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2015年2月11日 (水)

随筆「甦る楫取素彦」第175回

なぜなら知事は政府が任命する天皇の役人である。今日と違って議会より上位の存在なのだ。だから、議会に追い詰められた知事を辞めさせることは議会に味方して知事を追い落とすことになるからだ。

もっとも、県議会の人たちはこのような理論を理解していなかったふしがある。

 5人の代表は翌日帰県し集まった同志に上京の結果を話し、川上、品川から注意されたことを話したが皆聞く耳を持たなかった。幹部は上京して軟化したと批判、この人たちに任せられない、我らは臨時会で再び知事を攻撃すると憤怒は激しく到底鎮めることは出来ない状態だった。

 しかし、各所で小集会をして協議したが結局良策はなく止むなく幹部に一任となり臨時県会は無事終了となった。幹部は早速上京し、川上、品川の両氏に報告、知事の交替を懇願した。その後、佐藤知事は休職となり後任の中村元雄知事は廃娼延期を取り消し、明治26年12月31日限りで公娼全廃を布達した。以上は斉藤寿雄の「群馬県廃娼顚末」によった。

①川上操六、薩摩藩士、日清戦争に備えて軍政を近代化し勝利に導いた。又シベリアを視察して日露戦があることを確信、その準備に尽くした。空前絶後の名参謀長といわれた。磯部で群馬の県会議員と会ったことは正に奇遇。

②品川弥二郎。萩市に生まれ、松下村塾で吉田松陰に学ぶ。高杉晋作、久坂玄瑞らとイギリス公使館焼き討ち事件を起こす。新政府が徳川追討軍を進めたときの「宮さん宮さん」の詩を作った。後内務大臣など歴任、武断派の政治家だった。

 

※土日祝日は中村紀雄著「甦る楫取素彦」を連載しています。

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