む我々の世界にある矛盾が一因ではないか。

◇国際テロの脅威に日本は備えなければならない。テロを効果的にやろうとする人々は日本の原発をターゲットにするかもしれない。防備は大丈夫なのか。「3・11」の原発事故の再来は御免だ。

 あれから4年近くなるが、人々の関心は急速に薄れている。「3.11」から教訓をという掛け声を強めなければならない。「群馬は大丈夫」という「安全神話」を破らねばならぬ。

◇新人・萩原ゆうじ君の関係で、「大災害が迫る」、「享楽にふける人々」と文章に書いたら抗議が起きた。前者につき、昨年の記録的雪害を初め常態化してきた異常気象、首都直下地震の恐れなどを説明した。安全神話の信者なのだ。享楽にふけるとは、私たちが反省すべき今日的な通常の生活を言っているつもりなのだが。(読者に感謝)

☆私の後継者、萩原ゆうじ君は慶応卒・30歳の公認会計士。知性と信頼をと意気込む。

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2015年2月 1日 (日)

随筆「甦る楫取素彦」第172回

 内務大臣により議会が解散させられた翌日、斉藤は善後策協議のため磯部の鳳来館に来て湯に入っていたらある浴客が話しかけた。「群馬県会は解散させられたという。なかなか面白いことだ」というから、「自分たちはその議員である」と答えると、それならば後程詳しく聞きたいという。後で、参謀本部次長川上操六①と分かる。県政のこと解散迄の顚末を話すと「後の選挙なかなか大切ですね」と言ってこの日は別れた。斉藤はこの後川上操六を頼ることになる。わらをもつかむ状況だったのだ。

 解散後の選挙は落選2名でその他は全員再選となる。選挙後の警察の干渉を斉藤は語っている。選挙後の臨時会対策のため臨江閣に集まったら3名の巡査が来て解散しろというので抗議すると署長の命令だから署長に談判してくれと言ってきかない。そこで3名の議員が警察に出向き、斉藤は馬鹿馬鹿しいのでそこは任せて上京のため前橋停車場に向った。

 午後10時過ぎに上野に着き、番町の川上邸についたのは午後12時。門番は明日出直せ、いや是非取り次いでくれと激しいやりとり。再三再四のやりとりの末やっと門が開き応接間に通された。深夜、アポもなく、初めての高官の屋敷を訪ねてのこの強引さ。明治の政治家の気骨のなせるわざか。それもそうだがそれ以上に事態の重大さと差し迫った状況そして切羽詰った心情がそうさせたに違いない。

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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