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2015年2月28日 (土)

随筆「甦る楫取素彦」第180回

 

私はこれは日本国の大きな欠点であり、この哀れむべき者を傍観するのは同胞として忍びがたいと思い、政府にその解放を建白したところ、政府は早速これを受入れて娼妓解放令を明治5年10月2日に発した。この御布告に従って考えると、我が皇国内において人身を束縛することはどうしても出来ない。人民には皆自由の権利を与えなければならない。この布告の精神から考えれば、娼妓のような弊風は日本中に少しでも増やしてはならないということである。ところが、実際は、新開地に、又は妓楼のないところに妓楼が出来たりしている。既に布告があるにもかかわらず、「牛馬にひとしき者」を増やしている地方長官の気が知れない。かような御役人は、御布告の大罪人と断定出来る。

 大江は、講演をこのように結んだ。太政官布告第295号の重要性を考えるとき、これが、マリア・ルーズ号事件の裁判を進めた大江の建白によって発せられたことは注目すべきことだ。なお大江は「えた・非人」の賎称廃止を建白によって実現させた男である。女郎解放の建白も彼の中で一貫する信念の発露であった。

◇群馬県廃娼20年記念会に於ける主な発言

1、開会の辞  (徳江亥之助)

先ず、前橋市議会前議長徳江亥之助は格調高く開会の辞を述べた。その中で、徳江氏は次のように群馬の「廃娼」の経過を語る。県令楫取素彦は明治15年3月の県会に於ける廃娼建議可決を尊重し、同年4月、明治21年6月を限って県下の公娼を廃止する旨を達した。然るに次の県令佐藤与三は直前になって当分廃娼を延期する布達を行った。これに対し世論は沸騰し「延期」は取り消しとなり、遂に、明治26年12月末日を限り県下全体の公娼廃止を布達するに至った。今や本県は日本全国唯一の廃娼地となった。廃止より満20年に当り、この会を開設した。このように述べた後、次のように結んだ。

「諸君、精神的文明を以て物質的文明よりも優秀のものとせば、利根の水、赤城榛名妙義の山よりも、又古来世に称せられたる群馬の蚕桑織物よりも、全国唯一の廃娼地たる本県はむしろこの一事をもって天下に誇るべきものとならずや」

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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